第54話 俺、エスカと組手をする
「さて、我が妹よ。お前がどれだけやってきたのか見せてもらおうか」
俺達は夕暮れのコロッセオの中で互いに構える。
しかしエスカは一向に目を閉じたまま、剣を抜こうとしなかった。
「どうした? 何故剣を抜かない?」
俺がエスカの様子を伺っているとカッと目を見開き大声で喋り出した。
「お願いがあります! お兄様!! 私が勝ったらそのヘルメット必要な時以外脱いでください!! お兄様はみっともなくありません!! あと――」
エスカの顔がみるみるピンク色になってき、急にもじもじしだした。
「あと、なんだって?」
「スゥ~、よかったらお兄様と一緒に寝たいですッ!!!」
迫真めいたエスカからの一緒に寝たいコールに一瞬ズッコケそうになったが、寸前の所でなんとか耐える。
「何かと思えばそんな事か。兜は正直、あんまり脱ぎたくないが寝るのは別に良いぞ。……そうだな、俺に参ったと言わせることが出来たら、お前の言う通り兜を脱いでやろう」
「本当ですか!?」
「男に二言はない」
エスカはニーベルングスレイヤを抜き、高らかに声を張り上げた。
「王立騎士団副隊長エスカ! 推して参るッ!!」
「オラオラ来いよオラァッ!!」
「お二人共頑張ってくださーい!」
「眠い……がんばえー」
アーサーと今にも眠りそうなエルの声援が聞こえる。
エスカはニーベルングスレイヤを振りかぶり、ムチのように伸びた刃が俺に向かってくる。
「フッ――笑止」
俺は向かってきた刃を右手で掴みとり、思いっきりこちらへ引き寄せる。初撃でニーベルングスレイヤを俺に向けてくるだろうと思っていた。
あの剣はムチのようにしなり、近~中距離までの攻撃に最適な武器なのだ。
「甘いぞ! その剣は俺がお前にやったもんだ。特性だろうが弱点だろうが頭に……」
エスカは刃を掴まれているというのに笑っていた。
「入っている。そう言いたいんですよね? お兄様?」
突如俺の脇腹に衝撃が疾走り、周りの景色が振れ片膝を突く。
「グッ!? 何!?」
横を見ると知らぬ間にもう一人のエスカが俺の懐に入り、掌打を決めていた。
「ミラージュボディか!」
「その通りです。流石、お兄様存じていましたか! この技を!」
ミラージュボディは戦士職のジョブが覚えられる撹乱用のスキルだ。
自らの分身を生み出し牽制や撹乱に使われる。
このスキルは熟練度をMAXにすると分身そのものに当たり判定が発生するようになり、そのまま攻撃や肉壁として使えるようになる。
主にソロプレイの戦士職達に好んで使われるスキルである。
閑話休題。
「チッ! 実態付きとは大したもんだ! 良くそこまで昇華させたな! 流石、俺の妹だ。ん? 待て? お前何故俺の言いたい台詞がわかった?」
「勝ったら教えてさしあげます」
「なんだ反抗期か? お兄ちゃんは悲しいぞ。俺に放ったのは八景掌だな。目がクラクラしたぞ」
エスカは未だ一歩も動かず、ニーベルングスレイヤを構え静止している。
「余裕のよっちゃんって感じか? でも、残念ながらやっぱお前は甘いよ」
「何を言っているのですか? 私は未だ一撃も貰ってい――ゴハッ!?」
エスカは突如、口から吐瀉物をぶちまけながら両膝を地面につけ苦しみ始めた
「な、何!? 何も見えなかったのに!?」
「俺はお前の剣を掴んだ時に痛み分けというスキルを無詠唱で発動していた。PvPでは予めカウンタースキルを詠唱しておくのは常識だよく覚えておけ。お前の八景掌良い威力だったぞ」
「……」
エスカはいつの間にか気絶していた。
エスカが気絶から回復して……。
「やはりそうか、お前未来を視る事が出来るんだな。凄まじいチートスキルだ」
「そうです。対象を視認し任意で発動すると相手の3秒程ですが、先を視ることが出来ます。しかし、カウンタースキルで返り討ちにされるとは思いませんでした」
「エスカまで……俺は……いつになったら覚えられるんだろう」
俺は遠い目をし、夕焼けのコロッセオの外壁を見つめた。
「お兄様、お見逸れいたしました。私の負けです」
「あ、約束の件なら別に良いぞ兜ならいつでも付けれるし。なぁ、ネメシス」
「そうですね、兜どころか全身がなくとも呼んで頂ければ即着装が可能です」
「うむ、流石ネメシス有能」
エスカが目を白黒させながら俺を見ていた。
「お兄様から女性の声が!? お兄様はお姉さまだったのですか!?」
「んなわけないでしょ!? ――って何かだいぶ前にもアーサー相手に全く同じ会話したわ! えっと、ネメシス妹のエスカ。エスカ、俺の外格に住んでる妖精のネメシスだ」
「お初にお目にかかります。エスカ様、ネメシスと申します」
「妖精が宿った甲冑など聞いたことがない。まず妖精は信頼関係を築き、妖精王に認められて初めて行使が可能になるはず。いやそれよりも、人語を話す妖精など妖精王以外に存在しない筈……」
エスカは人差し指と親指を顎に付けブツブツと喋りながら何かを考えていた。
俺は精霊術という召喚スキルを持っている。これを使うには精霊と契約し信頼を得て初めて行使することが出来る。汎用性が高く誰でも習得できるが、ハガセンでもあまり人気の高くない召喚スキルだ。
何故か? 異常に手間がかかるから他ならない。しかし信頼さえ得ることが出来ればサモナーや獣使いより有能で多彩なスキルが使えるようになる。
閑話休題。
「で、どうする? 俺は構わんよ?」
「ハッ!? すいません。ほ、本当によろしいのですか!? じゃ、じゃあ、寝る時間になったらお兄様の部屋に寄らせて頂きます」
「了解~」
「お疲れ様でした皆さん」
エルをおぶったアーサーが俺達に近づいてきた。
「おう、乙~」
「勇者アーサー、私はお前とも是非、組手をしたい。暇な時よろしく頼む」
アーサーの顔がみるみる曇っていく。
「僕は……その……エスカ副隊長さんのように強くありませんから……」
「何を言っている? 強い強くないの問題ではない。私はお前と組手をしたいだけだ」
「まぁまぁ、この話はまた今度で良いだろう。もう遅いし明日にしよう」
エスカとの組手が終わり、各々の部屋へと皆戻っていった
俺は自室に戻り機動猟兵メウロスを見ていた。青色のロボットが敵の巨大ロボにレーザービームを浴びせ爆発、勝利するシーンが流れている。
「あぁ~、たまらねぇぜ。やはりロボットアニメは最高や」
俺が愉悦に浸っていると、扉のノックが聞こえた為入室を許可する。
「エスカか? 入って、どうぞ」
「お邪魔い、いたします……」
いつになく元気のない声が気になった俺は、ポータブルプレイヤーから目を離し顔をあげると、そこには全裸のエスカが立っていた
「おおおお前なんちゅう格好で来てんだ!?」
「一緒に寝てくれるとおしゃって頂きましたので……」
「寝るってそっち!? エスカさん色々とまずいですよ!」
俺がポータブルBDプレイヤーと機動猟兵メウロスのブルーレイボックスを大急ぎでインベントリの中に入れていると、Ⅷ式ヤルダバオトⅧ式の目が光り独りでに動き出した。
「何を騒いでいるのですか? 全く」
「ネメシス! なんとかしてくれ!」
「承知したしました」
ネメシスはベット上にあがり俺の頭の辺りで正座をし枕を膝につめ、ガッチリと俺の手を掴み、ベットに押し付けた。
「え? い、いやいやなにやってんの?」
「なにってプロレスですよね? 存分にお楽しみ下さい」
「ち、違――」
「私の愛、受け取って下さい」
その夜、エスカがめちゃくちゃハッスルしてた。




