第79話 俺、商団の馬車に乗せてもらう
「アーサー、グランド・デスピアーまでここから何キロ位なんだ?」
「えっと、10キロ位ですね!」
「おっ、思ったより近いんだな。パワードギア出す必要なさそうだ。たまには歩いて行くか」
「えぇ〜……ビューンって速いの……行かないの?」
いつにも増してテンション低めのエルの声が俺の耳に届く。
「エスカ入れて3人乗りのパワードギアかぁ……。あるっちゃあるけど紫炎龍みたく速くないし、陸路を突っ走るから無駄に目立つんだよなぁ」
「私がどうかしましたか? 陸路を突っ走るとは?」
「ああ、ちょっとな。聞きたいんだが、馬よりずっと速いけど目立つのと目立たないけど歩き、お前どっちが良い?」
「馬より速い移動手段があるのですか? 私はてっきり商団を待つのかと思いましたが」
「商団?」
「はい、グランド・デスピアーの冒険者達に物資を届けたり、商売をする為に商団が必ずここを通るのです」
「へぇー、それはいつここを通るんだ?」
「日の昇り具合いからして、あと10分程度といった所でしょうか」
「よし、ここで商団とやらを待つとしよう」
「はい!」
「ん……わかった」
俺は無詠唱で通り道にある魔法を掛けておく。
「はやく来ないかな〜!」
――門の出入り口で待つ事10分、目の前を馬車の列が立ち往生していた。
先頭車両の馬車は車輪を泥にハマり抜け出せなくなっていた。
「おい、どうした! なんで進まねぇんだ!?」
「親びん、すんません! 泥濘んだ所に車輪がハマっちまったみてぇです!!」
「バカ野郎! とっとと押し出せ!!」
キャンキャンと喚く、髭面のドワーフの商人達はぴょんぴょんと馬車から飛び降りると馬車を押し始めた。
「行くぞぉ! せーの! せーの!」
ドワーフ達は声を合わせ、馬車を泥濘みから押し出そうと懸命に声を上げている。
「大丈夫ですか? 良かったら手伝いますよ〜?」
「なんだお前ぇは? 人間が1人加わった所でどうにかなる訳ないだろうが!」
親びんと呼ばれたドワーフは下半身にまで届く程長く真っ白な髭が風に揺れるのが嫌なのか、腕組みし顎髭を挟みつつ俺を睨みつける。
「まぁまぁ、そう言わないで。俺達もグランド・デスピアーへ急ぎたいんですよ」
俺は馬車の後ろに立ち、少し力を込めて馬車を片手で押すと、泥濘みから抜け出た馬車が大きく前へと進んだ。
「おいおい、物資満載の馬車を片腕だけで押してるぞ。俺達より腕っぷし強い人間なんているのかよ……」
「なんつー馬鹿力だ……」
数人のドワーフと共に驚愕して口をあんぐり開けている。親びんの元へ駆け寄る。
「おっし、泥濘から出したぞ。実は頼みがあるんだがいいかな? なぁ、聞いてる?」
「な、なんでぇ?」
「俺達をグランド・デスピアーまで乗せてくんないかな〜、なんて」
「お前等をか? どうするか……」
親びんの周りに他のドワーフ達が集まりだし、何やら喋り始めた。
「親びん連れてってあげやしょうよ。この御仁がいれば野盗に会っても助けてくれそうですぜ」
「俺も賛成だ。他の人達も強そうですぜ?」
どうやら乗せてくれそうな雰囲気なので俺はここで殺し文句言う為に1歩躍り出る。
「勿論、何かトラブルあったら処理しますよ〜」
「チッ! 乗っても良いが物資に手ぇ出すなよ!」
「全く、親びんの人間嫌いは筋金入りだな……」
「誰か何か言ったか!?」
「何でもねぇです!」
「てめぇかロイダルズ! あとで覚えてろ! よし出発だ!」
1箇所に集まってたドワーフ達は各々馬車の運転席へ散っていき、親びんだけが残った。
「おめぇさん達は3両目の奴に乗ってくんな。1番物資が少ないから乗れる筈だ」
「世話になりやす。親びん!」
「おめぇに親びんと呼ばれる筋合いはねぇ! とっとと乗れ!」
俺は皆の所に戻り結果を報告した
「つーわけで、乗せてくれるそうだ。3両目の馬車にほら行くどー」
3両目の馬車はかなり大きめだった。ドアを開けるとズタ袋に何やら色々入ってるのが見える。俺を入れて5人は座れるスペースがあった。
俺は1番に入りズタ袋の隣へ座る。俺の隣にエスカ、向かいにはエルとアーサーが座った。エルがドアを閉めるとガタンという音と共に馬車が動き出した。
「いや〜、たまにはこういうのも旅らしくて良いね。実にファンタジーって感じ」
「むぅ……もっと速いの……が好き」
「まぁ、そういうなって。これが本来の姿なんだから」
「お兄様!」
「ん? 何エスカ?」
「私、感激です!! 遂にお兄様と一緒に旅できるんですよね!? 夢じゃないんですよね!?」
エスカは目をキラキラさせながら俺に熱視線を送っている。
「エスカ、よく聞け。俺達はどんなに離れていようがいつか必ず出会う、そういうシステムっていうか、そう! 運命だったんだよ!」
我ながら中々うまい返しなのではないか。そう心の中で自己評価した瞬間である。
「お兄様……! 子供は2人欲しいです!」
エスカの口から爆弾発言が飛び出した。
「なんの話ィ!? あ、いやそういうんじゃなくてな! いや、お前の事は好きだよ! うん、でもほら旅続けなきゃだし、とても子作りしながら旅は……ねぇ?」
「じゃ、じゃあ月1で良いので一緒に寝てください! お風呂も頑張って入ります!」
「お前よく皆が至近距離でいるこの状況でそんな会話展開できるね!? その度胸が凄いよ! 俺マネできそうにないわ!」
俺が狼狽えていると馬車が大きく揺れ、俺の隣にあるズタ袋の穴から瓶が落ちる。俺はそれを反射的にキャッチする。瓶の中身は透き通った紫色の液体が入っている。
「なんだ? この紫の液体は?」
「それ……ポーション」
「ポーション!? この紫の液体が!? 色もそうだがまず透き通っているのが気になる。これが普通なのか?」
エルはコクリと頷く。
「エル、お前はポーションを1から作れるか?」
「環境さえ……あれば」
「環境というのは?」
「大きめの釜に回復の薬草……それと水。それらを煮詰めれば……ポーションの完成」
「それをやるとこれが出来上がるのか」
エルは再びコクリと頷く。
「マジかよ……、俺の知ってる材料と違い過ぎる。良いか? 俺の知ってるポーションを今この場で作る。よーく見とけ」
「え? この……場でって――」
俺は前に手をかざし、詠唱を開始する。
「アイテムクリエイト起動。ネメシス補助を頼む」
「ポーションをセレクト、付加価値はどういたしますか?」
「いつもので」
「承知致しました。付加価値は体力、防御力、素早さのバフに設定し味はフルーツポンチ味」
俺手から虹色に光る粒子が出現し、混ざり合うと瓶を形成した。中には黄色くトロリとした液体が入っている。
「これが俺の知ってるポーションだ」
「み、見せて!」
エルは俺からポーションの瓶を奪い取ると傾けたり振ったりしている。蓋を開け、中身を手の甲に1滴たらし舐めたかと思うと目を見開いた。
「う……」
「う?」
「うんまッーーー!!!? ゴクゴクっ! 何これ!? 死ぬほど美味しい!! 私に作り方教えて!?」
「うるせぇー! クソ狭い車内で大声出すな!」
「教えて!」
ポーションを飲み干すと、狭い車内でエルは斜めに俺の方を向きマフラーを引っ張る。
「お前わざとやってるだろ! 取れるって! わかった! 教えるから! 教えるから1回離れて下さい! お願いします!」
エルはマフラーから手を離し、席へと戻る。
「ハァハァ……、アイテムクリエイトをお前に伝授する。良いか?」
「わかった!」
俺は身を乗り出し、エルの頭に手をおく。
「よし、伝授完了。これでいつでもアイテムを作る事が出来る様になるぞ。ただし、材料がないと使う事すらできないから注意な。俺のポーションのレシピとお前の知ってるポーションのレシピが違い過ぎるのがそもそも問題なんだが……、まぁ、それは良いや。で、俺のポーションなんだが材料をやるからやってみろ」
「今……ここで?」
「そうだよ。はいこれ、材料1式」
俺はポーションの材料である世界樹の枝、霊水、桃、ぶどう、オレンジを渡す。
「これをどうするの?」
「アイテムクリエイトって言えば勝手にポーションになるよ。あ、付加価値だけど難しいから今は気にすんな」
「やってみる……。ア、アイテムクリエイト!」
エルが手をかざし叫ぶと材料がクルクル回転しだし、光を放つと虹色の粒子になり瓶へと変貌した。
「お〜! やった! いただ……きま〜す」
「ちょっ待てぇい! 今飲んでも意味ないから! 勿体無いでしょ!」
「え~」
「それ回復薬だぞ? ジュースじゃないの!」
やいのやいの騒ぎながら馬車進み、特にトラブルもなくグランド・デスピアーへと向かっていった。
「見てください! あれがそうですよ!」
声を張り上げるアーサーに釣られ窓の外を見ると、夜の帳が落ち、石の土台に燃え盛る炎が灯されて風に揺れているのが見える。光源であろう炎を中心として周りを幾つものテントが囲んでおり、奥に見える土塊で出来たような巨大な塔が照らされ、怪しい存在感を放っていた。




