プロローグ「変わらない日常茶飯事」
桜香からの誘いを受けた直後に、鏡夜は光輝に拉致され学校の近くのゲーム店に連行された。
道中、光輝は長々と愚痴っていたのだが、ゲーム店にて本日発売のアドベンチャーゲーム『KISS★SUMMER』を購入するとスキップランランランのノリで寮に戻った。
金曜日や明日が休みの日などは鏡夜は光輝の部屋で過ごすことが多く、今日も例外ではない。
ベットを占領し本を読む鏡夜とカーペットが敷かれた床に座りベットに寄り掛かりながらゲームの起動を待つ光輝。
「って!? なんで当然のようにベット占領してんの!」
今頃気付くとは遅すぎたな、ベットは頂いた。と手話で鏡夜は訴えた。
「日本語使えやっ何で流暢に手話を使いこなせるんだよ」
「おっ。オープニングが始まるぞ」
首がゴキっと音を立てそうな勢いでテレビを振り返る光輝。鏡夜はゲームには興味がないらしく本を読むのを再開する。
光輝は暫く黙々とゲームをしていたが時折、
「天河ならこの選択肢はどうする?」
「ん? 人気の無い場所で押し倒す」
「んなことできるか!」
などのやり取りがあった。
鏡夜が本を読み終わった頃には空が暗くなり始めている。
腕時計で時間を確認するともうすぐ七時。
「おい、光輝。少し出掛けて……」
「オーマイゴットゥ!」
突如この世界の終わりのような意味不明の叫びを光輝が上げ、鏡夜は思わずベットの上で後退りをする。
「どうした? 呪いのアイテムでも拾ったか?」
「…………」
返事がない。ただの光輝のようだ。
鏡夜はため息を吐き、テレビ画面を見る。
画面にはゲームオーバーの文字が踊っていた。
気の毒に選択肢を間違えてバットエンドに突入したようだ。
両手を胸の前で合わせ、黙祷を捧げてから鏡夜は自分の部屋に戻り制服を脱ぎ捨て、ジャージとウインドブレイカーを着込み、更にサウナスーツを着用する。
これこそ鏡夜が名付けた、『スーパー痩せる君改CX』だ。
別に鏡夜はメタボ体質という訳では無い。
中学時代はサッカー部に所属し幼い頃から剣術を学んでいたりもする。
スーパー(以下略)を着用して三十分くらいランニングをするのは毎日の日課であり、今日も勇ましく出陣する鏡夜であった。
三十分間の労働を終え、寮の自室に戻りスーパー(以下略)を適当に脱ぎ捨てハーパン(ハーフパンツ)と白いTシャツの恰好で風呂場に行く。
「よぉう。天河」
「おっ。竹部」
脱衣所で既に半裸になっているのは竹部直人。クラスメイトで光輝とは同じ中学出身である。
基本的にはいい奴なのだが少しエロい上にエロいから困る。つまりはエロの二乗。
「ふぅむ。前から思っていたが天河って以外と凄い身体をしているな」
「そうかぁ? それはどうも」
確かに端から見ても鏡夜の身体は鍛え上げられているのが解る。ボディビルダーのような綺麗な筋肉ではないが、力強そうな肉付きだ。
「ハァハァ思わず触りたく……何だよその露骨に嫌そうな顔は!?」
「至極当然な反応だろうがっ!」
男にしっとり触られるなんて気色悪い。
そんな発言ばかりしているから竹部はゲイなんて言われるのだ。
「そういや光輝は?」
脱衣所から大浴場に移動し桶に座り身体をごしごし洗っている時に今更な質問を竹部がしてきた。忘れられているとは可哀相な光輝よ。
「返事がない。ただの光輝のようだ」
「そうか。またゲームで失敗したか」
さすが中学からの知り合い。よく心得ている。
ゲイの竹部を少しだけ鏡夜は見直した。あ。ゲイじゃないか。
「ウッダラダラダ!」
意味不明な雄叫びと共に大浴場に入って来たのは岡野大輔。鏡夜達の四人グループの最後の一人でもある。
前を隠しもせずに堂々と大浴場を歩く漢。岡野の行く手には鏡夜と竹部の二人がいた。
「ヨォウ。岡野」
「ウッダラァ」
「出たなウッダラァ星人が。星に帰れ」
シャンプーを手の平に乗せながら鏡夜は軽く毒づく。もっとも本気ではなく冗談であるのさ言うまでもない。
「俺の母星は消滅したのさ。ウッダラァ」
「それはヨカッタネ」
「ヨクネェヨ」
話しながら鏡夜は頭を洗い、岡野は身体。そして竹部はシャワーを握り不穏な動きをしていた。
「ウッダラダラダダラァ!?」
「冷たっ! 冷っ! イデデデデ」
竹部がシャワーの水を最大にまで冷たくし二人に向けて放射した。
不運なことに鏡夜は水が目を直撃してしまいかなり痛そうだ。
「あヒャヒャヒャ!」
高らかに笑う竹部を尻目に鏡夜と岡野は互いの顔を見てから状況を確認する。
今、この大浴場には自分達の三人しかいない。つまり多少騒いでも迷惑が掛かることはない。
だとしたら二人が取るべき行動は……。
「復讐じゃあ! ウッダラダラダァ!!」
鏡夜以上のマッチョメン岡野から逃れようとする竹部だが逃げ切れず、捕まってしまう。
「よくやった岡野! これがぁ!」
鏡夜が両足を持ち岡野が両腕を掴み、ブランコのようにゆらゆらと揺らし始める。
「ちょ。待て! 話せば解る! 平和的な解決を……」
「裁きだぁ!」
鏡夜と岡野は同時に叫び竹部を湯舟の中に放り込んだ。
ひとしきり騒いだ後は互いにテレビや学校での出来事を話して時間を潰し、適当な時間で風呂から上がり食堂に移動することにした。
泉川学園の寮は当然のながら男子寮と女子寮で別れており唯一、食堂だけが共同である。
逆を言えば女子寮に侵入するのは食堂からが最適だと光輝は言っていた。それを行動に移したら犯罪なのだが。
食堂での夕食を食べ終わるとそれぞれの自室に戻るだけだ。もっとも鏡夜が戻るのは光輝の部屋である。
「お〜い。光輝」
「何でゴザンショウ」
「返事があった。変な光輝のようだ」
「何で!? 返事したら変なの!? へんじだけにか!」
駄洒落はどうでもいいから。
鏡夜は手話で早く飯でも食べてこいと促す。
「だから日本語を喋れよ。君、日本語を喋れるよね!?」
そんなやり取りをしている内に鏡夜はうとうとし始め、やがて意識は闇に沈んで行った。
「天河? んだよっ。もう寝たのかよ。夜はこれからだってのに」
遠くから光輝が文句を言う声が聞こえた気がした。