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第21話「真夜中のお茶会」

 やれやれ、馬鹿共のせいで大変な目にあった。

 最近、この近辺で話題になっていた盗撮魔を捕まえた功績で地元の警察には引き渡されはしなかったが、部屋に戻った鏡夜達を待っていたのはユキナの説教だった。

 一時間もの間正座をさせられ、ようやく解放されたと思ったら夕ご飯のおかずを強制的に四品も徴収されてしまう。

 文句を言う訳にもいかず、それはそれはとても寂しい夕ご飯であった。

 そんなこんなで鏡夜はみんなが寝静まった真夜中に旅館を抜け出していた。

 何か食べ物が欲しい。

 山の上にある旅館の近くにはコンビニ等はないが、坂を下って麓にまで行けばコンビニがある。

 ここに来る途中でそれは把握済みだ。

 月明かりを頼りに鏡夜は夜の坂を下っていく。

 途中にある駐車場を通り過ぎ、またしばらく歩き左手に造られている公園まで来た。

 ここまで下ればもうすぐ麓だ。何事もなく辿り着けるか。

 公園を通り過ぎようとすると金属が軋むような音が聞こえた。

 咄嗟に音がした方を見ると、誰かがブランコに座っていてゆらゆら揺らしている。

 人騒がせなこんな時間に。幽霊かと思っただろう。

 前に向き直り歩き始めると。

「そちらに行ってはいけません。天河鏡夜さん」

 歩き始めた鏡夜を追いかけるように背中に声が投げ掛けられた。

 女の子の声だった。よく通る一切の濁りがなく澄んでいて何処か悲しそうな響きを含んでいる声だ。

 立ち止まった鏡夜はゆっくりと振り返る。

 鏡夜を見下ろすように立っていたのは女の子だった。だがそれ以上に女の子が身に纏っている服に驚く。

 巫女装束だった。

 足元から視線を上に上げて行き女の子を直視する。

 長い黒髪は腰より少し高い位置まで延ばしてあり左右は耳の辺りでリボンで結ばれている。

 美人というよりはむしろ可愛い感じでテレビに出ていてもおかしくはない。

 そんな女の子がどうしてこんな真夜中に。しかも巫女装束で。

 疑問はいくらでもある。しかし、それら総ての疑問は大別するとたった一つになる。

「君は……誰?」

「申し遅れました。私は名月院瑞希と申します」

 深々とお辞儀をし、向き直る。

「俺は天河鏡夜です。えっと、こっちに行くなってどういう事ですか?」

 自然な感じで尋ねたつもりだったが、声が上擦ってしまう。

 こんな真夜中に美少女が声を掛けてくる。しかも巫女服で。

 真夜中。美少女。巫女装束。おまけに会ったこともないのに名前が知られている。こんな状況下で脳天気でいられる程、鏡夜は図太くない。

「貴方が行くはずのコンビニには強盗が入り、偶然にも居合わせた貴方は殺されるからです」

 何て不吉な事を言ってくれるんだこの人は。

「え……と。名月院さん? あなたは……」

「さぁ、私と共に参りましょう。安全な地へと」

 瑞希はゆっくりと右手を差し延べる。

 少しの間の後に鏡夜は思い立つ。

 もしかしたら桜香辺りの仕組みではないだろうか。

 疑い出したらキリが無かった。

 そこら辺の木の影で桜香やその他一同が困惑する自分を見て笑いを堪えているのではないか。そして下心丸出しで美少女に着いていったらドッキリよろしく落とし穴にでもぶち込まれるのではないだろうか。

「さぁ……私と共に」

「俺はまだ」

「……はいっ?」

「俺はまだ落とし穴にぶち込まれたくはないんでねっ!」

 身を翻して鏡夜は下り坂を一気に駆け、麓の電柱に左手をついて息を整える。

 右側には眩しい程の明かりを燈した四角い建物があり、人はそれをコンビニと呼ぶ。

 自動ドアの手前で鏡夜は一度、立ち止まった。

 勢いで下って来てしまったがもし、あの人が言っていた事が本当だとしたら。いや、有り得ない。突拍子がなさ過ぎる。

 大体、未来を予知出来る人間なんて居るはずがないのだから。

 忘れろ。桜香達にからかわれたとでも思え。

 不安を振り払うように頭を左右に振ってから自動ドアをくぐる。

 冷房の冷たさが肌に刺さった。少し冷やし過ぎではないか。

 外に居たから余計にそう感じるだけかもしれない。

 とにもかくにもあまり長居はしたく無かったので鏡夜は弁当のコーナーの前に移動し眺める。

 おにぎりかサンドイッチ。いや、蕎麦もいいよなぁ。どうせ光輝も起きてるのだろうし、余分に買って行っても大丈夫だろう。

 買い物カゴにおにぎりやサンドイッチ。それに蕎麦を入れて、アイスのコーナーに行き、アイスを買い物カゴに入れる。

 これくらい買えば良いだろう。

 ふぅ。と細い息をつきながら鏡夜はレジに向かった。

 レジには既に二人の先客が居て、仕方なく鏡夜も並んで待っていた。

 自動ドアが開く音。反射的に鏡夜は入って来た客を見た。

 黒い帽子を深く被りマスクで顔が隠れているから見えないが恐らく男だろう。

 男は雑誌のコーナーに姿を消し、鏡夜も興味が無かったので前に向き直った。

 待つこと数分、ようやく鏡夜の順番になり買い物カゴをレジに出す。

 深夜勤務だと言うのに若い女の店員はきびきびと働いていた。

「ありがとうございました〜」

 明るい声を受けながら鏡夜は自動ドアへと歩き出す。

 自動ドアをくぐった所で靴紐が解けている事に気付き、鏡夜が身を屈めたまさにその瞬間。

「金だ! 金を出せっ!! 妙な真似したらぶっ殺すぞ!」

 店内から大人の男の怒鳴り声が聞こえた。

 驚きながら振り返ると男が女性店員に刃物を突き付けている。

 男はかなり興奮していて、本当に女性店員を刺すかもしれない。幸いにも男は女性店員に集中していて鏡夜には気付いていない。あの包丁さえどうにか出来れば。

 深く考えている暇はない。

 レジ袋を地面に落とすと駆け出そうとする鏡夜の進路を一人の少女が塞いだ。

「ごめんなさい……ねっ!」

 流れるような動作で鏡夜の腹部にキツイ前蹴りが放たれた。

 信じられない事に身体ごと数メートル飛ばされる程の衝撃。しかし、

「……っ?」

 想像以上に痛みは無かった。いや、そうではなくて。

「なにを……!?」

 少女の肩越しに二人分の人影が見えた。一つは強盗犯の男。もう一つは露天風呂で会った柏木優希だった。

 優希は男を地面に押し付け押さえ付けていた。女性店員はポカンとしている。

「何が……あった?」

「蹴り飛ばしてごめんなさいね。でも、万が一にも優希があの男を逃がしたらここに立っていられると邪魔だったから」

 ショートカットの黒い髪をかき上げながら少女は優しく言う。

 顔立ちは美麗で見た目は同じ歳に見えるにも関わらず何処か大人の色香を漂わせている。

 似ても似つかないのだが鏡夜は何故か副会長に似ていると感じた。

「でも、インパクトはずらしているから痛くはないでしょ? 派手に吹き飛んだだけで」

 何を言っているのかさっぱり解らない。

「終わったみたいだね。ご苦労様」

 右の方から拍手と労いの言葉が掛けられた。見ると笑顔の少年とその隣には両手を前で組んでいる名月院の姿があった。

「ったく。いきなり計画変更って人使い荒いわよ? ユキ」

 ユキと呼ばれた少年は笑って見せ、店内に視線を向ける。

「優希、その男は? 警察が来るまで……」

「気絶させたし、縛ったから放って置いても大丈夫だよ」

 店内から出て来た優希が答えた。

 一人だけ状況が飲み込めていない鏡夜に少年は笑顔で言う。

「無事で何よりです。俺は青葉夏雪。(あおばなつゆき)初めまして、天河鏡夜さん」

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