第11話「恋愛大作戦〜泉川ユキナ編〜」
ソフトボール部との試合は鏡夜いわく悪夢。光輝いわく最高に面白かった。という全く正反対の感想を二人は抱いている。こんな正反対の二人であるが既に親友と呼べる間柄かもしれない。
五日前に行われたソフトボール部との試合はまさかの勝利という形で幕を閉じた。
寄せ集めのチームが正規の部活動を打ち負かすとはどんなチートだろうか。
「チートの意味が解らない人は調べるんだぞ! 兄がいる人はゲーム好きの兄貴に聞こう。姉の人は期待しないでおこう。そしてどちらもいない人は素直に諦めろ」
「誰に言ってるんだよ。誰に」
いきなり意味不明な事を叫びだした光輝にコミックから顔を上げ、変質者を見るような視線を鏡夜は送る。
「なんだよ? その変質者を見るような目は」
さすがに気がつくか。
「いや、そのまんまの意味」
「俺が変質者か!? 俺が変質者なのか!?」
この部屋の何処にお前以外の人間が居る? とチョコレートを口にほうり込みながら言う。
夏休みはまだまだ序盤で宿題なんか気にしなくてもいい優雅で清々しい朝。外では蝉が泣いている。
五日前のソフト部との試合を区切りに平凡で退屈な毎日が戻って来た。
六月二十四日。いわゆるUFOの日から桜香に振り回されてきた。
大量のアニメグッズを買い込み、個性的な家族を紹介され、アホとしか言えない馬鹿でかいラーメンを食わされ、テスト勉強を一緒にして、夜の学校に忍び込んで。
夜の学校に忍び込んた日から桜香の態度が変わって、何か心情の変化でもあったらしい。
そしてつい先日、悪夢としか言いようのないソフト部との試合。
軽く振り返ってもライトノベル的なイベントが目白押しだ。きっとこの先もそんなイベントが続くだろう。
今はゆっくりしよう。幸にもソフト部との試合のおかげて桜香と藍(谷原藍)が仲良くなって今日も一緒に買い物に行ってるし。
まあ、だからこそ光輝の部屋で野郎二人、淋しく過ごしているとも言えるのだがね。
しかしながら古き人もとい昔の人は言いました。厄介事は外からやって来ると。油断してると非日常の世界にぶち込まれるという事だ。
それでも良いと言えば良いか。退屈しのぎにはなる。
扇風機の風を感じながらしみじみと鏡夜が思っていると。
「なぁ天河。俺達、友達だよなぁ?」
カラムーチョ三枚を頬張りながら光輝がおもむろに口を開く。
鏡夜はベットに寝ていたが起き上がりベットの端に腰掛け、扇風機に顔を近付けながら少し考えた後に答えた。
「ア〜ワレワレはウチュウジンデアル」
「やると思ったよ……結構マジな話なんだけどなぁ」
確かに光輝の言葉にはいつものようにおちゃらけはない。
やろうと思えばシリアスな雰囲気も醸し出せる子だったのかと鏡夜は半ば感心する。
感心ついでに心を切り換えた。扇風機から顔を遠ざけテーブルの上にあったコーラをラッパ飲みした。
「なにか相談事か?」
光輝が話しやすいようにそれきり鏡夜は口を紡ぐ。
話しにくい事なのかしばらく扇風機の音だけが室内に響いた。
「実はさ……」
おもむろに光輝が口を開く。重々しい口調から真剣さが伝わってくる。
「俺さ。マジで本当に会長に恋したのかもしんない」
「かもしれない?」
会長が好きだとか一目惚れしたとかのストレートな表現なら鏡夜も理解できる。しかし、光輝はかもしれないと言った。
どういうことだろう。
「いや、何か解らなくてさ……。ただ、会長と話をしたいし、会長の事知りたいし……気が付いたら会長の事を考えてるし……やっぱりこれって恋なのか?」
そういうことか。
意外だった。まさか光輝がそんな風に考えているとは。
日頃から大勢の女の子と話をしているらしいから光輝が恋で悩むなんて鏡夜は思いもしなかった。どうやら本命の女の子の前では純情、ピュアになるタイプらしい。
「で? お前はどうしたいんだ?」
「……会長と付き合いたい」
いや、そんな捨てられた子犬のように言われても困ってしまうが。
「だったら手順を踏まないとな、まずはデートにでも誘え」
鏡夜にしては珍しい微笑だった。
人の色恋沙汰ほど面白いものほどないとでも考えているのだろうか。
一方の光輝は殊勝な面持ちで鏡夜の顔をまじまじと見つめる。
「天河、手伝ってくれるのか?」
遠慮している光輝に向けて鏡夜は笑みを浮かべた。
「なに言ってんだよ。友達だろう? 俺達は」
かくして光輝の恋愛大作戦は始まりを告げたのだった。が、あくまで鏡夜は自分の暇潰しの為に光輝の背中を後押ししたにすぎない。
色々と人選ミスのような気がしないでもない。
当の光輝は鏡夜が協力してくれる事がそんなに心強いのか安堵の表情をしていた。
昔の偉い人は言いました。善は急げと。鏡夜と光輝はその言葉に従い校内の生徒会室に向かう。
今は夏休み期間中だが生徒会長であるユキナは殆どそこにいるらしい。
下駄箱で靴を履き変えそのまますぐに上の階を目指す光輝を鏡夜は呼び止める。
驚きながら振り返った光輝に鏡夜は自動販売機からジュースを買って行くように促す。
どうして? と光輝が問い掛け、鏡夜は当然のように語った。
いいか今は夏でユキナ先輩は暑い中、作業をしている。だとすれば差し入れに冷たい飲み物を買って行けば好感度も上がるだろう。
なるほど。確かに鏡夜の言う通りである。光輝も納得したのか一本百円のコーラを二本購入して上の階を目指す。
泉川学園の生徒会室は特別棟。通称、文化棟(文化部の部室や教室しかないため)の四階にある。本棟と並んで造られている為、本棟の四階の教室からは生徒会室を眺める事が出来る。
二階の渡り廊下を渡り、文化棟に移動し階段で四階を目指していると数人の生徒とすれ違う。
夏休みだと言うのに部活の為に登校しているようだ。恐らくは吹奏楽部だろう。
途中で光輝がコーラを落とすというアクシデントが発生したがどうにか四階に辿り着く。
階段を上がった所の廊下を右に少し行くと、行き止まりだがその左側の場所にある。
鏡夜は光輝を一人で生徒会室に向かわせ、自分は隣の空き教室からベランダに出て生徒会室の所でコンクリートに座り込む。
窓も開いているようだから声も聞こえるだろう。中の様子が解らないというのはないはずだ。
光輝にメールで作戦開始と送るとすぐに生徒会室のドアからノックの音が聞こえた。
「はい? 開いていますよ。何かご用ですか?」
一人で作業をしていたユキナが事務的に言い放った。
携帯の画面を開き鏡夜からのメールを開くと作戦開始の文字が踊っていた。
その場で左側を見て人がいないのを確認し、深呼吸を大きく一回だけすると生徒会室のドアを四回ノックする。
「はい? 開いていますよ。何かご用ですか?」
中からユキナの外行きの声が聞こえ、光輝はドアを開けた。
パイプ椅子に座り長机の上に広げられている白い紙から顔を上げ、光輝を見たユキナは意外そうに細く綺麗に整えられた眉を動かす。
「お仕事、お疲れ様っす。差し入れを持ってきました」
「あぁ、ありがとう。百円だったか?」
自分の本性を知っている相手だからか、他の奴らにはしない応対をユキナはする。
少しだけ嬉しくもある光輝だった。
コーラを受け取ったユキナは白い財布を取り出したが光輝が制した。
奢りだと光輝は言ったがそれでもユキナはお金を払おうとする。
貸しは作りたくない質らしい。
同じことを三回繰り返した後、ようやくユキナはコーラを飲み始める。
「ふぅすまないな。丁度喉が渇いていたんだ。ここからだと自販機まで遠いからなつい我慢してしまうんだよ」
「それは良かったっす」
さりげなく光輝はベランダを見て、鏡夜に感謝する。
グッジョブと親指を立てて言いたいくらいだ。
ユキナはパイプ椅子にもたれ掛かり、何かを話すように促している。
しかし、鏡夜からの指示はなく沈黙が続いた。
「何だ? こんな所に来るくらいだから用事があったんじゃないのか?」
やがて痺れを切らしたユキナが口を開く。
ユキナの言葉にはこちらもそんなに暇ではないのだが。と言いたげな音が含まれている。
どうすればいい。鏡夜ならこんな時、どうするんだ。
つくづく本当に気になっている相手を前にすると何も言えなくなってしまう自分が嫌だ。だが、下手な言動をして傷つけるのはもっと嫌だ。
だから鏡夜、頼む。
「……あ、す、すいません」
祈りが通じたのか鏡夜からのアドバイスメールが送られて来た。
素早く内容を確認すると即座に行動に移す。
「用なんてありませんよ……ただ、会長に会いたかったんです」
伏し目がちで指示にあった通りの言葉を言うとベランダから吹き出したような音が聞こえた。
ユキナは興味がなさそうに長机のプリントに顔を落とす。
「用がないなら出て行け執務の邪魔だ」
「……え、その……」
窓を見ると鏡夜が立っていた。
ジェスチャーで撤退の指示を出している。
「ん? 何だ?」
背後に不穏な気配でも感じたのかそれとも光輝の視線の先が気になったのか、ユキナは後ろを振り返る。
しかし、そこにはもう鏡夜の姿はなくユキナには空の青しか映らない。
「あ、あ〜と……失礼しました〜」
とぼとぼとドアに歩み寄り出て行こうとする光輝の後ろ姿を見ていたユキナは呼び止めようとしたが、止めてしまった。
そうとは知らずに意気消沈の光輝は廊下に出て振り返らずにドアを閉めた。
階段の所で鏡夜と合流した。
「悪い。まさか本当に言うとは……」
鏡夜は光輝を見るなり素直に謝罪をする。
「言うに決まってんでしょうが!」
天河を信じた俺が馬鹿だったよと光輝は廊下の片隅にしゃがみ込み床を人差し指でなぞる。
俗に言われるいじけるのポーズである。
「……桜香んとこでラーメン奢ってやるから」
「……味噌ラーメン」
「はいはい。味噌ね」
身から出た錆とは言え味噌ラーメン(七百五十円)は手痛い出費だ。
鏡夜は何とか光輝を励まし第二作戦の内容の説明を始めた。
というかまだ懲りていないのかこの二人は。