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第13話「自分の意志で〜泉川ユキナ編終了〜」

 電車に揺られながら光輝はユキナをじっくり観察する。

 時折、目を醒まして驚いたように窓の外を見て、何だここかと安堵してまた眠るを繰り返していた。

 無防備な寝顔に今すぐに駆け寄りたい衝動に駆られるが、我慢しなくてはならない。

 泉川駅を出発してから一時間半。ユキナは石切駅で電車を下車した。

 気付かれないように間を置いてから、改札を通り駅の外に出る。

 太陽の眩しさと田舎の風景が光輝を出迎えた。

 人気の無い駅前に停車しているバス。遠くに見える山々。振り返ると石切町マップなる物が設置されていた。

 地図のようだが、今は見ている場合ではない。

 ユキナが乗ったバスに歩先を向けると、

「あ、ちょっと、ちょっと」

 五十代くらいのおばさんに声を掛けられた光輝は立ち止まった。

「石切高校はここからどう行けばいいんだろうね?」

 地元の学生に間違われたようだ。

 急いでいるからと素っ気なく答えると同時にバスが発車した。

「……あっ」

 発車したバスが光輝の前を通り過ぎて行く。光輝はただ成す術もなく見送った。

「今のバスに乗るはずだったの? 悪いことしたねぇ」

「……そこに地図があるようですよ」

 煩わしい口調でそう言うとおばさんは石切マップを確認し始めた。

 光輝は重い足取りでバス停に向かいベンチに崩れ落ちる。

 俯き地面を睨み付けていた。

 何をやっているのだろう。桜香や副会長に迷惑をかけてここまで来て。見失ったでは済まされない。

 どれくらいの時間をベンチに座って俯いていたのだろう。

 今の光輝には暑さも太陽の光りも気にならなかった。

 ふいに日差しが遮られる。

 俯いていた光輝には誰かの足が見えた。

「ずっと後を付けて来たようだな?」

「……えっ?」

 ゆっくりと顔を上げると白いミニスカート。青い服。そして目の前に立っていた女の子の顔が映る。

 ユキナだった。呆れているように見える。

「ど、どうして? だってバスは……」

「いつまでもお前が乗って来なかったからな。仕方なく次のバス停で降りて戻って来たよ」

 最初からバレていたのか。尾行していること。

「次のバスに乗るぞ。バス代はあるか?」

 ユキナは隣に座り前を向きながら言う。

「は、はい。多分……」

「いつもと態度が違うじゃないか?」

 それは光輝も解っていた。だが、いざユキナと二人だけになるとどう接していいのか解らない。

「意外と行動力があるようだなお前は。まさか後を付けてくるとはね」

 いや、違う。鏡夜や桜香。副会長が居てくれたからここまで来れた。

 そう伝えるとユキナは太陽の光りが眩しいのか目を細めた。

「……羨ましいよ。支えてくれる仲間が居て。私には、誰も居ないからな。誰も」

 ユキナの横顔と桜香が重なる。

 顔が似ているのではない。雰囲気が似ているのだ。あの頃の桜香に。

 悩み苦しみ絶望の底にいた桜香と。

 もう二度と間違わない。間違いたくない。

「悩みがあるなら話してくださいよ! こう見えても俺。聞き上手なんすよ?」

 自分まで暗くなってどうする。

 そんな意味を込めて光輝は明るく振る舞う。

「聞き上手……か。お前に私の何が解る?」

「何も解らないっすよ」

「……えっ……?」

 予想をしていなかった言葉だったのかユキナは驚き光輝を見た。

「何も知らないから知りたいんですよ。だから教えて下さいよ。会長が何に悩んでいるのかを。言葉にしないと何にも伝わらないと思いますよ。俺は」

「……そうだな。すまない駄目だな私は。誰かに助けて欲しかったのに、誰にも助けを求めなかった。結局は他人の優しさに甘えていただけか……光輝。聞いてくれるか? 私の話を」

「もちろんっす」

「……ありがとう」

 一度、顔を伏せてからユキナは光輝を正面から見つめる。

 そしてぎこちなく話し始めた。自分の過去を。

 『泉川』。その名前はただの呪縛に過ぎない。

 県内でも一、二を争う進学校。有名私立高校。泉川学園の理事長の一人娘が居た。名前は泉川ユキナ。

 幼稚園の頃から友達と遊ぶ事は許されず、勉強と習い事を強いられる監禁生活。

 父はいつも言っていた。泉川学園の名を汚すんじゃないと。

 母はいつも言っていた。父の学校から一流大学に入れば泉川学園の名前は更に有名になるって。

 両親にとっての『ユキナ』は子供ではなくただの道具だった。

 文武両道の優等生。社会適合者。誰からも好かれる聖人君子。両親はただそれだけをユキナに望んでいた。

 全ては泉川学園の為に……自分達の社会的名誉の為に……自分達のお金儲けの為に。

 ユキナという女の子はずっと人形として生きて来た。親の敷いたレールに従うだけ。自分の意志で何かをしたことがなかった。

 小学校から中学校に上がると周りの目が変わり始めた。

 小学生は勉強や成績に興味がないけど中学生になると意識し始めるからだと思う。

 ユキナに向けられたのは同級生からは尊敬と憧れ。教師達からは信頼。

 成績は常に学年トップ。体育も出来て優しく明るい。

 自然とユキナの周りには人が集まっていた。でも、その人達はユキナを遊びに誘う事は一度もなかった。

 ユキナが唯一求められたのは勉強を教える事だけ。

 学年でもユキナは人形だった。自分の意志とは関係なく言われた通りに行動するだけの人形。

 みんな上辺だけの付き合い。友達は誰もいない。愚痴を言える人も誰もいない。

 だからユキナは愚痴を言える人間を作った。

 ユキナには兄がいると思い込み、想像の兄に対して愚痴を零すのが日課になり始めた頃に泉川学園に入学した。

 入学したてにも関わらずユキナは有名人だった。教師達はユキナのご機嫌を取ろうと優しい言葉を投げ掛け、生徒会は理事長の娘という理由だけで入学してすぐのユキナを仲間に引き入れた。

 今まで以上に息が詰まる毎日。問題を起こさないように怯えながら過ごす毎日。

 重圧に押し潰されないように強がって生きる毎日。

 ユキナはそんな日々欲しくなかった。周囲からの尊敬も、生徒会長という地位も、学年首席という成績も、どれもユキナは欲しくなかった。

 ユキナが……私が欲しかったのは友達。

 一緒に笑って。一緒に遊んで。時には喧嘩をする友達が欲しかった。

 泉川学園に入学してから二ヶ月が立ったある日。私はある決意をした。

 初めて私の意志で行動しようと。今まで出たことがないこの街を出ようと。

 こんな監視だらけの街から抜け出したかった。こんな息が詰まる街から逃げ出したかった。だから。

 両親には図書館に行くと初めて嘘をついて。

 初めて駅で切符を買って初めて電車に乗って。初めて石切町に降り立った。

 そして、私が出会ったのは唯一、心を許せて、心が安らぐ人達。

 それが……、

「あの子達」

 バスから降りてユキナは手を振った。

 目の前の教会のような建物の庭で遊んでいた四人の子供達が嬉しそうに駆けてくる。

「おねえちゃ〜ん!!」

「わぁおねちゃんだ!」

「あれ〜? 知らない人もいるよ〜?」

「馬鹿ね〜きっと彼氏よ〜」

 口々に好き放題、言ってくれる。

 子供の特権を上手く利用している。

 というか最後に言った女の子はよくもまあそんな言葉を知っている。

「私の話はおしまいだ。それで、光輝は私に何をしてくれる? 私の過去を知った光輝は……」

 子供達が母親を呼びに一斉に家の中に入って行った直後にユキナはぽつりと言った。

「取り敢えず……愚痴を聞く。だからもう想像の中の兄貴はいらない。会長も生身の人間に愚痴りたいだろ?」

 にこやかに笑いながら光輝は答えた。

「……ありがとう……気持ちだけでも嬉しいよ……だが」

「あ〜っと! 『だが』は無し! 俺に迷惑が掛かるとか思ってんなら止めてくれ」

 それでもユキナの表情はまだ沈んでいる。

「俺が。いや。俺達が会長の友達ですよ。あぁ、でも愚痴を言っていいのは俺だけね」

「……俺達?」

 困惑しているユキナの前で光輝は鏡夜と桜香の名前を上げた。

「俺が会長に教えられるのはせいぜい映画館の入り方とかゲーセンに行く事くらいだけど。行ったことないでしょ?」

「……やめてくれ」

 俯いたままのユキナが言った拒絶の言葉に光輝は身を固くする。

「えっ……?」

「やめてくれ……会長と呼ぶのは。光輝からは聞きたくない言葉だ」

 顔を上げたユキナは笑っていた。柔らかい優しい笑顔で。

「な、なんだよ〜! ビックリさせんでよ!」

 緊張のあまりに言葉が変になっているのは光輝も理解していた。

「あ〜じゃあ。泉川……先輩?」

 じとっとした視線が飛んで来た。

「……そんな呼び方、されたくないな。ユキナでいい。それに名前の後に何もつけるなよ?」

 それはつまり、呼び捨て……。

「え……えぇ!?」

「ほら。早くしろ。あの子達が来る」

 今日は急かされてばかりだな。

「じゃ、じゃあ」

 大きくゆっくりと息を吸い込み、光輝は声にして吐き出した。

「ユキナ」

 もう一度、さっきと同じようにユキナは笑ってくれた。

 恥ずかしそうに頬を紅潮させながら。

 それからすぐに子供達が母親らしき女の人を連れて来た。

 四人な子持ちにしては随分、若いと思ったが聞くところによるとここは孤児院らしい。

 夫婦で経営している小さな孤児院だ。

 一年前の夏の日。ふらりと立ち寄ったこの町でユキナは迷子の子供の世話をしたらしく、その子供がここの子供でそれ以来、ユキナは自分の意志で日曜日に通っている。

 その迷子になった子供は男の子で一番といってもいいくらいユキナに甘えていた。

 子供達と楽しそうに遊んでいるユキナを見ている内に光輝は思った。

 きっとユキナは人一倍、孤独に育ったから愛情とかに敏感なのだろう。そして誰よりも母性溢れる女の子なのではないだろうか。

「ねえねえ。お兄さん」

「あいあい?」

 子供の癖に妙に年頃みたいな声色だ。俗にいうマセガキか。

「お兄さんはユキナお姉さんの彼氏なのかしらね?」

 やっぱりマセガキだ。

「ま。そういう事にしとけ」

「ふ〜ん。じゃあ健太とはライバルね〜。健太もユキナお姉さん大好きだもんね〜」

「なっ! ち、違うよっ!!」

 真っ赤になって否定するのが普通の子供の反応か。

 男ってのは好きな子にはいじわるしてみたりするものさ。

 光輝が余裕ぶりながら言うと健太は顔を真っ赤にしてかかってきた。

 新参者の光輝もすぐに子供達に好かれ。楽しい時間を過ごした。

 そして別れの時間になり、光輝とユキナは帰り道についた。

「そういえば……」

 泉川駅に帰りつき、光輝が若い駅員と睨み合っていることなど知らないユキナは思い出したように言う。

「光輝はどうして私なんかに興味を持った? 会ってからまだ六日目だろう」

「やれやれだ。ユキナも覚えてはないのか」

「? なにを?」

「実は俺達、ずっと前に会ってますよ。泉川学園の体験入学の時に」

 鏡夜や桜香も一緒に居たはずなのにすっかり忘れていると光輝は仕方なさそうに言う。

「なるほど……そうか。ようやく解った」

「なにが?」

「ふふ。秘密だ」

 悪戯っぽく笑うユキナ。こんな風にも笑えるんだな。

 長い一日が終わろうとしていた。長く短く楽しかった日が。

 ユキナに初めて友達と大切な人が出来た日はゆっくりと終わりを告げて行った。

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