第88話 俺、町娘と会話する
「はい、お嬢さん? ちょっと俺と二人で話そうかー。アーサー困ってるから一旦離れて」
「アーサーきゅん~」
俺はアーサーに抱きついていた町娘を力任せに引き離し、そのまま肩に担ぎ足早に皆から距離をとると、壁際に立たせる。
「あのさぁ、もうアーサー知ってる時点で聞く必要ないと思うけど、一応聞いとく。お嬢さん元ハガセンプレイヤーだよね」
「そうッス! いや~、走って追いかけたんスけど中々追いつけなくて! ダンジョンに入ったは良いものの、途中で道がわからなくなっちゃって彷徨うハメになっちゃったんスよ~。参ったッス」
目の前の女性は甲冑やローブ等の防具を一切身につけておらず、白い服に茶色い革製のズボンに、同じく茶色で革製の靴を履いている。
幾らゴブリンしかいないとは言っても、ここはダンジョンなのだ。中には生死に関わるレベルの罠だって発生する可能性が十分ある。
彼女はそんなダンジョン内部を、普段着のままこの50階層まで彷徨い歩いたというのだ。
「よく生きてたな。どんだけ運いいんだよ……」
「いや~それほどでもッス。自慢じゃないっすけど昔から運は良いほうなんスよ~。ハガセンのGMのバイトにも受かりましたし~」
「……ハハァ。そういえばマッパーは? あのスキル使えば自分がどこの何回層にいるのか一目瞭然だろ」
「あ、私戦闘スキルに極振りしてるんで、それ以外のスキルてんで入れてないんスよ~」
「はぁ? マッパー位入れるポイントあるだろ普通!」
「――フッ、ヒーローに戦闘以外のスキルなんて不要ッス。力こそパワーッス!」
「アッソウ。とりあえず、ここで待っててくれる? 一歩も動くなよ」
「了解ッス! 名前はリンって言います。先輩!」
俺に向かって敬礼ポーズを取っているリンと名乗る女性を放置し、皆の元へと戻る。
「アーサー大丈夫か?」
「ちょっとびっくりしましたが、大丈夫です!」
「お兄様、あの女性は一体何者なのです?」
「なんて言ったら良いのか……、後で必ず話す。ちょっと急用が出来たから、おまえらはそのままダンジョン攻略を再開しろ。さぁ行け! どんどん潜れ!」
俺は一方的に話を切り上げ、再び彼女の元へと戻る。
「あ、先輩乙ッス!」
「その先輩ってのやめてくれる? 君は俺の後輩でもなければ知り合いでもないでしょ?」
「先輩酷いッス! かなーり前に私先輩に会ってるッスよ!」
「は? あぁ、王都での話か」
「違うッス! もういいッス! 見せたほうが早いッスね! メタモルフォーゼ!!」
「何!? メタモルフォーゼだと!?」
彼女の体がピンク色の光に包まれると、みるみるうちに姿形が変わっていく。
光が収ると、さっきまで普通に町娘だった彼女の姿は一変していた。
顔面には真っ二つに割れた真っ赤なハートがデザインされ、胸部に光沢のある銀色のアーマーが張り付いているが、所々ヒビが入っている様に見える。パープル色の全身スーツに身を包み、腰にカードホルダーを刺したヒーローがそこに居た。
「その姿は!? 切り札シリーズ!! おまけに割れてるって事は、ただでさえ強いと言われている切り札シリーズの中でも、ブッちぎりで最強のヒーロースーツ! ブレイク・ザ・ハートか!」
「流石先輩! その通りッス! 2月14日限定で開催されるイベントで私が一番にクリアしたんスよ! 凄いでしょ!」
ヒーローというジョブは、特定のヒーロースーツに身を包むことで初めて攻撃系スキルを使える様になる。
この職業は基本的に遠距離攻撃や魔法に乏しく、近接攻撃がメインのアタッカー職である。
ヒーローの最大のメリットはシリーズ毎にモチーフとなる特殊なパッシブスキルが付属されていることだ。
その中でも特に強いと言われているのが切り札シリーズである。
切り札シリーズのパッシブスキルは攻撃時、腰にあるカードホルダーから五枚のカードが展開され、ポーカーで使われる役が現れるのだ。
このパッシブスキルは任意で展開することが可能であり、役によって技のダメージに倍率が加算される。
そんな切り札シリーズでぶっちぎりで最強と言われているのがブレイク・ザ・ハートという名のヒーロースーツであり、
このスーツは時間内であれば好きな役を作ることが可能という、元々のコンセプトガン無視のハチャメチャなパッシブスキルと、展開されるカード自体に絶対破壊不可のバリア属性が付属されるという代物なのである。
このヒーロースーツはバレンタインデーに24時間限定で女性のみに開かれる、血涙の紅い輪舞曲というイベントを真っ先にクリアした者、たった一人に配られる。超激レアヒーロースーツなのだ。
全容はというと、男性型のユニークモンスター全種をソロで打倒せよという、中々にキツイ内容のイベントだ。相当の運と根気がなければクリアは難しいだろうと言われている。
閑話休題。
「前世の事とか覚えてるよな? 神とはどんな感じだった?」
「前世? 何の事かよくわかんないッスけど神様となら話たッス! あの真っ黒い球体ッスよね?」
「は? いや、白かっただろ? 無駄に偉そうでウザかった奴だよ!」
「いや、黒かったッス! しっかり覚えてるッス!」
「え? いや、いやいやいや! 何だその話!? 黒ってなんだよ!?」
「先輩こそ何言ってるんスか!?」
俺は手を広げ、小さく上下させる。
「よしわかった。一度、落ち着こう……。俺の質問にイエスかノウで答えてくれ」
「了解ッス」
「自称神の球体と話した」
「イエス」
「そいつの色は白だ」
「ノウ」
「……これが最後の質問だ。自分の事をこの世界の他人にバラすと、何らかの形で罰を与えると脅された」
「イエス」
まさかの回答に俺は頭を抱えたい気持ちになった。
「なんてこった。俺は今までとんでもない勘違いをしていた、ということか」
「どうしたんすか? 先輩」
「リンさんだっけ?」
「呼び捨てで良いッスよ。先輩」
「リン、今から俺のホームに招待する。ちょっとがっつり話し合う必要があるみたいなんでな」
「話し合うって誰と何を?」
「俺の知り合いの元ハガセンプレイヤー全員集めて、会議すんの」
俺はインベントリからルームキーを取り出し、リンと共に白い扉を潜るのだった。




