第192話 俺、聖女の話を聞く
眼前に、雪で覆われた小さな門が現れた。あの小生意気なクソガキを王様に据えた港町の入口だ。
俺はビーディが座る運転席の後ろに陣取り、センサー感度を最大にする。
「半径50キロに敵影なし」
『戦利品、お命、落とし物のないようにお気をつけてお降りくださーい。本日はご乗車、誠にありがとうございました。命と落とし物を掛けた超面白ギャグわか──』
「よし! お前ら、可及的速やかにこの大陸から離れるぞ! この国の港までの道は知ってるから、付いてこい!」
ドアを開けて門を通り、街の中へと入った瞬間、俺の目に飛び込んできたのは人の群れだった。
「なんだこれは……どういうことだ」
俺がここに来たとき、入口は異常なほど閑散としていた。それがどうだ、今は見事なまでに人でごった返している。
『俺たちがこの港を不凍港にしたからじゃない?』
「クソ……とにかく行くぞ! この港の行く末なんざ知ったことか!」
俺は人をかき分け、道を進む。
「いいか、お前ら。ちゃんと付いてこいよ!」
「はい、お師匠様!」
『いやー大変だねぇ、浮けない人は〜』
我関せずといった風に、俺たちの頭上を浮きやがって。
「それよりお前、その姿、無駄に目立つからインビジブル使っとけよ」
『あぁ、大丈夫。認識阻害タイプの投影ミニマムドローンを追従させてるから、一般ピーポー共には俺の姿は見えないよ』
「無駄に準備が良いな……」
もみくちゃにされながらも、なんとか港へと到着した。
「お前ら、問題ないか?」
「何人かに胸を触られましたが、問題ありません、お兄様」
「ぼくはお尻を触られました」
俺の妹と弟子に唾つけやがって……。
「マジで? 痴漢とは度し難いな。ビーディ、どんな奴らだった?」
『そう言われると思って、ピックアップしておいた』
「じゃじゃ馬、エル、リン。お前らは? 盗られた物とか痴漢に遭ったとかはなかったか?」
「別に……」
「あ? ねーよ」
「痴漢なんて犯罪ッスよ! 敵ッスよ! 先輩もそう思うッスよね!?」
「あー、うん、そうだね。プロテインだね……。それはさておき、ここで小休止するから、お前らここで待機。ビーディ、一緒に来い」
『わかった』
俺は港にある一番デカい建物に入る。
「速攻で処理しとけ」
『あぁ、もう終わった。ターゲティングと同時に肺が燃え尽きるよう、パイロキネシスをセットしておいたからさ。今しがた起動した。苦しみもがいて死んでるところじゃない』
「いい仕事だ」
彼が俺に手のひらを突き出してきた。
俺も手のひらを出し、ハイタッチ。
「『イエーイ』」
俺はカウンターのお姉さんのところに行く。
「お姉さん、船乗りたいんだけど、港空いてるかな?」
「はい、港ですか? ちょうどあと一つ空いております」
「おっ、マジか。サンキュー、お姉さん」
さて、とっとと行くか。特に見たいもんもねぇし。
「もし、そこの貴方!」
「なんだ? おっさん」
気づいたら、俺の横に小太りのおっさんが立っていた。
「その声、間違いない! 貴方のおかげでこの街は救われた! 本当にありがとう! 感謝してる! 私だ、あのクソガキの隣にいた男だよ」
「えーっと……」
『けんちゃん、あん時の大臣だよ』
「あー……そういえば」
降格にでもなったのか、だいぶみすぼらしい見た目になっていたので気づかなかった。水色のローブを着込んだおっさんは、目に涙を浮かべながら俺の手を握ってきた。
「是非、あのときの礼をさせてほしい! 何でも言ってくれ! 大臣は辞めさせられたが、今は港の管理者なんだ! 貴方のおかげでこの国は安泰だ!」
「いや、いいよ。俺たちもうこの大陸を出るから」
「なんだ、そうか……。じゃあせめて見送らせてくれ」
「別に構わんよ」
「よし、じゃあワシは外で待ってる!」
そう言うと、おっさんは息巻いて出ていった。
「俺たちも行くぞ」
『はいよ』
皆の元へ戻ると、何やら向こうが騒いでるが、無視。
「お師匠様! 向こうで人が何人か急に苦しみ出して倒れたみたいです!」
「いやー、ごめん。まじで時間ないから行くぞ。気にしない気にしない。お前ら、向こうに港がある。水色のローブを着た小汚ねぇおっさんがいるから、そこまでレッツゴー!」
少し行くと、何隻もの船が停泊しているのが見えた。その中の空いている場所に、おっさんが突っ立っていた。
「ここだ! お早く!」
皆を引き連れて、おっさんのそばに立つ。
「おい、ビーディ。なんでもいいからクルーザー出せ」
『なんでもいいと言いつつ、クルーザーを指定してくる』
彼は腿からケースを取り出し、海に向かって歯車をひとつ投げた。歯車は分裂し、真っ白な大型クルーザーへと変形する。
『はい、乗ってー』
俺が先陣を切って船に入る。
「揺れるから気をつけろよ」
アーサーの手を握り、こちらに引き寄せる。
「ありがとうございます。手伝います」
「おう、助かる」
俺とアーサーで皆を引っ張り上げ、最後にエルが残った。
「手ぇ伸ばせ」
「ん……」
彼女は背がちっこいので、伸ばしても手が届かないようだ。
「キャッチ……して」
「え?」
彼女は俺から少し離れ、俺に向かってジャンプした。
「とぉっ!」
「うおっ、マジか!」
俺は飛んできた彼女の胴体を両手で掴み、船に乗せた。
「おお……」
「おお、じゃねえだろ。海に落ちたらどうするつもりだったんだ。この寒さじゃあっという間に凍死だぞ」
「ゲインならキャッチしてくれるから、大丈夫」
「サイデスカ。っしゃ! イクゾー!」
俺はビーディに人差し指を突きつけると、船は動き出し、港を離れた。
しばらくすると、曇り空はなくなり、月明かりが船を照らしていた。
相変わらずセンサーは最大にしているが、半径50キロ以内に敵影はなし。
曇り空が晴れたってことは、さすがに使えるんじゃないか?
試しにインベントリから鍵を取り出し、その場で回してみる。
真っ白なドアが現れた。──そして、消えずにその場に存在し続けている。
「来た! 来た! 来たなー!」
やはり、あの時アルジャ・岩本が言っていたことは正しかった。効果範囲から出たことで、すべての機能が回復したのだ。
「全員、ルームに入れるぞー!」
──が、テンションが上がってる最中に、じゃじゃ馬が俺を呼んでやがる。
「おい、ゴキブリ! ちょっとこっち来い!」
なんだよ今さら……と思いながら、彼女の元へ向かう。
どうやら、船室でサシの話をしたいらしい。
「なんだ? 飯なら風呂入ったあとで良いだろ」
「違ぇよ! いいから、今から私の言うこと、耳かっぽじってよく聞け!」
俺は船室に入り、向かいに座る。
「で、俺に話したいことってなんだ?」
「ゴキブリ、お前、このまま旅を続けるつもりか?」
「当たり前だろ。やめる理由がない。一体なんなんだ? 結論から言え」
「いいんだな? 私は未来が見える。だから聖女として、あいつに飼われていた……」
「なんだ、身の上話か?」
「違う! いいか? お前、このままだと死ぬぞ?」
「死ぬ? この俺が? ハッ」
何かと思えば。思わず鼻で笑ってしまったが、じゃじゃ馬の表情は終始真剣だ。
「私のこの能力は絶対なんだ。一度だって外れたことはない。あんたは……剣で、胴体を縦に真っ二つにされて死ぬ!」
俺はインベントリからナイフと、ただの石ころを取り出し、目の前の机に置く。
「いいか、このナイフをよく見ろ」
「それがどうしたよ」
「このナイフは見た目こそ普通だが、人間が知覚できないレベルで、非常に小さく、そして凄まじいスピードで振動している。このナイフは、ある鉱物を採取するために用いられる。こんな石ころなんざ、こいつに触れたら、それこそ熱したバターみたいに切断できる。見せてやる」
俺はナイフを手に取り、石をそのまま両断する。
石は何の抵抗もなく、スパッと二つに分かれた。
「そ、それがどうしたってんだよ……」
「今からこのナイフで、自分の手を縦に切断する」
「はぁ!? 何言ってんだよ!?」
「どうせ両断しても、聖女様が目の前にいるんだ。何も問題はあるまい?」
「あんた、マジで……」
俺は自らの左手を机の上に置き、ナイフを振り下ろした。
「ひっ……」
皮膚に触れたその刹那、ナイフの刃が折れて、机の下へ落ちた。
「嘘……」
「俺の皮膚の硬さはダイヤモンドとほぼ同等。筋肉に至ってはその数千倍、骨はその数億倍の硬さを持つ。そして、俺がよく着ている黒いフルプレートは、数字という概念で語るには、もはや冗談みてぇな硬度を誇る」
「な……何言って……」
「つまりだ。俺を殺すには、外の理で作られた武器、もしくは魔法、何かしらの強大な外的要因がなければ成し得ない。ということだ。今のを踏まえたうえで、尚お前は俺が死ぬと言い切るのか?」
「当たり前じゃない! 私はね! 伊達や損得で聖女やってるわけじゃないんだから! 私のこの能力で外れたことなんて、一度もないんだから!」
「そうか。じゃあ、今回が記念すべき初めての外れってわけだな。……もういいか?」
「最後に、もう一つだけ!」
「なんだ、まだあんのかよ」
「お前に攻撃してたのは……“白いお前”だった……」
「何?」
白い俺? 白いヤルダバオトⅧ式ってことか?
「あり得ん……それこそ絶対にない。ヤルダバオトⅧ式は、あの黒いボディ以外、存在しない……。この話は終わりだ。風呂入って、飯食って、寝ろ」
俺は会話を断ち切り、皆の元へと戻るのだった