第29話 俺、コロッセオへ向かう
旋階段を降りた俺は土ぼこりを若干あげる地面の感触を足で確かめ、前を見据える。目の前には超巨大なコロッセオが夕陽に照らされ、その存在感をこれでもかと主張している。
何故かひぐらしの鳴き声が聞こえるが、これはコロッセオを作ったギルメンのセンスによるものである。これを作ったギルメンはたいそう夕日とひぐらしの鳴き声が好きだったらしく、コロッセオを作った時も、『この2つは俺の嫁! 絶対にかかせない! どうだ? 最高に風流だろ?』と、コロッセオが出来た時にドヤ顔をしながら、俺に感想を求めてきたのを覚えている。和洋折衷は俺も嫌いではない。いや、寧ろ好きな方だ。だがこれはやり過ぎなのではないかと正直、今でも思う。中世のローマに実在しそうな超巨大コロッセオと日本のセミひぐらしが夕陽に照らされ共存しているのだ。
ひぐらしの鳴き声を耳にしつつ、道なりに歩を進め、コロッセオの内部へと入っていく。すると、上へと昇る為の階段があるのだが俺が階段の手すりに手を置くと、土ぼこりを上げながら自動的に上がっていく。そう、エスカレーターになっているのだ。ただしエスカレーターの外見はコロッセオと同じく土塊で出来ている。これは宝物庫にタートルを設置したグルメンが『階段昇るの面倒だから、エスカレーター付けといた』と、またまた勝手に設置したものだ。
ギルメン達との思い出を記憶から呼び覚ましているとエスカレーターの動きが止った為、俺は我に返り、再び歩を進める。目の前には幾千幾万の観客席があり、筒抜けのオレンジ色の空にコロッセオの中心は全長10kmはあるだろうか? ポッカリと巨大な空間が空いている。俺は天高く跳躍し、コロッセオの中心へ着地する。
「相変わらず、凄いセンスのコロッセオだなぁ。俺には到底真似できん」
暫く突っ立って待っていると、アーサーとエルの声が聞こえてきた。
「凄いです! 階段が勝手に動いてますよ!」
「こ……怖い」
「あっという間に頂上に着いちゃいましたね。エルさん!」
「幻……術?」
2人の姿が見えた為、俺は大声を出す。
「おーい! 2人共大丈夫かー? とりあえず1番下まで降りて来てくれー! ゆっくりで良いからなー! 1番下の観客席へ着いたらそのままジャンプしてこっちまで来てくれー!」
俺の声が届いたのか、アーサーが手を振りながら下りてくるのが目に入った。エルもとてもゆっくりだが下りてくる。
「よく来たな。おふたりさん、どうだ? このコロッセオは?」
「とてつもなく巨大で格好いいですね! 名前は知りませんが、あのモンスターもとても鳴き声が綺麗で好きです」
「そうか、気に入ったか。エルはどうだ?」
「階段が……ひとりでに動いて……こわかった。あれ……幻術スキル? それと……建物の……中になん……で……太陽があるの?」
至極、当然の疑問を投げかけられ、俺はどう説明したものか困ってしまった。ギルドホームの中はギルドメンバーが好きなように弄る事が可能なのだ。作る空間やアンティークによっては、持ってた素材や金が溶けるかの如く大量に消費される。天候は勿論、気象さえも金さえ払えば自由に変更可能である。コロッセオの値段は2京メイタリオ程だったか。これを作ったグルメンの恐ろしい所は、これ全てを私財で賄った事だ。仮に俺は出来ても到底やろうと思わないだろう。
「う……う~んと、エルそれはだな。何て言ったらいいのか。ここは空間丸ごと、俺の元々の仲間が勝手に作ったものなんだ。だから、俺には説明出来ないんだよ」
「太陽を……作るなん……て、まる……で神様みたい」
「お師匠のお仲間はどこにいらっしゃるのですか?」
「どこにいるかぁ……どこにいるかは知ってる。知ってるが、もう2度と会う事はないんじゃないかなぁ。……たぶん」
俺はギルドメンバー達の顔を思い浮かべ遠い目をする。
「すいません! お師匠様! ぼ……僕知らなくって!」
アーサーが勘違いしたのか、俺に頭を下げる。
「良いんだ。アーサー気にするな。さぁ、揃ったし修行するぞ! アーサーは、離れて見ていてくれ」
「ハイ! わかりました!」
アーサーが距離を取るのを確認し、俺は何もない空間に手を翳す。夕陽を背にしながらひぐらしの鳴き声を聞きつつ、俺はエルに教える魔法スキルの詠唱を開始した。




