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第12話「過去、現在、隠せぬ傷」

 果敢な突撃から二時間。光輝はユキナが下校する時間を狙って昇降口で待ち構えていた。

 右手には映画館で絶賛放映中の『軌跡ラブストーリー』のチケットが握られている。

 鏡夜が提案する作戦その二。映画にでも誘おう大作戦。

 一週間前にリニューアルオープンした映画館を活用しない手はないだろう。

 デートの王道でもあるが、それゆえに安定性も抜群だ。

 階段を降り切ったユキナの姿を光輝は捉えると、いかにもな偶然を装い声を掛けた。

「会長も今帰り? 奇遇っすね」

「私はともかく他の先輩にそんな口の聞き方したら袋叩きの目にあうぞ」

 呆れたように吐き捨て、ユキナは下駄箱から下履き。茶色いローファーを取り出す。

「お前は寮生だろう? ならここでお別れだ」

 昇降口から外に出て太陽の光りから顔を庇うように左手を上げながらユキナが言う。

 光輝はここぞとばかりに右手に握ったそのチケットを突き付けた。

「会長! 明日、俺と一緒に映画にでも行きませんか?」

 チケットを見たユキナは少しだけ驚いた風だったが、すぐに真剣な顔に戻る。そこに何時もの笑顔はない。

「それは何処の映画館だ?」

「どこのって、最近リニューアルした……」

「……はぁ。お前は何も解ってない。まぁいいさ。最初から誰にも期待などしていない」

 最後は独り言のような呟き声だった。

 チケットを受け取らずに速足でその場を立ち去るユキナ。心なしか失望しているようにも見えた。

 ユキナの姿が下り坂に消えて見えなくなってしまうまで光輝はその場に立ち尽くしユキナの背中を見つめていた。

「そういうことか。こりゃ、俺が口を挟む問題でもないな。会長も桜香と同じ、か……まぁ今は」

 いつの間にか鏡夜が目の前にいて烏龍茶を差し出していた。

「おい、光輝。生きてるか?」

 目線が低い所から察するに昇降口の石段に座っているのだろう。

 ユキナに愛想を尽かされた事がそんなにショックだったか、光輝は自分が座っている事さえ解らなくなっていた。

「天河。会長が言っていた意味が解るか?」

「解る……な」

 光輝は思わず鏡夜の服を掴んで教えてくれるように頼んだ。しかし、

「悪いが、俺は答える気はない。安易に答えを求めようとするな。自分自身で考えることだ。本当にユキナ先輩を好きならな」

 返って来た答えはまるで突き放すよう。

 この時、光輝は鏡夜にさえも見放された気がした。勿論、鏡夜にはそんな気はないのだろう。

 光輝の落胆が鏡夜にも伝わったのか、烏龍茶をごみ箱に投げ入れると立ち上がり街を見た。

「……そうだな。そうするよ──」

 脈絡もなく呟いてから鏡夜は光輝を置いて寮へと歩き出した。

 しばらく座っていた光輝も寮に戻り、自室に篭る。

 夕飯時になると夏休み中ということでガラガラの食堂にノロノロと向かい、おばちゃんからトレイを受け取ると近い椅子に座る。

 一人で黙々と食べていると向かい側と右隣りにトレイが置かれ、藍と鏡夜が椅子に座った。

「さぁて、ご飯。ごっはん〜」

 うきうきした声が聞こえた。

「藍。トンカツひと切れいるか?」

 返事を聞く前に鏡夜は藍の皿にトンカツを乗せ、藍は無邪気に笑った。

 桜香がこれを見たらどう思うんかな。

 光輝は意味もない考えを起こしていた。少なくても今は。

「あれ? 相田君、どしたの?」

 いきなり藍に聞かれ、光輝は反応が遅れた。

「……えっ?」

「元気なくない? 何かあったの?」

 まずい事におちゃらける気にはなれない。心配するような視線を向けて来る藍に何も答えられない。

「あぁ。光輝は恋煩いの真っ最中」

 と鏡夜が口を挟んだ。

 えっ? と藍は鏡夜に聞き返す。

「アニメのキャラに」

 鏡夜はみそ汁を啜りながらさらっと付け足した。それを聞いた藍はある種の納得をした。

 もはや突っ込む気力すら起きない光輝は黙って夕飯を終えた。

 それからいつもは鏡夜と一緒に入る風呂に一人で入り、自室に戻る。

 気が付くと自室の前に鏡夜がドアに寄り掛かりながら立っていた。

「天河……何か用か?」

「ユキナ先輩は一年くらい前からずっと日曜になると電車で何処かに出掛けているそうだ。じゃあ、あとは自分で決めろ」

「待てよ天河。俺にどうしろって言うんだよ?」

「うだうだ言ってないで、悩むほど好きなら。その好きな人を知る努力をしなさいよ!」

 聞き馴染んだ……いや、光輝にとっては全く聞き慣れない口調で聞きなれた声が後ろから飛んで来た。

 振り返るとそこには般若の如き顔をした桜香が居た。

「御船……桜香……どうしてここに?」

「あたしの事なんかどうでもいいでしょ。それよりも、あんたはまた同じ失敗をして傷つきたいの?」

 桜香の言葉は必死に思い出さないようにしていた中学時代の記憶をいとも簡単に光輝の表層に出現させた。

 クラスから浮いた存在。まるで空気のように居るのか居ないのか解らない。冷たく心を閉ざした少女。泣きじゃくる……傷つけた少女の姿を光輝は思い出す。

 思わず顔を顰め、足元がおぼつかないのかよろけて壁に肩をぶつけた。

「……っあれは……違う! あの時はっ!」

「あ〜。その先は言わなくてもいい。本人は解ってるから。ただ『あの時のあの子』には他人の優しさが耐えられなかっただけ。心を深く閉ざしてしまっていたから」

 険しい表情から一転して桜香は優しく微笑む。

「ユキナさんも種類は違うけど。間違いなく『あの時のあの子』と同じよ。だからきっと今度こそユキナさんを助けてあげなさい。あんたにはそれが出来るとあたしは信じている。あの時の事に少しでも罪悪感を感じているのなら、今度はキチンと救ってみせなさい! 今度、中途半端なことしたらその時は絶対に許されないから!」

 それだけを言い終わると桜香は踵を返して廊下を歩き出し、鏡夜も光輝に一瞥だけをして桜香の後についていく。

 一人だけ残された光輝は部屋に入り、ベットに身を投げた。

「……俺は、許されるのか? 俺を許してくれるのか? 桜香……」

 呟いたその言葉を聞く者は誰一人としていない。誰一人として答える者はいない。






「良かったのか? あんなんで」

 エントランスのソファーに腰掛けている桜香に飲み物を渡し鏡夜が尋ねる。

「仕方ないでしょ。あれだけキツイ事を言わないとあの馬鹿、動かないわよ。付き合いだけは長いからね。幼稚園からずっと同じクラスよ? だから十三年目ね」

「ふ〜ん。それは長いね〜」」

 気のない返事をした鏡夜だが、桜香と光輝の関係が気になっていた。

 同じ中学出身という事も今日桜香に言われるまで知らなかったし、何か訳ありの過去を持っていそうだ。

 鏡夜は桜香に気付かれないように冷笑をした。とても、悲しげな色に染まった冷笑を。

 訳ありの過去……か。それは同じだろう? 天河鏡夜?

 揺れ動く心を隠して鏡夜は笑う。心を偽ってでも生きる約束をしてしまったのだから。

 その日は飲み物を飲み終えると桜香と別れ、そのまま鏡夜は就寝する。そして次の日。

 朝早くに鏡夜が光輝の部屋に入ろうとすると鍵が掛っていた。恐らく行ったのだろう。

 光輝がどうしてそこまでユキナにこだわるのか鏡夜には解らないがそれでも応援はしよう。

 頑張れよ。光輝。




 ほぼ同時刻。駅前のベンチに座っていた光輝は左右を見回す。

 鏡夜の声が聞こえたような気がしたが空耳だったようだ。どこを見ても鏡夜のような奴はいなかった。

 駅前の時計で時間を確認すると六時半を指している。

 さっきまで居た桜香の情報によるとユキナはいつも六時五十分台の電車に乗るらしい。

 最もその情報源は副会長だろうが。

 しかしどうする。このままここで待っていても鉢合わせするだけだ。

 もし鉢合わせなんかしたら問答無用で殴られることだろうし。

 かといってこっそりと尾行をするにしても買う切符が解らない。

 どうすりゃいいんだよ?

 光輝が早速、途方にくれ俯くと隣に置いてある青いバックが目に入った。結構大きい。

 確か桜香が置いて行った物だ。

 困った時に使いなさいとも言っていたな。

 あまり期待をせずにバックのファスナーを開け、中を見る。

 瞬間、光輝は顔を背けた。

 何を考えてるんだ。桜香は。

 バックの中は不思議探偵グッズかと突っ込みたくなるような代物で埋まっている。

 トランシーバーに倍率を変えられる望遠鏡。護身用と思われるスタンガンなどなど。

 一体、何キロあるんだよ。

 試しに持ってみるとかなりの重量が右手にかかる。

 重すぎる。こんなん担いで行動できるか。

 置いて行くかとも考えたが、それだと後が怖いからな。

 ……後が怖い。か。変わったな桜香は。

 光輝が知る御船桜香は今とは全然違っていた。勿論、鏡夜と遊ぶようになる前の桜香とも違う。

 昔の桜香は無口で無愛想だった。笑う顔なんて想像すら出来ない程に。いつも一人で窓から空を眺めていた。世界に絶望したような瞳をしながら。

 あの頃の桜香を思い出したくはない。あまりにも痛々しくて。そしてあの頃の桜香を鏡夜には知って欲しくない。だから、光輝は何も言わなかった。鏡夜が桜香のことが気になると言ったあの日に。

 過去の記憶が幸せな物とは限らない。光輝が辛い思い出に想いを馳せていると道の向こう側を普段着姿のユキナが通って行った。

 横目で確認しながら見付かりませんようにと祈り続ける。

 幸いにも気付いている様子はない。光輝は遠巻きに駅員から切符を買うユキナを眺めていた。

 切符の販売機に二人も並んでいたからだろうが、とにかくこれで切符は買えるかもしれない。

 それにしても制服姿しか見た事が無かったからユキナの私服は新鮮だった。まるで別人を見ているようで。

 私服のユキナはどこから見ても上品なお嬢様としか言いようがない。

 少しだけ駅員と談笑し、駅員にお辞儀をして改札口を通る。

 すかさず光輝は駅に入り受け付けに行く。

「すいません。今の人、僕の連れなんですけど遅れてしまいまして。同じ切符を売ってくれませんか?」

 慣れない敬語もスラスラ出てくれて、人の底力は凄いな。

 内心で光輝は感心したが、駅員は光輝に疑いの目を向けた。

「あの子の……ねぇ? 一年くらい前から日曜には見てるけど誰かを連れていたことはないんだがねぇ? 大体、君ね。あの子とどんな関係なんだい? 大人しそうな子だし、もしかしたら君。ストーカーなんじゃないの?」

 薄ら笑いを浮かべる若い駅員。

「んな訳ないじゃないですか、冗談でも……」

「冗談? いや本気だよ。さっさと出て行かないと警察を呼ぶよ? いいのかい?」

 この駅員はユキナを見た目で大人しく内気な子だと判断し、光輝をそんな女の子に言い寄る変な男だと思っているらしいし、それだけではない。ユキナの時と今では態度が違いすぎる。

 恐らく若い駅員はユキナに好意を抱いているのだろう。だから自分が護らなければとか勘違いをしているのだ。

 電車がもうすぐ到着するアナウンスが流れた。

 もしかしたらユキナが乗る電車かもしれない。

 それを聞き、時間がないことを悟った光輝は若い駅員を睨み付ける。

「ざけんなよ……あんたよりも俺の方が会長とは長い付き合いなんだよ! 何が一年前から見てる。だ。それで自慢でもしているつもりか!? あんたの方がよっぽどストーカーなんじゃないのかよ! 大体、あんたには関係のないことだろうが!! 警察でも自衛隊でも何でも呼べるもんなら呼んでみろよ!!」

 頭に血が上り気が付けば怒鳴り散らしていた。

 駅に居た数人に注目されるが構うものか。

 若い駅員が何かを言おうとした時、横からすっと二枚の一万円札が受け付けに出される。

「青春18切符を一枚」

 声の主は副会長だった。光輝を押し退けて受け付けの前に立つと駅員に早くするように催促した。切符とお釣りを受け取ると光輝に振り返り切符を差し出す。

「使え。お金なら後で構わないし返さなくてもいい。早く受け取れ」

「あ、ありがとうございます!」

 頭を下げる光輝に副会長は背を向け、受け付けに向き直る。

「構いませんよね? 切符を譲渡するのはキセルではありませんから」

 副会長の言葉に顔を上げ、肩越しに受け付けの駅員を見ると何かを言いたそうにしていた。

「そのバックは置いていけ。俺が桜香に届ける」

 振り返らずに副会長が言う。

「えっ……でも」

 そこまでしてもらうのは悪い気がする。

 その時、駅のホームに電車が滑り込む音が聞こえた。

「早くしろ。そのバックを持っていると間に合わなくなるぞ」

「……すみません」

 もう一度、頭を下げるとバックを地面に落とし、光輝は改札を通り抜け、走り出す。

 電車から下車してきた人達とすれ違いながらホームへと続く階段を駆け上がる。

 ホームに出ると電車のドアが閉じようとしていた。

 駆け込み乗車はご遠慮下さい。

 そんなフレーズが光輝の頭に浮かぶ。

 知ったことかそんなこと。

 閉じかけのドアの隙間から電車の中に転がる込むように乗り込んだ。

 電車が動き出した吊り革に掴まる。

 立ちながら座席を見回すと、ユキナが一人で座っていた。

 ユキナの場所からは光輝は人の陰になっていて姿は見えないだろう。

 目的地は遠いのかユキナは眠っているように光輝の目には映った。 

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