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第14話「絶望の深淵で見つけた光〜中学生編〜」

 夏の季節。ある夏の日。蝉がうるさいくらいに鳴いていた。太陽からは容赦ない日差しが降り注がれ、アスファルトを焼き付けていた。

 一人の少年が駅から外に出てきた。学校指定の鞄を背負い、学校指定の黒い学ランを着ているから。一見すれば中学生だろう。しかし、その少年から伝わる雰囲気は中学生のそれではなかった。

 外見から見れば根暗とはほど遠いイメージだが、その少年から伝わるのはとてつもなく暗いイメージ。

 周りで笑っていた人達も少年が視界に入ると思わず、顔を歪めてしまう程だ。

 たかだか十何年しか生きていない少年に何があったのだろう。まるで何を恨み何かに絶望し、今にも自らその命を絶っていきそうだ。

 少年の名前は天河鏡夜あまかわきょうや。中学三年生でこの冬に受験を控えた受験生だ。

 学校の成績は普通より少し上。地元の高校を狙える位置にも充分いたのだが、何故か地元から遠く離れた泉川学園を選んだ。

 一年生の冬に突然、理由も告げずにサッカー部を退部。今にして思えばその頃からだろう鏡夜が変わったのは。

 それまでは明るく大勢の友達と毎日、笑っていた。しかし、ある冬の日を境にして笑うことはおろか喋らなくなり、次第に友達も離れていった。

 駅から歩くこと二十分。泉川学園の校門の前に立った鏡夜は空を仰ぐ。鏡夜の目に映るのは、空の青ではない。雪の白さだ。

「……解ってるよ。解ってる。だからここを選んだんだ」

 ぶつぶつと独り言を呟く鏡夜の横をセーラー服を着た少女が通り過ぎていく。少女の名前は御船桜香みふねおうか

 虚ろな瞳には通り過ぎた鏡夜すら映ってはいないのではないだろうか。

 空から校舎に視線を戻した鏡夜は目の前にいる桜香の腰まである長い黒髪。その後ろ姿に鏡夜は取り乱す。

「花音っ!?」

 声を上げながら桜香の左肩を掴む。

「……なにか、用ですか?」

 振り返った桜香は今にも消えそうな細い声で言った。

「あ……」

 違う。人違いだ。

 振り返った桜香の顔は色白というよりも蒼白で、眼の下にはクマを作っていて悲痛。としか言いようがない。

 鏡夜が黙っていると、桜香は興味がなさそうにその場を後に、校舎の中に入って行った。

「花音の訳……ないよな。だって、花音は……」

 振り返り空をもう一度だけ仰ぐ。やはり空は青ではなく雪の白さで埋まっていた。

「……これが罰だ。これが贖罪なんだ……」

 そんな呟きを鏡夜がした後に、彼の雰囲気が変わった。それはもう決定的に何もかもが変わった瞬間だった。

「はぁはぁ……ま、間に合った?」

 後ろから荒い息遣いと間の抜けた声が聞こえ、鏡夜は振り返った。

 そこには自分と同じ黒い学ランを着た一人の男が膝に手を当てて、屈みながら息を整えていた。走ってきたのだろうか。

「お。君も体験入学に参加するのか?」

「そうですけど」

「俺は相田光輝あいだこうき。宜しくな!」

 気軽に肩に手を乗せて笑いかけてくる光輝の第一印象は親しげな奴だなと思うだけだった。

 しかし、鏡夜は嫌な顔一つせずに笑いながら答えた。

「俺は天河鏡夜です。宜しくお願いします。えっと相田君?」

「なんで敬語なんだよ。俺らタメだろ? 光輝でいいよ普通に」

 あまり見ないタイプの奴だ。もしかしたら馬鹿なだけか? 不良って感じには見えないが。

 失礼極まりないことを考えながら光輝と話す。

「そこの中学生! 体験入学の説明会が始まりますよ!」

 いつまでも校門で話している二人に上級生がたまらず忠告をした。

 彼女の名前は泉川ユキナ。一年生でありながら生徒会の一員である。

「あ、すみません……あの、説明会って何処でやるんでしたっけ?」

 パンフレットに体育館って書いてあっただろ。

 思ったが鏡夜は口には出さない。

 短いため息をユキナはつくと二人を体育館に案内する。

 綺麗に並べられたパイプ椅子に座るように促すとステージに駆けて行った。

 その直後に壇上に上級生らしき男子生徒が上がった。




 困った。まさか今週の日曜日に体験入学があったとは。

 本校舎の四階の廊下をとぼとぼとユキナは歩いていた。

 浮かない表情の先には四段もの黒い重箱。

 正直、両手で抱えていても重たいくらいだ。

 孤児院の子供達の為に作ったのだが、作り終えてから体験入学の事を思い出した。

 後の祭とはこの事か。

 捨ててもいいのだが、三日前に、

「南北問題と飢餓」という論文を発表したばかりだ。

 それなのに食べ物を粗末にするなんて支離滅裂ではないだろうか。

 すっかり進退窮まっていた時だった。後ろの方から教室のドアが開く音が聞こえた。

 振り返ると教室から出て来た学ラン中学生と目が合う。

 さっき校門で騒いでいた二人の片割れだ。

「こんな時間にどうしました? 体験入学はとっくに終わっているはずですが?」

「いや〜。授業があまりにも退屈だったんで寝てたら、誰も起こしてくれなくてですね」

 頭を掻きながら中学生は話す。

 こいつは落ちたな。ユキナは確信を持って言える。

 しかし、今は使えそうだ。

「そうですか。なら、お昼はまだですね。私と一緒にお弁当を食べませんか?」

 柔らかくユキナははにかむように微笑んだ。

 それはさながら天使の微笑みと絶賛される程。

 中学生は見とれていたのかしばらく無反応だったが、ハッと我に返る。

「お、俺……いえ。僕で宜しければ……」

 中学生が言い終わる前に下の階から騒々しい足音と獰猛な犬の唸り声が聞こえた。

「……犬?」

 と不思議がる中学生。

「ここは裏手が山だからたまに野性の犬が迷い込むのですよ……」

 とユキナは答え、二人は顔を見合わせ、

「誰かが犬に追われている!?」

 二人の声が重なった瞬間だった。




 部活動の体験入部を終えた鏡夜は人気のない本校舎の一階で自動販売機から飲み物を買った。

 服装は中学指定のジャージである。

 白く無地のTシャツに青いハーフパンツ。

 鞄は肩に掛けるのではなく背負っていた。

 壁の時計で時間を確認してから何処で弁当を食べるか考える。

 残して行くと作った本人がうるさいからだ。

 コーラを口に含むと共に後ろから犬の唸り声が聞こえ、咄嗟に振り返った。

 見るからに獰猛そうな大型犬がじりじりと近寄って来ている。

 冗談だろ?

 誰に言うともなしに鏡夜が呟いた瞬間、大型犬が飛び付いて来た。

 右側に跳ぶように回避すると同時に全速力で走り出す。

 コーラの缶が床に落ちる音に振り返ると大型犬が追って来ていた。

 舌打ちをして、直線をひたすら走る。

 廊下の向こう側には直角に折れる道とその手前に階段がある。

 どちらのルートを取るか考えている暇はない。

 本能的に階段を駆け上がり二階に移動する。

 振り返らずとも大型犬が迫っているのは解る。

 このままではいずれ噛み付かれるかもしれない。

 そんな考えが過ぎった時だった。目の前に一人の少女を見たのは。

 少女は窓から空を見上げていた。

 鏡夜に気付いている様子はない。

 無視する訳には行かなかった。

「走れ!!」

 走っているせいでうまく息が出来ない。端的な怒鳴り声しか出せない。

 それでも少女は気付いたようで顔を向けた。

 その少女は朝、校門で出会った少女だった。




 父さんとお母さんと弟に勧められてこの泉川学園に来たが、別に何も変わらない。

 ここでも、また中学時代と何ら変わりのない日々が繰り返されるのだ。

 人間という生き物は醜悪だ。人が苦しむのを集団で楽しんでいる。

 だから、心を閉ざし顔からは表情が消えた。

 一年程前からいじめられるようになった桜香は心を護る為に自らの殻に閉じこもった。

 いじめの原因は解らない。それまでは仲良くしていたクラスメイト数人の態度が突然、変わってしまってからだ。

 誰も助けてはくれない。助けようとしてくれた幼なじみも結局は裏切った。

 家族以外で必要としてくれる人なんて。

 ふと思いがけず校門で出会った少年を想う。

『花音っ!?』

 誰と間違われたのかは知らないがあの少年にとって凄く大切な人なのだろう。

 その大切な人が自分だったら良かったのに。

 羨んでも仕方ないのは桜香も解っている。だが、思ってしまうのだ。自分があの少年が言っていた『花音』という女の子だったら良かったのに。

 あの少年に大切に想われている女の子だったら良かったのに。

「走れ!!」

 突然の大声に桜香の身体は縮こまる。

 重度のいじめを毎日のように受けている桜香は少しの事でも過敏に反応してしまう。

 恐る恐るゆっくりと右を見ると、目を丸くしてしまう。

 さっきの少年が全力で廊下を駆けていた。その後ろには凶暴そうな犬。

「……」

 どこかスクリーン越しの傍観者のような感じだった。

 桜香は走ろうとせずにただただ、見つめているだけだ。

 通り過ぎた少年の足音が止まる。不思議には思ったが桜香の視線はただ犬にだけ向けられる。

 犬に噛み殺されるのってやっぱり痛いかな。

 諦めにも似た感情が桜香を支配した刹那、右手を力強く掴まれた。

「何やってんだよ!? 走れよこの馬鹿!!」

 乱暴な言葉だが、その少年からは確かに温かさを感じた。ずっと家族以外の人間から感じたことのなかった温かさを。

 繋がった手を見ると、どういう訳か心臓がドキドキする。いつものいじめに怯えてドキドキするのとは違う。この心地よさは何なんだろう。

 ぼーとしていた桜香は気付かなかったが、犬は既に桜香に飛び掛かった。速く走れば逃げ出せたかもしれない。しかし、桜香は犬のことなど最初から気にも留めていなかったのだ。

 少年は舌打ちをすると桜香を乱暴に引き倒し鞄を両手に構え、犬の飛び掛かりを受け止める。

 ファスナーが開いていたのか中の物が衝撃で散乱する。可愛い絵柄で男の子には似つかわしくない弁当箱、財布、制服に筆記用具。

 とりとめのない物ばかりだが、一つだけ他の物と違っていた。それは一枚の写真。

 その写真は尻もちをついている桜香の足元にひらひらと舞い落ちた。

 緊張感のかけらもないことにきょとんとした顔で桜香はその写真を拾い上げて見た。写真に写っているのは目の前の少年と中学生くらいの一人の少女。恐らくこの少女こそが『かのん』なのだろう。

 確かに写真の中の少女と桜香は良く似ていた。長い黒髪、整った顔立ち、雪のように白い肌。唯一違う点とすれば、他の女の子よりは大きい胸だろう。

「逃げろっ!!」

 もう一度、少年の大声が響いた。

 桜香はびくっと怯え、少年の方を見た。

 少年は床に倒れ、必死に噛みつかれないようにもがいていた。

 どうして、この男の子はそんな事をしているのだろう。どうして、逃げないのだろう……。

「……あ、ああ……」

 桜香が動揺しながら必死に声を絞り出す。

 そうだ。この男の子は助けようとしてくれているのだ……。

 誰にも必要とされていない、毎日『死ね』『消えろ』『うざい』と言われて続けてきた桜香にとって少年の姿に少しだけ閉じた心の扉が開きかける。

 そして、桜香の黒い双眸に微かな光が宿る。

 棒立ちから一転、素早く近くの教室に入ると、掃除用具入れのロッカーから手頃な長さのホウキを左手で掴む。




 ようやく逃げたようだ。何を考えてるのか解らない奴だ。

 必死に大型犬と格闘していた鏡夜は何故か冷静に女子生徒をどうして助けたのを考えていた。

 花音と似ているから。それが全てだ。あの女子生徒が花音にさえ似ていなければ助ける事はなかったはずだ。

「くっ……!」

 盾にしていた学校支給の鞄が食いちぎられる。

 ここまでか。だが、これで。

 早々に諦め抵抗するのを止めた鏡夜に大型犬の牙が迫った。

「はぁ……!」

 掛け声と共に目の前の大型犬が数メートル吹き飛んだ。

 あまりの出来事に何が起きたのか鏡夜は理解できない。

 目の前に居るのはさっきの女子生徒。左手に握られているのは棒きれ。

「……」

 口は動くのだが声が出せない。

 女子生徒は床に落ちていた鏡夜の弁当箱を右手で拾い上げる。

「……かかって……おいで」

 掻き消えそうなくらい小さいが力強く女子生徒は言う。

 人の言葉を理解できないはずの犬は女子生徒の挑発的な言葉を本能で感じ取ったのか女子生徒に襲い掛かる。

「あんた……!」

「……へいき」

 大型犬が飛び付く前に女子生徒は弁当の蓋を開け左側を向き窓から外に放り投げた。間髪入れず大型犬が飛び付く。

 女子生徒は冷静に身を捻り、その場で一回転する。

 遠心力の力が加わった棒が大型犬に直撃した。

 ミシッと音を立てて真っ二つに折れる棒。そして窓の外にすっ飛んで行く大型犬。そんな信じられない光景を鏡夜は目の当たりにした。

 この時点での彼らはまだ知らない。後にどのようにして再会し互いの関係を築いていくのかを。

 まだ、何も知らない。


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