第41話 俺、エルの実家にお邪魔する
「うおおおおおおおぁぁぁぁぁ!!」
「フッ……やるじゃないゲイン様。私これでも結構本気なのよッ?」
決勝戦から3日程経ったが、あれから連絡らしい連絡が一向に来ない為、俺は時間を持て余していた。暇になり過ぎた俺は自室で外格を脱ぎ捨てアルテミスを相手に組み手を始めたのだが、何故か知らないうちに組手がアームレスリングへと切り替わり、机に両者の腕を置き人間と外格の根性を――いや、漢と漢の価値を賭けた熱い闘いへと発展していた。自室に置いてある机に肘を乗せ、俺はアルテミスと向かい合うと、この鋼鉄の強度を悠々と超える鼠色のガントレットを握り潰すのではないかというくらいに握り込み、グンッと力を入れアルテミスの手の甲をテーブルへ着かせようよと思いっ切り力を入れる。しかしそれはアルテミスも同じだ。どちらも着かず離れずの持久戦へともつれ込んだ。
「ゲイン様、確かに貴方は強いわ。頗るね。でも、貴方と私達じゃ決定的に違う所があるわ。外格の私に勝てるわけないだろ!」
「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前! なんだアルテミス? 俺をかまかけようってのか? 残念だがその手にはッ乗らんぞッ!!」
「卑怯な! 無詠唱で超感覚を使ったわね!? 上等じゃねぇか!! 人が優しくしてりゃつけあがりやがって!!!」
「おまえはッ! ひとじゃッ! ねぇだろうがッ!」
「「うおおおおおおおおお!!」」
この闘いに雌雄を決する為、互いに最大の力を振り絞ったその時、不意にドアが開かれた。ドアの方を見ながら力を振り絞っていた俺はエルと目が合い一瞬力を弱めてしまった。
「チャーンス!!」
アルテミスが俺の手の甲をテーブルに叩きつける音が部屋に広がる。そこで俺は初めて自分が負けた事に気付いたのだった。
「クッソ! 負けたー!」
「イェーイ! アイムウィナー! ハイパー・エクセレント・ダイナマイト・ミラクル・アルテミスちゃんの勝ちよー! エルちゃんありがとうー!」
「え……? う、う……ん。どうい……たしま……して?」
エルは何故自分がお礼言われているのかさっぱりのようだ。
「どうしたんだエル? 俺なにかようか?」
「うん。――って右腕!」
エルが目を見開きながら俺の右腕をゆび指している。俺は自分の右腕を見ると完全にへし折れていた。肉と皮膚を突き破って白い骨が露出し、血が滴っている。
「うっわ! 完全に折れとる! アルテミスお前本気だし過ぎぃ!」
「いや! ごめんなさい! ゲイン様大丈夫?」
「エクストラヒールがあるからこんなん何でもねぇよ」
俺は即座にエクストラヒールを発動させる。すると、逆再生ビデオの様に折れた腕が元に戻る。
「はい、完治~。で、エルどうしたんだ? わざわざ俺の部屋にきて」
「実家に……行こうと思……う。これを返したいの」
エルの手には大きめの黄色い宝珠が埋め込まれた杖が握られている。
「その杖見覚えがある。お前この街の出身だもんな。当然といえば当然か。仲間として親父さんに挨拶しておきたいな。俺もついて行くぞ。よし、どうせやる事もないし今すぐ行こう」
俺は自室から出てアーサーがいるであろうバーへと向かう。
「アーサー出かけるぞ」
「はい! 何処へ向かうのですか?」
「エルの実家だ。杖を返したいんだと」
「エルさんの実家ですか!? 楽しみです」
「エルは相当なお嬢様みたいだからな。俺も楽しみだよ」
俺達3人はホームを出ると、エルの先導に従い歩き出す。市場を抜け暫く道なりに歩き大きな広場に出た。ここがどうやらこの街の中心のようだ。商人や謎の宣教師、乞食も居れば冒険者もいる。この広場には3つの道があり、その中で唯一門番らしき兵士が立っている道をエルは進む。他の道とは違いしっかりと舗装された道を進むこと10分程経った頃、エルは大きな黒い門の前で立ち止まり、門に備え付けてある丸い取っ手を掴み門を叩く。すると取っ手の隣にある除き穴が横に開き、男性と思われる目が俺達を睨みつける。
「誰だ? ここがシュビエル家だと知って門を叩いたのか?」
「私、エルだよ。久しぶりネルロさん」
「翠色に輝く髪にその声――まさか! エルメンテお嬢様!? すぐ開けます! 少々お待ちください!」
ネルロと呼ばれた門番が驚くと門はゆっくりと開いた。
「さぁさぁ! エルメンテお嬢様もお仲間もお入りください!」
「じゃ、お言葉に甘えて」
「お邪魔します!」
ネルロを見ると中々の美丈夫だ。髪は赤毛に短髪手足の筋肉がバランス良く出来上がっている。何故か裁ちばさみを持っているが、優秀な門番なのだろうと俺は思った。
「ネルロさん、相変わらず庭イジりやってるんだね」
「そりゃあそうですよ。庭師ですからね」
「え! 門番じゃないの!?」
「ああ。よく間違えられるんですよ。まいりますねぇ。ハッハッハ! では皆さんごゆっくりどうぞ!」
そう言うとネルロさんは庭いじりに戻っていった。
「あの風格で、庭師なのか……」
「うん。屋敷は……こっち」
「どうでも良いけど、お前家族の前だと声元に戻るのな」
「皆は……私が大きな声……出せないって知らないの……心配させるといけないから無理矢理……出してる」
「ふーん」
再びエルが先導し、屋敷の敷地内を歩く。屋敷自体は遠目に確認する事ができるがやはりかなり大きな事がわかる。敷地も大変大きく屋敷に辿り着くにはそれなりに歩かなくてはならないようだ。
「いや、しかしかなりデカい家だな。親父さんは何をやってる人なんだ?」
「よく知……らないけど、商人……やってるって昔聞いた。私すぐに学園の図書館に引きこもったし……その後はそのまま卒業して冒険者になったから家には……帰ってないの」
「商人ね。かなり儲かってるみたいだな」
世間話を交えつつ喋っているうちに玄関前まで着いた為、エルはドアを押し屋敷内へと入った瞬間、幾人もの声が響き渡る。
「「「「「お帰りなさいませ。エルメンテお嬢様」」」」」
左右1列に並んだメイドさんや執事さん達による、一糸乱れぬお帰りなさいコールの迫力に俺は一瞬たじろぐ。
「おお! 本当にエルメンテ! よく帰って来てくれた!」
真ん中に立っていた茶色い服を着た若干腹の出ているおじさんがエルに抱きつく。きっと彼がエルの親父さんなのだろう。
「お父様お久しぶりです。今日はこれをお返しに来ました」
「これは……そうか。あいつの杖を持ち出したのはエルメンテだったのか。さぁ立ち話もなんだ、お仲間のお二人も是非今日は泊まっていって下さい。まずは夕食をどうぞ」
「勿論、ご馳走になります。な、アーサー」
「はい!」
そしてその晩飯をご馳走になって暫く客間でのんびりしていると、執事が俺の所へやってきた。
「なんすか?」
「ご主人様が貴方様をお呼びです」
「はいはい、行きますよ」
執事の後について行くと、道の途中に大きな2つのドレスを着た女性の肖像画が目に入った。一方はロングの金髪で泣きぼくろが似合うの女性。もう一方は翠色の前髪が若干カールしたショートカットの優しそうな笑顔の女性だ。
翠色の女性がエルのおふくろさんか……。そっくりだなぁ。
執事はとある扉の前で止まった。
「こちらが旦那様の書斎となっております。――では」
そう言うと執事はゆっくりとこの場から去っていった。
俺はドアノブを回し中へ入っていく。
「どうも。呼ばれて来ました。ゲインですが~」
「よく来てくださいました。折り入ってお願いがあるのです!」
「お願い?」
「エルメンテを止めて頂きたい! 私にとってはエルもアイーナもイクルナも宝物なのです! あの3人が傷付け合うなど我慢できないのです!」
「そりゃあ親父さんにとってはそうでしょうが……エルは復讐の為に今まで生きてきたようなもんだ。今更やめろと言ったところで……」
「そんな……復讐? 何故そんな……アイーナ達とエルメンテの間に何かあったのですか?」
「な――あんた何も知らないのか?」
俺がそう言った瞬間、頭の中に例の声が響きく。
《さぁーッ長らくお待たせいたしました! エキシビションマッチの準備が遂に整ったようです。試合開始は明日の8時丁度となりまーす! ではでは! 明日を楽しみにまっておりまーす!》
「試合開始は明日の8時丁度か。まぁ、親父さん任せときなよ。何も知らんのなら、知らない方がいい事もあるだろうからな」
「え? よ、よろしくお願いします」
俺は親父さんの書斎から出て客間に戻り、備え付けられた無駄に豪華なキングサイズベッドに入りながら明日の作戦を練るのであった。




