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第24話「罪人」

 やはり財布だけはどんな時でも持っているべきだと電車に揺られながら鏡夜は痛感した。

 電車とバスを乗り継ぎ、鏡夜の生まれ故郷である高山市に帰って来たのは夜の七時を少し回った時間帯だった。

 駅前の大通りで信号待ちをしていた鏡夜はどこに向かうかを考える。

 加奈の声色を考えると事態は一刻を争う。しかし、あの電話があってから既に八時間。

 鏡夜は最悪のシナリオを想像してしまう。

 信号が青になると同時に鏡夜は走り出した。嫌な予感を振り払う為に。

 一軒家。というよりも洋風の豪邸の前で鏡夜は立ち止まった。

 立派な門を押し開け、広い庭を横切り玄関に向かう。

 ドアに近付くと同時に明かりが点灯し、鏡夜は玄関のドアをゆっくりと開けた。

 そう、大豪邸とも言える洋館が天河鏡夜の実家である。

 使用人などは雇っていなく、両親は仕事でほとんど家に寄り付かないから無駄に広い家には鏡夜の妹である加奈だけが住んでいる。

 明かりが消えている家の中は暗く不気味な程、静かだ。

「加奈っ!」

 左手で携帯のライトをつけ右手で玄関のドアを閉めながら妹の名前を叫ぶが返答はない。

 やはりここにはいないか。普通に考えれば解る事か。

 入り口の近くにあるシャンデリアのスイッチをオンにするが反応がない。電源元が切られているのだろう。

 この広い家を携帯のライトだけで探索するのか。いや、ここに加奈がいる訳がない。探しても無意味だ。

 探しても無意味だとしてもこの家を探索するしかない。手掛かりが出る事を祈って。

 そう結論付けた鏡夜は半袖の上着の内ポケットから桜香特製エアガンを取り出す。

 備えあれば憂いなし。と桜香に強制的に持たされた物だが、今だけは心強い。

 絨毯の上を静かに歩き始める。まずは一階から調べて回るか。

 一階にある部屋はリビング、食堂、キッチン、映画鑑賞用のシアターにそれと。

 何だっけかな。

 少し前まで住んでいたはずの鏡夜も内部の構造を忘れてしまっているようだ。

 取り敢えず片っ端から部屋を見て行き不審な点がないかを注意深く見ていく。

 リビング、食堂、シアターには何の異常はない。ついでに豪華な洗面所とジャグジー付きの浴室にも異常はなかった。

 キッチンに入った瞬間、鏡夜は異変を感じ取った。というよりも丸出しだった。

 何故かキッチンには作り掛けの料理が放置されていた。

 鍋にライトを当てると湯気が出ているのが解るし。

 それだけで鏡夜には充分だった。この謎を解くには。

「……そういうことか。加奈」

 ゆっくりと妹の名前を発すると同時に明かりが灯り冷蔵庫の影から一人の少女が出て来た。

「ばれちゃいましたか」

「君は確か加奈の友達の……加奈はどこ?」

 鏡夜は笑ってはいるが声は重い。明らかに怒っているのが解る。

「お兄ちゃん、おっかえり〜。どうだった? 演劇部部長であるあたしの迫真の演技は?」

 後ろから背中に飛び乗り首に手を回してきた少女こそが鏡夜の妹である天河加奈あまかわかな

 短いショートカットが印象的で自由奔放な中学三年生だ。性格は何処となく桜香に似ているかもしれない。

「貴方が加奈のお兄さんですね。お話は聞いております」

 目の前にいる少女が持っていたフライ返しを置く。

「私は藤村梨菜ふじむらりなです」

 深々とお辞儀をする。

 最初に目についたのはストレートで長めの黒髪の両サイドに付けた青いリボン。

 中学生にも関わらず落ち着いた雰囲気を漂わせる不思議な少女だ。

「これはご丁寧に……俺は天河鏡夜。一応、加奈の兄貴やってます。駄目な妹ですがどうか宜しくしてやって下さい」

「駄目ってなによ!?」

 鏡夜の頭を叩き反論する加奈。自然と鏡夜と梨菜の間に笑いが零れる。

「ふふっ。加奈ってばお兄さんが帰って来てはしゃいでいますね」

「さ、淋しくなんて無かったわよ!」

 必死に否定する加奈の顔は真っ赤になっている事だろうな。

 背中に乗っているから顔は見えないが鏡夜はそんな考えをしながら笑った。

 そんな中、家中に来客用のブザー音が鳴り響いた。

「ここは私がやりますから、お兄さんは来客の応対をお願いします」

「あ、はい」

 これじゃどっちが年上か解ったものじゃない。

「新聞の勧誘だったら粘るだけ粘らせて警察呼びましょ〜」

 未だに鏡夜の背中に乗っている加奈がはしゃぎながら言った。

 加奈よりかは年齢的にも精神的にも上だと鏡夜は実感する。

 キッチンを出て通路を歩き玄関がある天井が高く大きい入り口まで来た所でふと鏡夜は立ち止まった。

「いい加減に降りろ」

「えぇ〜。いいじゃんべっつに〜」

「よくありません」

 そこまで言われた加奈は渋々、鏡夜の背中から降りる。咳払いをしてから鏡夜は玄関のドアを開け、広い前庭を歩き門まで歩く。

「どちらさま……えっ」

 街頭の光が門の向こう側にいた少女の顔を照らした。その少女は屈託のない無邪気な笑顔を向けて、

「やっほ〜」

 陽気にそう言った。

「桜香……どうしてここに!?」

 予想していなかった訪問者に鏡夜は驚き、桜香は笑う。

「驚いてる驚いてる。何かあんたの様子が可笑しかったから後を尾行したのよ。こんな事もあろうかと前もって発信機を取り付けておいたのが役に立って良かった」

「な、何を取り付けてんだよ!?」

 鏡夜は焦りながらズボンのポケットや服の裏側を触って確かめる。

「そんな解りやすい場所に仕込んでないって。それよりも早く入れてよ。夏の夜って結構冷え込むから寒い」

「おれの家に泊まる気満々かよ……もし親が居て駄目だって言われたらどうするつもりだったんだ?」

「いないんでしょ?」

「いや、まぁそうだけど」

 というかどうしてそれを知っている。以前、話したことがあったかな。鏡夜は今までの記憶を辿ってみる。

「すっごく寒いんだけど」

「あ、あぁ。ごめん」

 謝りながら門を開き桜香を敷地内に招き入れる。二人で横に並び同時に振り返ると加奈が道の真ん中に難しい顔をしながら立っていた。

「その人、だれ!?」

 初めてみる加奈の凄まじい剣幕に鏡夜は思わず、後ずさってしまう。

「その女の人は、だれ!?」

 もう一度、同じ意味合いの事を加奈がいう。

「い、いや。誰と言われても……学校の友達だけど」

 しどろもどろだが今度は何とか言えた。

「ふ〜ん? お友達……ねぇ?」

 加奈は鏡夜から桜香に視線を移し、軽く睨みつける。

「それで、あなたの名前は?」

 挑発するかのような口調で加奈は言い放った。

 鏡夜は桜香がどんな反応をするのか内心、ビクビクしながら横を向く。意外なことに桜香は笑顔だった。小さい子供に向けるような優しい笑顔。

「私は御船桜香。貴方は鏡夜君の妹さんかな。宜しくね、貴方のお兄さんには何時もお世話になっています」

 優しく笑っている桜香の横顔が昼間の桜とダブって見えた。何時もの桜香の雰囲気とは違う。余所行きの雰囲気、桜と同じ雰囲気。

「あたしは『妹さん』じゃない。あたしは天河加奈」

 不機嫌にそれだけを言うと、加奈は踵を返して玄関に向かって行った。

「……悪気は無いと思う。だから、その」

「大目に見てやれって言うんでしょ? あたしだって子供じゃないんだから解ってるわよそれくらい」

 真顔に戻った桜香は今度は鏡夜に向けて悪戯な笑いを浮かべた。

「その代りあんたで発散させてもらうから。さぁ、今日は徹夜でゲームを手伝いなさいよ」

「徹夜は勘弁してくれ……」

「何時までそこに突っ立ってんの!? 早く中に入りなさいよ、ご飯食べれないでしょう!」

 加奈の声に二人は前を向き同時に微笑み、玄関までの道を駆け足で走り始めた。





 天河家の裏側にある高台の休憩所の椅子に座りながら二十代序盤くらいの青年と女性が話をしていた。

「天河鏡夜。柏木グループと共に日本屈指と呼ばれている天河グループの三男。長男、次男と比べると秀でた物はなく、両親からは見捨てられている存在……か。可哀そうね」

 街頭の光に照らされ、青いロングヘアーが輝いて見える美麗な女性が感情がまるで籠っていない冷たい口調で、小説を読んでいるメガネをした知的な雰囲気の青年に同意を求める。

「死にゆく罪人つみびとだ。同情をする謂われもなければ感情を抱く必要もない」

 小説を読みながら当然のようにさらっと青年は答えた。

 その答えに満足したのか女性は頷く。

「そう。それでいいのよ、罪人の行く先にあるのは『死』という罰だけ。他には何も必要ない。今までのようにね……」

 言い終わってから女性は何かを思い出したのか息を吸い込むとまた口を開く。

「心配はしていないけど、今回の件には彼らも動いているみたい」

 小説のページをめくろうとしていた青年の手が止まり、ようやく小説から顔を上げた青年は女性を見る。

「あの高校生達か……本当にあいつらの事はお前も知らないのか?」

「心当たりはあるんだけど。私の想像通りの者達なら邪魔をする理由が解らないのよね。まぁ、前回は邪魔をされながらも罪人を仕留めたんだし今回も出来るわよね?」

「罪人を庇い立てする奴らは同罪だ。一緒に裁きを下してやるさ」

 青年は何もない宙に手を伸ばし何かを掴み取る。

 何もない宙から掴み取った何かは青白い光を放つ死神を連想させる大鎌だった。

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