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第28話「意識と無意識の境界線」

「い……起きろ……起きろ、天河!」

 頭を勢いよく叩かれでもしたのか、頭部に痛みを感じて天河鏡夜は目を覚ました。

 黒板と人気のない教室が映り、即座に学校の教室だと理解した。

 横に顔だけを向けると相田光輝が仕方ないなこいつは。とでも言いたげに両腕を組みながら鏡夜の隣の机の上に座っていた。

「ったく。新野先生、呆れてたぜ? お前が授業中に爆睡してるもんだからよ」

 困ったように笑いながら鏡夜は光輝のブレザー姿を不思議に思い、顔を下に向け自分の身体を見てみると確かにブレザーを着ていた。

 そういえば蝉も鳴いていないし、肌寒い感じもする。

 それにどうして学校なんかにいるのだろう。

 墓参りの後に横断歩道で桜香に呼び止められて。、気が付いたらここにいた。

 全て記憶の断片だ。

「難しい顔なんかしてどうした?」

「ん。あぁ実は……」

 霧が立ち込めたみたいにはっきりとしない胸の内を鏡夜は光輝に説明した。

「ちょ、ちょっと待て」

 が、すぐに光輝に遮られてしまう。

 そして光輝が放った言葉に鏡夜は取り乱してしまいそうになる。

「おうかぁ? そんな奴いたか?」

「お前、同じ中学だったんだろ御船桜香だ」

 どうせ惚けているのだと鏡夜は決め付け少し強めの口調で答えた。

「……すまん。マジで誰の事か解らん。泉川中にそんな奴、居たか?」

 嘘を言っている感じはしなかった。それが鏡夜の焦りに拍車をかける。

 それに光輝は泉川中学出身ではないはずだ。

「本気で言ってんのか……じゃ、じゃあ藍は!? ユキナさんは!? 副会長は!?」

「待て餅付け。もとい落ち着け」

 勢い込んで鏡夜は立ち上がり光輝の両肩を掴んでいた。

 光輝は鏡夜に落ち着くように促し順番に説明していく。

「お前が言ってんのは隣のクラスの谷原藍と生徒会長の泉川先輩だろ?」

 鏡夜が頷くと光輝は人を馬鹿にするように鼻で笑った。

「俺から言わせればどうやったら俺達みたいなイケメンでもない野郎がそんなハイレベルな女と知り合いになれるのか教えて欲しいな。ラノベじゃあるまいし」

 光輝が俺達と言ったことに抵抗を覚えたが、確かにそんな気がしないでもない。

 夜の学校に忍び込む事も、夏休みに旅行に出掛ける事も、即席のチームでソフト部と試合をする事も。

 そんな漫画的、アニメ的、ライトノベル的なイベントは何もない。それが日常。それが現実。

 きっと今まで白昼夢でも見ていたのだろう。幸せな夢を。

 それにあの日、桜香と出会っていない記憶もハッキリとある。

 どっちだ。どちらが現実の世界だ?

「いつまでも寝ぼけてねぇで早く帰ろうぜ」

「……あ、あぁ」

 夏が終わり肌寒い風が吹き始めた秋の季節。鏡夜と光輝は二人並んで下校した。

 家に帰り着く前にコンビニに寄って漫画を立ち読みしたり、意味もなく他校の女子生徒を観察して可愛いとか可愛いくないとか勝手な意見を述べる。

 それら全てが新鮮であると共に懐かしくそして悲しかった。

 光輝とは家の前で別れるが、鏡夜の家の隣が光輝の家だ。

 光輝が家の中に入るのを見届けて鏡夜はドアを手をかける。

 そういえば夢の中では光輝と俺は寮に入っていたな。などと思い起こし笑ってしまう。

「ただいま〜」

 おかえり〜。とリビングから声が返って来た。

 鏡夜はそのままリビングの扉を押し開ける。

 リビングではソファーで寛ぎながら加奈がテレビを見ながらお菓子を食べていた。

「加奈は今年で受験生なんだから少しは勉強もしろよ」

 ネクタイを緩めながらダイニングキッチン側にある冷蔵庫を開ける。

「お母さんみたいなこと言わないでよ」

 不満の声を背中で受け冷蔵庫から烏龍茶を取り出しコップに注ぐ。

「そういや、母さんと父さんは?」

「今日も今日とてお仕事でございます〜」

 烏龍茶を冷蔵庫に戻しコップを片手にリビングに戻り、烏龍茶を飲みながら壁に掛けられている時計を見る。

「五時半か。塾は?」

「今日はないよ」

 コップをテーブルに起き定位置の椅子に座り、ぼんやりとテレビを見ていると、

「何かあったの?」

 不意に加奈がそう尋ねて来た。鏡夜がどうしてと聞き返すと加奈は元気に笑った。

「いつもと雰囲気が違ったから」

 違うのだろうか。よく解らない。

「そうかな……どう違うんだ?」

「ん〜。なんか落ち着いてて大人っぽい感じ」

 まだ夢心地が抜けないのか。いや、そもそもこれが自分の素であって変と言われる筋合いはないはずだ。

 その時の鏡夜はそう思ったが次の日、学校に登校すると仲の良い奴らから、

「おぉい、頭でも打ったか!?」

「変なモン拾い食いしたんじゃねぇか?」

「きっと日頃の罪を悔い改めたんだよ」

 などと口々に言われ鏡夜は以前の自分に思いを馳せていた。

 一体、どんな性格だったのだろう。無性に知りたくなった鏡夜は仲が良くない(と思われる)男子生徒に評判を聞いてみようと思い立った。

 何故仲が良くない生徒なのか。それは、その方が正しい評価を得られるだろうと鏡夜なりの考えだ。

 聞き込みその一。クラス一の空気。永井に聞いてみた。理由は席が左隣りだったから。

「……ボクとは対極の存在さ。君は」

 影が薄いもしくは存在感が無かった訳ではないらしい。

 次に鏡夜がターゲットにしたのはクラス委員長(男子)だ。理由は席が後ろだから。

「天河の評判か……授業妨害くらいしか思い付かないなぁ」

 クラス委員長(男子)の証言によれば以前の鏡夜は度々、授業を妨害していたらしい。

 無論、今の鏡夜には信じられそうもない。

 正直にクラス委員(男子)に鏡夜は言った。

「この俺が授業を妨害する訳ナイジャナイカ。アハハ」

「僕と共に授業妨害のツートンカラーと言われたのを忘れたのかい!?」

 クラス委員長(男)はアホな事を叫びながら鏡夜の背後に回り首を締め始める。

「ちょ、ギブキブ!」

 何とか事なきを得た鏡夜はチャイムと共に自分の席に座り証言を元に推理を始める。

 存在感が無いわけではなく度々、授業を妨害していたハイテンション野郎だった。

 結論に辿り着いた鏡夜は遠い目をしながら空を眺めた。

 そんな風にして日常は始まった。いや、帰って来た。の方が正しいのかもしれない。

 休み時間や昼休みは光輝達と話題を弾ませ、学校が終わると街に遊びに行く。

 他愛もない話題で盛り上がり彼女が欲しいなどと仲間が漏らすのを聞くのがの日課になった。

 毎日、笑い合えるくらいは楽しい一ヶ月が過ぎた。

 時々、一人の時に鏡夜は空を屋上から見上げながら御船桜香の事を考えることもある。

 今日も発作的に屋上に行き空を見上げていた。

 本当に彼女は想像上だけの人物だったのか。

 桜香だけじゃない、記憶にあるあの日々も本当に全てが夢の中の出来事だったのか。

 時が経つに連れて望郷の念にも似た感情を抱くようになっていた。

「少し時間を取らせてもらっても構わないか? 聞きたい事がある」

 凛々しくも少女らしい声に鏡夜は振り返ると、制服を着て右腕に生徒会の赤い腕章をつけた泉川ユキナが立っていた。

 この一ヶ月、廊下で何度かすれ違ったがユキナは何の反応も示さなかった。

 このユキナは鏡夜の事は知らないだろう。何しろあの日、出会っていないのだから。

 それでもユキナに声を掛けられて何かを期待したのか鏡夜は思わず、

「また副会長が脱走したんですかユキナさん」

 つい夢の中の調子で言ってしまう。

 ユキナは目を細め怪訝な表情を向けて来たがすぐに納得したような表情に変わった。

「ふふっ。生徒会長としての知名度はあるのだな。わたしも」

 まるで他人事のようにユキナは軽く呟く。

「まぁ事情を知っているなら話は早い。あの馬鹿を見なかったか?」

 屋上では見ていないことを鏡夜が告げるとユキナは礼を言った後に踵を返す。

 遠ざかるユキナの背中に声を投げ掛けたかったが出来なかった。

 鏡夜は額を右手の掌で押さえ、空を見上げる。

 友達じゃない藍。知り合っていないユキナ。この学校に。いや、この街に居ない桜香。

 本当にあの日々はただの夢、妄想だったのか。何か大切な事を忘れているんじゃないのか。

 いつまで夢、見てんだよ。

 頭の冷静な部分が文字通り静かに告げた。

 中学の時に人を殺した過去も無ければ彼女もいない特定の女友達もいない。それがお前の現実だ。この日本にどこにでもいるただの学生。今の生活を否定する要素なんか何もありはしない。夢の続きを見たいのならテレビ画面の向こうから話し掛けてもらえ。

 鏡夜はゆっくりと空から顔を下げ、フェンス越に街を見下ろす。

 頬を身体を冷たい風が突き抜け、実感する。

 そうだ。これが現実の世界だ。ここが生きるべき場所なのだ。

「……もう夢は」

「見ない? 現在進行系で夢を見てるのはあんだじゃない」

 後ろから聞こえた声は女の声。しかし、ユキナではない。

 違う。有り得ない、幻聴だ。振り返っても誰も居ない居るものか。

「幻聴だと思うのなら振り返って確かめればいいじゃない?」

 過剰だと思えるくらい自信に溢れた声。人によっては傲慢だとか高飛車だとか。そんな誤解を受けやすい声だ。

 鏡夜はゆっくりと身体を後ろに向かせ、泉川高校ではなく泉川学園の制服を着た女の子が立っていた。

「桜、香……? 御船桜香? 幻覚……幽霊?」

「なによその変な顔。あたしがここにいるのがそんなにおかしい? あたしを幽霊扱い? 良い度胸ね」

 そんなに変な顔をしているのだろうか。自分の顔は見れなくて残念だ。

 そう思うと鏡夜の口元が自然と緩む。

「偶然、あたしとあんたの血液型が同じだったから輸血であんたは助かったの。あたしに感謝しなさいよ?」

「……どういう意味?」

 その問い返しに心底、呆れたのか桜香は初めて鏡夜の前で盛大なため息をついた。

「あんたは車に轢かれたの。打ち所やばくて意識ない上に出血も止まらない。おまけに搬送先の病院に輸血用の血液がない。あたしがいなかったら間違いなくあんた死んでるのよ」

 輸血用の血液が不足している病院なんてざらにあるのかな。などと考えたていた鏡夜はざらにあったら危険だとどうでも良い結論を導き出し、小さく笑った。

「そうなると……ここは何処?」

「さぁ。あんたの夢の中じゃない?」

「夢……桜香はどうしてここにいんの?」

「さぁ。居るからでしょ。細かい事は気にしないから」

「少しは気にしようよ」

 一瞬の間の後に鏡夜と桜香は笑い合った。

 凄く久しぶりだ。こんな穏やかな時間は。

 笑顔のまま桜香は踊るように屋上を振り返ると両手を広げる。

「覚えてる? ここであたしはキョーヤに救われた。存在そのものを否定されていたあたしにこの世界に居ても良いって言ってくれた」

 忘れるはずはない。あの体験入学の日の事は。

 出来れば桜香には忘れていて欲しかったというのが鏡夜の心情だ。

「そんな格好いいこと言ったかな……」

「言葉じゃなくて態度だよ」

 桜香は広げた両手を合わせ胸の前で止めた。

 振り返った桜香は瞳を閉じて何かに祈りを捧げているように見える。

 しばらくそのままでいたが桜香はゆっくりと両手を降ろしゆっくりと瞳を開く。

「あたし、キョーヤの事が好きよ」

「……えっ……?」

 鏡夜の驚愕をよそに桜香は頬を紅潮させ言葉を繋げる。

「あんたが居なかったら毎日が楽しくない。不安で堪らなくなる。だから……」

「……でも俺は。ここにいた方が……」

 この世界は心地良い。悩みがないから。

「あんたもあたしを好きでしょ? 証拠だってあるんだから」

「証拠……?」

「あたしがキョーヤの事を好きだから。大好きだからあんたもあたしを好きに決まってるわよね」

 過去に囚われてないで前を向いて生きなさい。そして、今の君の周りにいる人達にしっかりと目を向けなさい。

 事情を知っていたようだが玲奈は良い事を言ってくれた。

 その通りだ。今まで過去しか見ていなかった。周りに居る人達の事なんか見ていなかったし何とも思っていなかった。

 桜香を助けようと思ったのだってただ似ていただけだからだ。それに桜香には他の子を重ねていた。桜香本人を見た事なんて一度だってない。

 それなのに光輝は親友だと言ってくれた。藍もユキナさんも友達になってくれた。副会長だって気に掛けてくれる。そして桜香は好きだって言ってくれた。

 そんな他人の優しさを知らない振りをしていた。優しさを見ることが出来なかった。

「……どんな理屈。ってかツンかデレかはっきりさせようよ。でも、ありがとう、桜香。こんな俺の為に」

 今までは誰からも目を背けて来た。だが、これからは違う。

「……帰れるのかな」

「うん。みんな待ってるよ」

 差し延べられた手に鏡夜は確かに捕まった。暖かくて柔らかい手に。


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