第20話「交わる軌跡」
お風呂の準備をして意気揚々と部屋を出ていく光輝と智希。二人の後についで肩を落としながら部屋を出ていこうとする鏡夜は副会長に呼び止められた。
「なんです?」
「浴場に行くなら気をつけろ。研ぎ澄まされた気配を感じる」
まったく意味が解らない。とは言えなかった。
つまりは危険ということか?
副会長が言うと凄く現実味があるような気がしてならない。
「お〜い。天河〜。早くいかねえと風呂から出ちまうぞ」
急かすような光輝の声に鏡夜は慌てる。
「あ、あぁ」
一礼した後に鏡夜もサンダルを履き部屋の外に出る。
廊下で待っていた光輝は文句を言いながらも先頭をずんずん歩く。
温泉独特の匂いがする更衣室で着替え、大浴場に入る。
流石に旅館だけあって寮のより立派だった。
ジャグジーや水風呂もあるしサウナやら韓国式サウナやらもあるし。
三人で肩を並ばせ身体と頭を素早く洗うと、鏡夜はジャグジーに行こうとするが、
「おいこらまてぃ」
光輝に見つかってしまう。
「鏡夜さん、男らしく覚悟を決めて下さいよ」
「……犯罪行為に手を染める事を男らしいというか。歪んでいるよ。お前達も、この世界も」
軽く毒を吐きつつ光輝と智希の後ろについて露天風呂に移動する鏡夜。
元々山の上に作られた旅館であるから、露天風呂からの景色は絶景だった。
柵に手を掛けて身を乗り出せば遥か下に流れる川を見る事も出来る。
雪が降ればもっと綺麗になるんだろうな。
鏡夜が感傷に浸りながら景色を眺めている横では光輝と智希がそびえ立つ茶色い木製の板の前に両手を腰に当てて立っていた。
「うわぁ〜綺麗だよ〜」
仕切りの向こう側から藍の甘い声。
「想像より広いわね」
鈴のようによく通る桜香の声。
「それにしても他に人がいないとは、貸し切りみたいだな」
最後に凛としたユキナの声が聞こえた。
盛大な溜め息を鏡夜は吐いた。
どうして露天風呂に来るかなあの人達は。
「どうするんですか? 都合よく覗き穴なんてありませんよ」
「フフン。正面が駄目なら上からってね」
まさかと思って鏡夜が仕切りの壁の方を見ると本当に光輝は桶を積み重ねて足場を作っていた。
もはや言葉もない。
そんな事したらばれるに決まってるだろうに。
「楽しそうですね。彼等は」
声に振り向くと初めて湯舟に人が入っているのに気付いた。
「あっ……すみません。うるさくしてしまい」
今まで全く気付かなかった。向こう側を向いているから顔は解らないが雰囲気的にかなり年上だと思った。だが、振り返った男の人は鏡夜の想像以上に若く、同じ歳くらいに見える。
「フフっ。そんなに丁寧に言わなくても良いですよ。同じ歳ですから。僕達は」
とても同じ歳には思えない。
その人は男にしては中性的な綺麗な顔立ちをしていた。背も高くどちらかと言えばテレビに出ていても不思議ではない。
少しだけ憂いを含んでいるのが気にはなるが。
「僕は柏木優希。宜しくね、天河鏡夜君」
柏木という苗字を何処かで聞いた事があるような気がしてならない。いや、それよりも。
「以前にお会いしましたか?」
探るように鏡夜が言うと優希は口元だけで笑った。
「あそこで不穏な事をしているのは相田光輝君と御船智希君だよね?」
光輝か誰かの知り合いなのか?
そんな考えが過ぎった時、副会長の言葉を思い出す。
まさか、この人が副会長が言っていた……。
後ろを振り返り、男湯と女湯の仕切りの板を見る。
板の所にいる光輝と智希となんか変な人が見えた。
三人は何やら白熱した議論を繰り広げている様子だった。
「上からなんて見つかるに決まってんだろ? これからの時代はな、これなんだよ」
「そ、それはっ……!」
そ、それはっ。じゃないだろう。どうして見知らぬ男と打ち解けてるんだ。
ここからではよく解らないが、三人が固まって何かをやっていた。
「止めなくていいの?」
言って聞く相手ならあんな事はしない。
鏡夜は吐き捨てるように言い、アホ三人衆に駆け寄る。
「おぉ〜!!」
「おい、早く変われって!」
「ばっ! おま、ここは俺の特等席だぞ!」
光輝と見知らぬ人が口論を繰り広げているすぐ傍で智希は板に顔を近付けていた。
何と言う漁夫の利作戦か。
近付いてみて解ったのだが、何かの工具を使って仕切りの板に覗き穴を空けたようだ。
さっさとこの場から逃げた方がいいんじゃないか?
鏡夜は自分の保身を考え、智希は光輝と見知らぬ人に視線を移し、光輝と見知らぬ人が口論からつかみ合いになった時、
「静かにしねぇかガキども!! こっちは仕事で来てんだよ!!」
大人の男のドスの効いた怒鳴り声で騒がしかった辺りは静かになった。
男は舌打ちをすると桶を重ねて足場にし、仕切りの上に小型のカメラを設置した。
その場にいた鏡夜達は互いに顔を見合わせ、
「盗撮かよ!! 何が仕事だ! 偉そうにいいやがって!!」
「ただの性犯罪者だろうがてめぇ!!」
光輝と見知らぬ男と智喜希が目にも留まらぬ速さで飛び蹴りを男に食らわせた。
というかお前達も人の事は言えないぞ。
「ひでぶっ!?」
ボロ雑巾のように宙を舞い、男はでこぼこの地面に叩き付けられた。
すかさず三人は盗撮魔を袋だたきにする。鏡夜はどこからか持ってきた白ハンカチをひらひら動かしていた。
そろそろ止めた方がいいか。仕切りの板はそんなに頑丈そうには見えないし、何かの拍子で倒したりしたら。
遅かった。なにもかもが遅過ぎた。
仕切りの板、近くで暴れていた誰かが勢いよく板にぶつかり見事に板を薙ぎ倒した。
「あっ……」
藍のタオルを奪っていた桜香が仕切が倒れた音に驚き、こちらを凝視していた。そして目が合ってしまった。
「あ、あ……きゃああああっ!!」
ワンテンポ遅れて藍の悲鳴が響いた。至極当然な反応である。
「キョーヤ……あんた」
「ち、違うんだ!」
否定をしてみたものの後に続く言葉が見つからない。
「貴様らを信じた私が馬鹿だった。部屋に戻ったら説教だ!! タップリと教育してやるよ!」
非情なユキナの声が響いた。
鏡夜達が仕切りをぶち壊す数十分前。桜香は湯舟に浸かりながら窓から外を眺めていた。
「凄く良い景色ね!」
ユキナと藍も湯舟の中を移動して来て景色を眺める。
「ホントだ〜。すっごくいい景色〜」
「たまには温泉もいいものだな」
大浴場を振り返りユキナは言う。
「そうですね〜」
うっとりした声を出す藍に続いて桜香の声が響く。
「あっ、見て見て、露天風呂もある。行ってみない?」
「あっ、まってよ〜。桜香ちゃん〜」
返事を聞く前にばしゃばしゃと湯舟を歩き外に続く扉を目指す、桜香に藍とユキナは仕方ないなと微笑みながらついていく。
「露天風呂には行かない方が良いですよ」
初めて聞いた声に振り返ると神秘的な雰囲気の少女がタオルで胸を隠しながら立っていた。
黒く綺麗な長髪が最初に目につくが、少女の顔を見るとそちらに釘付けになる。
小顔で雪のように白く透き通った肌。綺麗な顔立ちで美人と言うよりは可愛い感じだ。テレビに出ているアイドルよりもルックスは良いかもしれない。
まさしく美少女と呼ぶに相応しいのはこの少女の事だろう。
「あ、あの。行かない方が良いってどうゆう事ですか?」
少女の顔を凝視していた桜香の隣に居る人見知りをしない藍が質問をする。
「貴女方のお知り合い……殿方に問題あり。とだけ言っておきます」
「あいつらが覗きをするとでも言うのか?」
その少女の言葉に真っ先に反応したのはユキナだった。
少しだけ怒気が篭った声色である。
初対面の者に知り合いをけなされ腹ただしいのだろう。
「私はあいつらを信じてるよ。馬鹿な行為をする奴らじゃない」
「そう……ですか」
本当に残念そうに伏し目がちに少女は言い、横を向く。
「忠告はしました。では、またお会いしましょう。御船桜香さん、泉川ユキナさん。そして谷原藍さん」
「あんた誰よ? どうしてあたし達を知っているの?」
突っ掛かるように質問をした桜香に対して少女は鼻で笑った。
「これはとんだ御失礼を。申し遅れましたが私は名月院瑞希と申します」
丁寧な口調からははっきりとした誠意が感じられた。
「では、またお会いしましょう皆さん」
名月院瑞希と名乗った少女と別れ、露天風呂に向かった桜香達は数十分の後に彼女の言葉が真実だった事を悟ることになる。