第19話「温泉宿の醍醐味?」
鏡夜が提示した条件は一度だけでもいいから2を出すな。というものだった。
考えるそぶりを見せた後に智希は二つ返事で条件を呑む。
ここに目的が解らない共同戦線が結ばれた。
鏡夜が10のダイヤを出すとすかさず桜香は9のダイヤを出す。
「流石はキョーヤ。よく解ってるじゃない」
それはどうも。と答えたいがそんな胡散臭い笑顔を向けられても素直には喜べない。
次に出せるのは8のダイヤしかない。そしてそのカードは鏡夜が手にしている。
8で切った後に鏡夜は3を三枚とジョーカーを出し今一度革命を起こした。
「ひぇ!?」
素っ頓狂な声を光輝が出した。どうやら本当に残りの一枚は小さい数だったようだ。
「また革命か……まぁどちらでも構わないがな。私は」
横で悶絶している光輝を見ながら実に嬉しそうにユキナは言う。
「相田君……!」
打ちひしがれている光輝を気の毒に思ったのか藍が真剣な表情で苗字を呼ぶ。
藍の癒し系ボイスに光輝は顔を上げ、笑顔を見せた。
藍は見た瞬間に大概の男を落とせる威力を秘めた無邪気な笑顔を光輝に向けた。
「人柱、ご苦労様!」
これでおかずは安泰だよと嬉しがる。
その一言が光輝にとどめを刺した。
残りの一枚。4を机の上に置くと芋虫のように丸くなりながら拗ね始める。
「いいんだよぅ……どうせ俺は勝てないデスティニーなんだよぅ……いじいじいじ」
鏡夜は咳ばらいをする。馬鹿はほっとこうという意味合いを込めて。
革命をした鏡夜がもう一度出す番だ。
残りの手札は二枚。1と5。ここで1を出せば勝利は確定だ。
何故なら智希がここで2を出さないからだ。
鏡夜が1を出し、パスで順番が周り、智希の番になる。
智希もパスをするだろうと鏡夜は思っていたが、そんな考えはニヤリとサドスティック的な笑いを浮かべた智希を見た瞬間に吹き飛ぶ。
「鏡夜さん。貴方はいい道化でした、光輝さんと共にびりの座を競い合ってください」
1の上に2のカードが出された。
「う、裏切ったな……俺を裏切ったなぁ!!」
「そんな物言いだから器量が小さいと言うのさ」
光輝と鏡夜は既に外野と化し、二人を無視して大富豪は進んでいく。
桜香が一位で上がり、二位で副会長。三位がユキナで四位が藍。
そして智希が4を出して五位で上がった。次に鏡夜も5を出して上がり、びりは光輝に決定。
「オゥマイゴットォ!」
久しぶりに聞いたような気がする。光輝の意味不明な叫びを。
「じゃあ、おかず一品献上宜しくね!! すっとぼけたりしたら……解るわよねぇ?」
嬉しそうに笑う桜香を見て鏡夜は確信する。
こいつ絶対にSだ。智希と一緒にSだ。
桜香、ユキナ、藍の三人は適度な声量で雑談をしながらお風呂に行くからと言い残し、部屋を出て行く。
三人共、高校生にしては分別があるし落ち着きもある。
正直、鏡夜は同年代の女子が大嫌いだ。何故ならうるさいからだ。
教室でうるさいならまだ解る。だが、電車やバスの中。集会の時などは弁えるべきだ。場所を選ぶべきだ。
所構わず騒ぐ奴らを見ていると不必要だとさえ思う。
「ところで諸君! 温泉宿の醍醐味と言ったらなんだい!?」
畳みに転がっていた光輝が突然、大声で鏡夜達に話し掛けた。
「立ち直るの早いな、おい」
と鏡夜。
「え〜と、お風呂?」
と智希。
「智希は惜しい! 天河は論外だ!!」
テンションを間違えた馬鹿こと光輝が鏡夜を指差す。
「いいか天河。一つ壁の向こう側には桃色の桃源郷……うら若き乙女達が織り成すいや〜んな世界があるんだぞ!? それを覗かんとして何を覗く!?」
拳を固め熱く語った光輝に鏡夜は冷ややかな軽蔑の視線を浴びせる。
「言っていて痛くないかぁ?」
「痛くなどぬぁ(な)いわぁ。さぁ、我が同志よ。いざ桃源郷へ!!」
かっこよくポーズを決めた光輝が叫び、部屋に静寂が訪れた。
副会長は相変わらず本を読んでいるし、智希はバックからゲーム機を取り出していた。
鏡夜は自分で煎れたお茶をわざと音を立てて飲み、静かな部屋にずず―という音が響いた。
「ねぇ!? なんか喋ろう? リアクションしてくれないと俺が痛い子みたいじゃん!? なぁ天河!」
こっちに振るなよと迷惑そうな顔を光輝に向けた。
「なに、その迷惑そうな顔!? お前だってホントは桜香の裸見たいんだろ?」
あいつは着痩せするタイプだが、胸のボリュームが凄いぞ? 藍と合わさればダブルパンチだぜと語る光輝は気付いていなかった。
鏡夜の目付きが鋭くなったことに。
「副会長」
鏡夜にしては珍しく静かな声だった。
「……なんだ?」
鏡夜が知る限り副会長の今日初めての言葉だったが今は気にしない。
「剣を貸して下さい。このハレンチ馬鹿を斬り捨てますから」
「断る。俺の剣で斬る価値があるとは思えないからな」
さらっと酷い事を言っている。
人の解釈はそれぞれで光輝はなんか解らないが喜んでいた。
ここで死なせるのは惜しい人物とでも解釈したのだろうか。
「あの〜。光輝さん。僕は行きますよ!」
驚いて鏡夜は振り返った。純粋なキラキラした顔を向ける智希。
それはさながら純粋な少年が好奇心の虜になっているようにも見えるが
鏡夜はそうは思わないで演技だと思う。
大体、さっきの裏切りなんて純粋な中学がやることではない。
光輝はそんな鏡夜の心配など知るはずもなく、智希に騙されテンションは最高潮に達している。
やれやれ、どうなっても知らないぞ。
「鏡夜さんも勿論、行きますよね? 桃源郷っすよ?」
「誰が行くか。俺はまだ逝きたくないぞ」
そんな計画は往々にして失敗するに決まっている。
ばれたりしたら最悪だぞ。目さえ合わせてくれなくなるぞ。
一般的な常識論を振りかざす鏡夜に智希は無表情で一枚の写真を見せて来た。
「……ぶっ!?」
思わず噴き出してしまう。
写真に写っていたのは下着泥棒の決定的瞬間だった。
それだけならば問題がないのだが、何故か下着泥棒が鏡夜なのだ。
勿論、鏡夜にそんな趣味はない。仮にあったとしても犯罪には手を染めない。多分。
「……合成写真か?」
「御明察。流石は鏡夜さんです。確かにこれは合成写真ですが姉ちゃんに見せたらどうなるんでしょうねぇ?」
そんな事、考えたくもない。
狡猾な笑みを浮かべる智希を見て鏡夜は呟く。
計算高い腹黒、魔王。と。
「勿論、行きますよね。鏡夜さん?」
無邪気に言っても可愛くないんだよ。
進退極まるとはこの状況を言うのか。どっちの道を選んでも地獄。だが、まだ覗きの道は助かる可能性があるかもしれない。
覚悟を決めた鏡夜は一つの結論を出した。
「行ってもいいが……その写真はよこせ」
この条件には流石に渋るかと思っていたが智希はあっさり写真を鏡夜に手渡す。
「こんな物、一度きりしか使えませんからね」
よく解っていらっしゃる。
「光輝さん。話、まとまりましたよ。鏡夜さんも行くそうです」
「ふふっ。そうか……ならばゆくぞ日頃から虐げられている同志諸君よ。我らの力を見せ付けるのだ!!」
喜んで行くとも。死地への旅路に。
神など信じた事がない鏡夜もこの瞬間だけは神に祈りを捧げたかった。