第9話「夏の到来、休みの始まり」
期末テストも無事(あれで無事と言えばだが)終了し、全国の学生が待ちに待った夏休みが到来する。
寮生は殆ど実家に帰った為にガランと静まり返っていた。
光輝は自室でバイオコワーイという題名のシューティングゲームをしていた。
迫り来るゾンビとゾンビらしき敵を撃っていくゲームである。
最も少し前の時間の事だから今はどうか解らないが。
エントランスでは鏡夜と桜香が隣同士。副会長が向かい合うようにソファーに座っていた。
「ソフトボール部と試合?」
炭酸ソーダを飲もうとした桜香が不思議がりながら聞き返した。
「そうだ。三日後にソフトボール部と試合をする事になった。あいつらの為にも他人と俺達、以外の仲良くなれるチャンスにでも。幸いソフトボール部は素行が良い生徒が多いからな」
「どうして野球じゃないのよ?」
「……普通に考えて危な過ぎるだろ」
色々、考えているんだな。少なくとも鏡夜には真似が出来そうもない。
「差し当たってはお前達にメンバー集めをして欲しい」
「俺達がですか?」
今度は鏡夜が不思議に思い聞き返した。
副会長は毎度の冷笑を浮かべ答える。
「お前達が集めた者達なら信用出来るような気がしてな」
それは買い被りだと思う反面、鏡夜は少し以外だとも思う。まさか副会長からそんな事を言われようとは。
「あ〜、ねみ〜だり〜喉乾いた〜。おっ! 鏡夜じゃないか! コーラ奢れよ!」
自室からエントランスにまで出て来た光輝が鏡夜の後ろ頭を見つけ、駆け寄りコーラを催促してきた。
答えたのは鏡夜ではなく光輝をじっと見ていた桜香だった。
「とりあえず。一匹捕まえたわね」
「んっ? 何の話だ? アナログモンスター。略してアナモンの話か?」
どんな略し方だよ。というかどんな名称のアニメだよそれは。
鏡夜の疑問などどこ吹く風で桜香は得意げな顔(無駄に自信満々とも言う)になり腕を組む。
「ソフトボールの試合に決まってるでしょう。少しは頭使いなさいよね」
「ムリっす〜!」
いや、今の流れからして頭を使ったところでソフトボールに結び付けるのは不可能であると言えるだろう。
「何よ。あんた光輝の味方なの?」
光輝を弁護した鏡夜にじとっとした瞳で刺すように見ながら言う。
首を横に振って一応否定はしておく。
「それで? 信男とやら。ソフトボールをやるのか?」
光輝の名前がたった今変わった。
「え〜。どうすっかな〜? 今、SKYやっていて忙しいんだよな〜。ちなみに敵のチームは?」
名前が変わったことに光輝本人は気にも留めていない。
馬鹿だから気付いていないだけか。それはそうと随分、支離滅裂な物言いだ。
「ソフトボール部だ」
それを聞くな否や、光輝はぶつぶつと呪いの呪文を唱え始める。
いいよなぁソフトボール部。あの動きに合わせて揺れる(自主規制)にムッチリとした太(自主規制)。それに何と言っても。グフフ。
それを傍で聞いていた鏡夜は勿論。桜香に副会長までもが軽く引いていた。
「出来れば今日の午前中までに集めて欲しい。顔合わせや練習をしたいからな」
「解ったわ。任せておいて」
鏡夜には桜香のように安請け合いする気はないが、やるからには副会長の期待に答えるようにしようとは思う。
変な妄想をしている馬鹿一人は放っておいて、校内の探索に向かう。
確か岡野と竹部が補習を食らい、登校しているはずだ。
昇降口で上履きに履き換えていると、
「あっ。鏡夜君、おはよ〜」
「藍か。おはよう」
偶然、通った谷原藍が笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる。
あの日から鏡夜と藍は顔を合わせれば世間話をするくらいの仲になっていた。
少し前に光輝が泣き付いて来たから紹介したが、その後はどうなったのだろうか。
「光輝とはその後どうした?」
「ん〜。あまり話さないかなぁ……あれ? その人は?」
谷原は鏡夜の後ろにいた桜香を見付けると目を丸くした。
「紹介するよ。同じクラスの御船桜香さん」
一歩だけ横に鏡夜がずれ藍に桜香を見えるようにする。
「わぁ私、谷原藍です。桜香ちゃんて可愛いですね!」
「そんな事はどうでもいいわ。鏡夜、早いとこ使える奴らを捕獲しに行くわよ」
明るく無邪気に挨拶をする藍と冷たくあしらう桜香。
微妙な雰囲気が場に生まれ、鏡夜はその雰囲気から逃れる為にソフトボールの話を持ち出す。
「ソフトボール?」
「うん。三日後にソフト部と試合をするからメンツを探してるんだ藍も暇ならどうかな?」
壁に寄り掛かりつまらなそうに二人のやり取りを見ている桜香は依然として不機嫌オーラを全開で放出していた。
鏡夜はそれに気付いてはいるがあえて気付かない振りをしている。
「夏休み中はずっと暇だから参加してもいいかなぁ。こう見えても私、ソフト部だったんだから」
笑顔で素振りをする藍を見ていると自然と穏やかな気持ちになれる気がする。
癒し系って藍みたいな人間を言うのかな。などと考えていた鏡夜の腕を強引に掴んで桜香はずんずん歩き出す。
鏡夜は前のめりになりながら後でパソコン部の部室に来るように藍に告げ、連行された。
一人、残された藍は憎い他人を見るような顔で桜香と鏡夜が遠ざかる姿を見ていた。
一方の桜香は鏡夜が何を言っても無言で歩き続けた。
どうして、そして何にそこまで怒っているのか解らない鏡夜は困り果て、次第に口数も少なくなる。
四階に辿り着くと桜香は掴んでいた鏡夜の手を振り払い、不機嫌全開の表情で振り返ってくる。
「あんた、さっきの谷原とかって子とどんな関係? まさか彼女じゃないでしょうね!?」
光輝だったら泣いて土下座でもしそうな剣幕だった。だが、鏡夜は怖いとは感じず。
怒っていた理由を知りおもむろに笑い出していた。
「何笑ってんのよ!?」
「あははっ。ごめんごめん。ふぅ。藍とは何でもないよ。ただの友達……というよりも向こうは知り合い程度にしか思ってないよ、きっと」
「その割には……よ、呼び捨てだったじゃない」
「……素直じゃないね」 素直に言えばいいのだ。疎外感を感じていたこと。素直になって望んでいることを言えばいいのだ。だが、それが出来ないのだろう。
桜香が何かに悩んでいること、苦しんでいること、全てを鏡夜は知っているし理解も出来る。
かつての鏡夜が今の桜香と一緒だからなのだろう。
「早いとこ補習を食らった竹部と岡野を捕まえに行こうか。桜香」
「……っ! だ、誰が呼び捨てにして良いなんて言ったのよ!?」
照れ隠しに憎まれ口を叩くのも昔の鏡夜と一緒だった。
だからこそ鏡夜は笑う。他人にするような造り笑いではなく。本当の笑顔で。
「……あたしだけが呼び捨てにされるのはむかつくからあんたの事も鏡夜って呼ばせてもらうからねっ!」
「とっくの昔に呼び捨てにしてるじゃないか。やれやれ、本当に──」
────本当に君は全然『あの人』に似ていない。でも凄く似ている。似過ぎている。だから俺はこんな短期間で君を……。
「あれ? 鏡夜じゃん」
「ホントだ何してんの? 補習?」
振り返ると今年から施行されたポロシャツの制服を身に着けている竹部と岡野が立っていた。
探す手間が省けて良かった。
半ば強制的にソフト部との試合に出ることを承諾させると一旦、別れて鏡夜と桜香はパソコン部の部室に向かう。
光輝、藍、岡野に竹部。それに三人を合わせて六人。パソコン部から何人が出るのかは解らないが報告するには丁度良い人数だろう。
平日なら馬鹿笑いに包まれている廊下も今日は静かだった。夏休みなのだから当然と言えば当然 だ。
最近、鏡夜が桜香に勧められてやり始めたゲームの話題で盛り上がっているとあっという間に情報室に到着する。
ドアを左にスライドさせて開けると同時に副会長が顔を向けて来た。
パソコンがずらっと列んでいる中で持参したのか副会長は黒のノートパソコンを使っていた。
情報室は冷房が備えられていてかなり快適である。夏の間は入り浸りになってしまいそうだ。
「やはり夏休みだと人も集まらないか?」
校内探索の成果を副会長に報告していると後ろのドアが開く音がした。
副会長が鏡夜の肩越しに来訪者を確認する。
「あの……ソフトボールに誘われたんですけど……」
甘い声が耳に届いた。
副会長に睨まれたからか藍はおどおどしながら聞き取り辛いくらい小声で言う。
「あぁ、入ってくれて構わない」
副会長に促されてもなお一歩が踏み出せない藍はようやく鏡夜と桜香の存在に気付いたのか、顔を綻ばせながら駆け寄り、桜香に抱き着いた。
「わぁ〜桜香ちゃんいい香り〜」
「ちょ、引っ付かないでよ! 離れなさいってば!」
いきなりの事に戸惑いながらも藍を引き離そうと桜香は抵抗するが、藍は離れようとしない。
「だって〜、誘われて来てみたら怖い人が睨んで来るから怖いんだもん」
「フッ……」
藍は明らかに警戒と畏怖の念が込められた視線を副会長に向ける。
変わらぬ冷笑で副会長は窓から外を眺め遠い目をする。
怖いと言われたのが結構ショックだったのだろうか。
藍は桜香とじゃれ合い鏡夜は副会長とソフトの打ち合わせをしていると見計らったように岡野と竹部それに光輝の三人が部室に入って来た。
それに続いてパソコン部の部員、六人が部室にやってきた。
これで人数は十三人。充分、ソフトが出来る。
一通りの自己紹介と顔合わせをした後に鏡夜と光輝を除く一行は第三グラウンドに移動した。
ジャンケンで敗北を喫っした鏡夜と光輝に与えられた仕事は第二体育館の用具室からグローブなど一式を運ぶ運送要員である。