第42話 俺、朝食をご馳走になる
「遂に今日はエルの姉達との試合か。上手くいくと良いんだがな。ファ~」
俺は独り言を言いながらあくびをし、首を左右に振り骨の音を鳴らし眠気から覚醒する。ベッドから起き上がると、部屋のドアが開きメイドさんが入ってきた。
「おはようございます。ゲイン様、食事の準備が整ってございます。お連れしますのでこちらへどうぞ」
メイドさんに催促され、部屋を出て長く白い廊下をメイドさんの後について行き食堂へと向かう。長い廊下を突っ切り左に大きな扉が見える。メイドさんがそのドアの横で立ち止まり、俺に対し深々とお辞儀をする。
「こちらが食堂となっております。お入りください。もうエルメンテ様とアーサー様は席にお着きとなっております」
「どうも、ありがとうございます」
俺が礼を言うとメイドさんは去っていった。
扉を開けると縦長のテーブルにエルやアーサーが着席していた。俺はアーサーの隣に着席する。すると、エルの親父さんが俺に話かけてきた。
「ゲイン殿おはようございます。よくお眠りになっていたようですね」
「いや、待たせたみたいですいません。ずっと作戦を考えていたものですから」
「よろしいのですよ。今日はエキシビションマッチ……ですからね」
親父さんの元気はないようだった。まぁ、それはそうだろう。最愛の娘と闘う相手と朝食を摂るのだ。気が気でないだろう。
「大丈夫です。俺に任せておいて下さい。傷付けないとは言いませんが殺しはしません。エルの姉貴達ですからね。ちゃんと作戦も昨日夜通しで考えました」
「そ、それは良かった! さぁ、食事をしましょう!」
エルの親父さんが指を鳴らすと幾人かのメイドさんが料理を運んできた。パンにコーンスープ、それに溶けかけのバターが乗った肉にコップのような容器に入ったゆでたまごだ。パンを手にとってみると、ちゃんと現代のパンのように柔らかくいい匂いがした。パンを千切り肉と一緒に食べてみるが牛肉だろうか? フォークで肉を突き刺すが、肉もちゃんと柔らかく少し獣臭いが中々美味しい。
「料理か……」
俺は誰にも聞こえない位小さな声でボソッと嘆く。俺は昔から料理が頗る下手くそだ。レシピ通りに作っても、何故かとんでもなく辛かったり味がなかったりする。いつしか俺は料理を作ることを自分から避けるようになった。ある日ギルメンとオフ会を開く事になり、居酒屋に集まったのだが、酔った勢いでギルメンにこの話をした所何故か大ウケし、何か作ってくれという話になり後日、俺の家にて皆に俺の料理をご馳走する羽目になった。
今でも鮮明に思い出せる。皆の為に作った料理は炒飯だ。勿論、ちゃんとレシピ通りに作った。しかし俺の炒飯は……味がしなかった。それ以降俺の作った料理はマジでクソまずいという認識がギルド内での常識となった。
意味不明かつ不名誉な記憶だがとにかくそういう事だ。
ハガセンには料理という技能がある。これは主に戦闘の補助に使用され、バフを永続的に上昇させたり状態異常の予防なんかに使われる。廃人の俺が一番最初にコンプした技能が料理だった。ハガセンの料理や調味料は多種多様だが、作り方は簡単だ。インベントリを開いたら料理のタブをタップし作りたい料理の材料を複数選択しクッキングクリエイトと言えばいいだけ。それだけでハンバーガーから満漢全席まで、素材さえ尽きなければ好きなだけ作ることができる。ハガセンの中であれば俺でさえ料理人になる事が出来るのだ。尚、ロボットだけは作ることは可能だが、摂取する事が出来ないというデメリットが存在する。
閑話休題
俺はコーンスープを飲む為にスプーンを手にしスープを掬い口に運ぶ。
「ん?」
「ゲイン殿どうなさいました?」
「いや、少し味が薄い様な気がして」
「では、作り直すように言いましょう」
「いや、大丈夫です」
インベントリを起動させ料理のタブをタップし材料を取り出す。
「クッキングクリエイト」
クッキングクリエイトを起動させると、選択した材料がくるくると回転し光を放つ。光が収まるとコーンスープが入った皿の横に小さな小瓶が1つ置かれていた。
「おー! 成功した。やったぜ」
俺が作ったのは黒胡椒。ただの香辛料である。コーンスープに2回程ふりかけて再びスープを啜る。
「うん! おいしい! やっぱ俺のクッキングクリエイトを……最高やな!」
自画自賛すると同時にカチャン! と何かの落下音が聞こえ、そっちの方を見ると親父さんが目を見開きながら俺をガン見していた。
「い、今のは? それは一体……」
「ハッ!?」
やってしまった。丹精込めて作ってくれた料理を勝手に潰してしまったのだ。きっと怒っているに違いない。
「すいません! 許してください! 何でもしますから! 」
「その小瓶を買い取らせて下さい! お願いします!」
「は?」
エルの親父さんは俺の元に小走りで近づいてきて俺の手をグッと握る。
「え? 買い取るってこれを?」
「はい! 失礼なのは重々承知です! ですが、どうかお願いします!」
「作ろうと思えばいくらでも作れるんでタダで差し上げますよ。なんなら100個程作って置いていきましょうか?」
「本当ですか!? 是非! 是非お願いします!」
凄い食い付きぶりだな~。
後々わかった事だが、この世界ローゼスでは香辛料や調味料は発展途上にあるらしくとても貴重な物らしい。
そんなこんなで朝食を終え、寝間着から各々服を着替えて俺達は闘技場へ向かうのだった。




