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第27話「審判」

 自らを殺し屋と言った玲奈の言葉を信じていない訳ではない。

 むしろ玲奈の声には真実が含まれているだろうと鏡夜は感じていたた。だが、それでも鏡夜に恐怖は微塵もなかった。

 殺してくれるなら早く殺してくれ。

 口には出していないが鏡夜が纏う独特の雰囲気でそう訴えていた。

「君ってつくづく普通の高校生じゃないよね」

「……はっ?」

 覚悟を決めていた鏡夜にとって玲奈が言ったことは拍子抜けも良いところだった。

「まっ。中学で人を殺す体験をしたらねじ曲がるのも無理ないか」

「……っ」

 思わず鏡夜は玲奈から顔を背ける。

「中学一年で人殺しと後ろ指を指されて、陰口を叩かれて、無意味な噂が一人歩きして。君は何を感じ、どんな心境で生きて来たの?」

「……別に。途中から感情が無くなったように何も感じなくなりましたから。どんな心境というのは解らないです」

 正直に言うと鏡夜はここ数年、感動したことはおろか心から面白い。楽しいと思ったことは一度たりともない。

 心が完全に冷え切っているせいだろう。

「君は何もかも諦めたような眼をしているね。生きることさえも」

「……どうでもいいですよそんなことは。あなたはあなたの仕事をさっさとしたらどうですか?」

 背けていた顔を玲奈に向け挑むような口調で言い放つ。

「可愛くないわね〜」

 年上の功を利用するように怜奈は笑顔で茶化した。

 同年代の奴にそんな風に言われると腹が立つのだが、年上に言われると不思議と嫌な気はしない。年上という考えが最初から頭にあるからだろうか。

「君はまだ若いんだから。過去に囚われてないで前を向いて生きなさい。そして、今の君の周りにいる人達にしっかりと目を向けなさい」

 どうしてだろう。

 怜奈の言葉に高校の情景が思い浮かんだ。

 教室で退屈な授業を受ける日々。体育館やグランドで好きな球技の時には笑い合いながら。嫌いな球技の時でもやっぱり笑い合いながら過ごしている。昼休みになると光輝と一緒に購買まで走って、授業が長引いた時にはパンや弁当が売り切れてしまうから、屋上で待っている桜香や藍、ユキナにおかずを分けてもらって。

 放課後になれば桜香や光輝と一緒に教室を出て、廊下で藍が桜香を見つけて駆けて来て。そして三人でパソコン室や生徒会室に向かって。ユキナは呆れたように失笑して、副会長は相も変わらず涼しげな顔をしていて。

 太陽の日差しが容赦なく照りつけ、焦げるような暑さの中でも。夏の終わりを実感しながら秋の風に包まれている中でも。そして、白い雪が全てを塗り潰す肌寒い冬空の下で。どんな時だってそこには笑顔が絶えない。そんな日々。

「この街にはもう居場所は無いかもしれないけど。今の君には心地よい居場所があるでしょう? もうこの場所に来るのは止めにしなさい」

「俺は……僕はまだ」

「それは君自身が解決するべき問題。良い青春を送りなさい。私から言えるのはそれだけよ」

 結局、怜奈は言いたいことだけを言って出口に向かって歩き始めた。途中で、鏡夜が振り返ると背中を向けたまま右手をひらひら振っていた。

 殺し屋とか言っておきながら人生観の説教をしただけの怜奈の行動に鏡夜は良く解らない人だと感想を述べたまま、しばらくその場に留まっていた。

「よう。また会ったな」

 聞いたような声に振り返ると昨日の青年が立っていた。今日は黒いスーツに黒ネクタイ。皮靴という格好だ。

「あなたは……」

「あぁ。勘違いするなよ、今日は別にお前を殺しに来た訳じゃない。あれから色々あってな依頼人が依頼を取り消したんだよ」

 そんなことを口走っていいものかと鏡夜は疑問に思いながら、線香に火を灯す青年の手を見つめていた。

 もしも自分が警察に駆け込んだらどうするつもりだろう。いや、警察には絶対に捕まらないという自信か。

「なぁ。昨日言っていたこと本心か?」

「昨日……?」

「あれだよ。罪を犯した者は全て殺した方が良いか否か」

 そういえばそんな事を議論していたような気がしないでもない。

 必死に昨日の記憶を探り、鏡夜は自分がどんな意見を述べたのかを思い出していた。

「……えぇ。そうですよ。やっぱり中には情状酌量の余地がある事件もあると思いますから」

「俺はそうは思えないな。何かしらの罪を犯した奴はどんな理由があろうと死ぬべきだ」

「それで、良いんだと思いますよ。僕の意見が正しいのか。それともあなたの意見が正しいのか。それは僕達には解らないことだと思いますから」

「……依頼が取り消しになった以上、この土地に留まる理由はないな」

 口振りからするとこの人はここに住んでいる訳ではないらしい。

 当然か。

 鏡夜は青年の遠ざかる背中を見つめながら自嘲気味に笑った。だが、それは決して自分に卑下している訳でもなく。言葉では言い表せない何かだった。

 不思議な人だったと鏡夜は思う。

 何を持って罪の定義付けしているのだろう。刑法か他人を不幸にする人間全てか。

 いずれにしても罪を侵した者は死ぬべきだという割には依頼が取り消されたという理由だけで見逃してくれるとは、まるで矛盾している。

 そんな矛盾がとても綺麗事のように思え、鏡夜は爽やかに小さく声を上げて笑った。

 それからしばらく鏡夜はその場で立ったままだったが、訪問者は誰も来なかった。

 太陽が空高く上がり後頭部を熱く焼き始める。腕時計を忘れてしまったので何時かは解らない。

 誰にも告げずにまた出てきてしまったから心配しているだろうか。それとも何とも思っていないだろうか。

 どちらにしてもそろそろ帰ろう。

 最後にその場所から街を見下ろしてから鏡夜は出口を目指して歩き出した。

 大通りに出た鏡夜は交差点の横断歩道の前で信号待ちをしていた。

 右隣りには女子高生が四人ほど楽しそうに話していた。大きなカバンを背負っているいるから部活に行く所だろう。

 信号が赤から青に変わった。女子高生たちと並んで歩き出し、横断歩道の半ばまで進んだ時に、

「キョーヤ!」

 桜香の声に振り返った。そこには笑顔で右手を振っている桜香が居た。

 今までにも何度も見てきた。だが、今だけは何故か嬉しく感じ、鏡夜も手を振り返そうと右手を上げようとした瞬間、世界が反転した。

 空が見えたと思った次の瞬間には真っ暗な闇の中。

 暗闇の周囲から音が聞こえてくる。誰かの怒鳴り声。誰かの悲鳴。サイレン。そして、聞き覚えのある誰かが泣いている声。

 そうか。闇に包まれているのは目を閉じているからなのか。

 ゆっくりと目を開けた鏡夜が見たのは何処までも広く。広大に広がる真っ青な空。そして、泣きじゃくっている桜香の顔。

 どうして、桜香は泣いているのだろうか。どうして桜香の服は赤い血に塗れているのだろうか。どうして自分は道の真中で寝ているのだろうか。

 桜香が何かを言っているが、不思議な事に何も聞こえない。身体を動かそうとしても、指一本すら動かない。

「……な、か……で……」

 泣いている桜香の顔なんて見たくない。そう伝えたいが上手く声が出せない。言葉にならない。

 これでは、まるであの時と真逆だ。

 瞼が重く眼を開けていられない。鏡夜は再びゆっくりと暗闇の中に放り込まれていった。





 遠くでひぐらしが鳴いていた。空も茜色に染まる夕方。光輝は一日で空が一番綺麗に輝くのはこの時間だと思う。

 寮の自分の部屋で缶コーラを飲みながら夕陽を眺め、旅行の途中で実家に帰った鏡夜と追いかけて行った桜香のことが気に掛る。

 あの二人も少しは進展したのだろうか。いや、あの二人の事だからきっと何の進展もないだろうな。

 他には誰もいない部屋で光輝は含み笑いをした。やはりあの二人を今以上に近付ける役目は自分しかいないと。

 虫が入ってくると嫌なのでそろそろ窓を閉めようかとベットの上に乗っかった時に丁度、放置されていたテレビのリモコンを下敷きにしたのかテレビの電源が入る。

 窓を閉めた後にテレビを振り返った光輝は息が止まり自分の目を疑った。

 テレビはニュース番組を映し出し交通事故のニュースが淡々と流れていた。問題は車に跳ねられた人の名前。テロップには見慣れた名前が書かれていた。天河鏡夜。と。

 即座に携帯を取り出した光輝は鏡夜の携帯に電話をかけ、誰も出ないので桜香にかけてみるがやはり留守電に繋がれた。

 携帯を床に落としそうになった時、ユキナから電話がかかってきた。

「さっきのニュースを見たか!?」

 ユキナの慌てた声を聞いた途端、光輝はさっきのニュースで流れた名前を見間違えた訳ではないのだと確信した。

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