第11話
本作で初めて3人称での挑戦。
北條家以外の話の時は3人称にしようかなとゆるく思っています。
4月ごろに7割がた書きあがってたのですが途中から表現に悩んでぴたーっと止まっていました。
存在を忘れられそうなほど遅筆ですいません……。
輝け、栄光の三つ鱗 第11話
---西暦1543年(天文12年))6月 下総国 古河城 [三人称]
小田原から北上していった先に関東における権威の象徴である古河公方の居城、古河城がある。
この城の本丸の御殿で三人の男が対面していた。
一人目はこの城の主で古河公方である足利晴氏。
痩せた身体にキョロキョロと動く目が特徴的だ。
二人目は梁田高助。
背は低いもののがっしりした体格に鋭い目つきが油断できない雰囲気を醸し出している。
奏者と呼ばれる古河公方の腹心で各種の取次ぎをする立ち位置にいる男である。
また、足利晴氏の前の妻の父でもある。
現在の足利晴氏の正室は北条氏綱の娘であるが、もともと正室であった簗田高助の娘が亡くなったところに継室として入った経緯がある。
最後の一人、難波田憲重。
一番下座に控えており肩幅が広く鍛えられてそうながっしりとした体型。
目元がつりあがっておりきつい印象を与えそうなところが精悍な顔つきをしていることで雰囲気を相殺している。
むしろ、結果的には頼もし気と思わせる風貌になっている。
扇谷上杉家の筆頭家臣であり、まだ年若い当主朝定を支え実質的に扇谷上杉家を動かしている人物である。
古河公方側の二名は緊張した雰囲気を漂わせている中、難波田憲重の方は涼し気な表情をしている。
「のう、弾正(憲重の自称の官位)。そなたは本気でそのようなことを申しておるのか?」
緊張した雰囲気の中、キョロキョロと目を落ち着かなく動かしながら晴氏が憲重に声をかける。
ちょうど二人の真ん中の位置にいる梁田高助の顔がゆっくりと上下するのが憲重の視界に写る。
「はっ、公方様におかれましては先ほど申し上げましたとおり我ら扇谷上杉と山内上杉両家を改めて配下として頂き他国の凶徒である伊勢を攻め滅ぼす大号令をおかけ頂きたい次第でございます!」
伊勢、つまり北條家であるのだが先代の北條氏綱の娘を継室に持つ足利晴氏へこの申し出である。
両上杉家があまりに好き勝手に動き頼りにならないと判断して北條家との繋がり強化を薦めてきた梁田高助としては面白くない。
またぞろ古河公方家が上杉に良いように利用されるのが目に浮かぶようだったからだ。
「はははっ、弾正殿は冗談がお上手じゃ。まず、伊勢などという家はすでに御座らん。北條殿はもちろんのことじゃが、先代氏綱殿の娘御を継室に持つ公方様に対しても失礼ではござらんか?」
まず、チクリと牽制する高助であるが憲重の方は気にした風もない。
「これは異なことを仰る。この乱世に義理の血縁が何程のものがございましょうや?実の親子でも争うことが珍しくない時代でござるぞ。そのことは梁田殿なら良くご存知のことと思いますが?」
古河公方の先代高基と実の父であった政氏の間では政争があり、先代高基をずっと支えてきた高助はそれに思いいたり一瞬言葉をつまらせてしまう。
しかし、古河公方家を揶揄しているような言いぐさにはカチンと来ていたし冷静に考えると古河公方家の内紛も含む永正の乱は上杉家も一枚以上噛んでる案件である。
「弾正殿、それはさすがに……」
「腹の探り合いは不要。そなたら北條に勝てる気があるのか?」
無礼極まりなかろう、そう言いたかった高助であるが主君の晴氏に途中で口を挟まれた。
高助にとって意外としか言いようが無かった。
主君の晴氏が興味を示しているそぶりを見せたのだから。
「さすがは公方様、お話が早い!我ら上杉の忠節を理解頂いているようで恐悦至極でございまする!」
「弾正よ、建前は結構。そなたらの策を申せ」
先ほどまではキョロキョロと動いていた目が今はギョロリとでもいう鋭い目つきに変わり難波田憲重を睨み付ける。
「はっ、それでは申し上げまする!公方様が立たれれば今川がそれに合わせて駿河の河東郡をめがけ侵攻する密約ができております!また、公方様が立たれれば他国の凶徒である伊勢に良い感情を持たず反発心を抱いている関東諸豪族が立つことは必定!さらに挟撃とあらば伊勢氏康も武蔵の防備もままなりますまい!後詰めに来られなくなることは明らか、そうなれば今は伊勢の家に従っている豪族共も公方様の元に馳せ参じることは間違いございませぬ!そうなれば軍勢は上杉軍とあわせて六万は越えましょう!その大軍勢と駿河河東郡の今川による挟撃が伊勢を滅ぼす策でございまする!」
「ほぅ、今川ともすでに話をつけておるというか……」
「ははっ、今川治部大輔様も非常に乗り気でございまして先代の伊勢氏綱にかすめとられた河東地区を取り戻すためにも公方様のご威光にすがりたいとのことでございました!時がくれば、すぐに立てるよう準備を進めておくとのことでございました」
今川義元という人が後に出す今川追加仮名目録を見れば彼が幕府権力・権威など一切当てにしていない人物であることが分かるのだがこの当時はそのような概念を持つことが考えにくい時代であったので今川義元の言葉をそのまま言葉通りに受け取っていた。
また、関東公方という幕府権力内の構造に所属している彼らからするとその権力・権威が薄れてきていることは認めたくもないことであったに違いない。
「うむ、仔細承知した。そなたらの策とて今日明日で動けるわけではなかろう。我もこの件、考える時間が欲しい。何、案ずるな。氏康にはこの件漏らしはせぬ。修理にもよしなに伝えてくれ」
修理、すなわち難波田憲重の主君である上杉修理大夫朝定のことである。
ここで、上杉朝定によろしくということは話自体にはかなり前向きと解釈ができる内容で足利晴氏が本当は北條寄りであればなかなか出てこない発言になってくる。
また、氏康には漏らさないと確約したことから見てもこの件にかなり興味を示しているのも確実。
足利晴氏はかなり乗り気であると解釈した憲重はしつこく言質を取りにいくことで機嫌を損ねてご破算になるよりも足利晴氏が好感触を出しているまま終わった方が今日のところは得策と考えて今日のところは引き下がることにした。
「ははーっ、ありがたき御言葉誠にかたじけのうございまする。我が主修理大夫もそのお言葉を聞けば大喜びになること間違いございませぬ!それがしは早速にも平井城へ戻りこのこと伝えたく存じまするゆえ失礼致しまする」
憲重が深く平伏し、礼を述べると古河城を辞去していった。
憲重が完全にいなくなり御殿の部屋に晴氏と高助の二人になったところで高助は重々しく声を上げた。
「公方様、先ほどの返答どういう心づもりでいらっしゃいますか?先日も北條殿が参られてこれからも変わらぬお付き合いを、と確認されていらっしゃったばかりではございませぬか。そのような中で元々古河公方家をないがしろにしていた者達と手を組んで北條殿を追い落とす企みにのるというのは解せませぬぞ」
「のう、高助よ。そなたの言うことはいちいちもっともじゃ。……だが、北條は力をつけすぎたとは思わぬか?」
その言葉で簗田高助は晴氏が何を考えて難波田憲重の話に興味を持ったのか思い至った。
京の本家も含めた足利一族の習性とも言える気質、1つの大名家が力を持ちすぎるのを警戒し力を削ごうとするのだ。
自分たちの権力が脅かされると考えてしまう。
その為に当時の最大勢力の敵対勢力を煽り何度も日の本には乱が繰り返されている。
足利一族、幕臣には自分たちが乱を起こす当事者という意識はなく将軍家・公方家の権力を維持するためと考え1つの大名家が力を持ちすぎるとそちらを妨害するような動きを直接・間接で取り始める。
そう、簗田高助もまた気づかされればそう考えてしまう側の人間であった。
また、彼は晴氏の最初の妻が自分の娘であり娘自身は亡くなってしまったが晴氏との間に息子が産まれている。
ゆくゆくは次の古河公方になってくれると期待しているが、晴氏の後妻は北條家から来ている。
北條家は関東ではまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大している。
北條家がこのまま力をつけて行くと後妻との子が古河公方を継いでしまい簗田一族の繁栄が脅かされるのではないかと気づいてしまった。
気づいてしまったのである。
「……公方様のおっしゃる通り、北條家はいささか力をつけすぎたやもしれませぬな」
こうして古河公方家は北條家との決別を決定する。
この決定により関東を中心に北條家を絶体絶命の危機においやる北條包囲網が作り上げられていくことになる。
仕事が忙しくなったりちょっと悩むと一気にかけなくなってしまい情けない限りです。
安定して更新されているなろう作家様のすごさ素晴らしさには頭がさがるばかりです。
さて、今回北條家以外の視点で書いてみましたが河越夜戦に関連してこういう場面は増えていきそうと思いつつ自分の遅筆