第191話 俺、宇宙遊泳する。
青い空が、あっという間に暗黒へと変わった。
向きを変えると、下には青い巨大な球体が目に映る。
「ちゃんと青いんだな。しかし、実際に目にすると迫力すげえな」
『「地球は青かった」って言ったのはガガーリンって宇宙飛行士なんだよ。知ってた?』
「知らねー。んなこたぁどうでもいい。それより、この両手に持ってる氷漬けのボロ板、どうすんだ? いっちょ太陽まで吹っ飛ばしてやるか」
『ダメだよ。用事があるんだから、終わってからにして』
「しかし、お前は機械だからいいとして、生身の俺が宇宙に出ても大丈夫なのか?」
『うーん、まぁいろいろあるけど、大丈夫でしょ。けんちゃんが宇宙遊泳したところで死ぬわけないって。まぁ、実際の人間が外に出たら15秒で気を失って、そのまま死ぬけど』
「15秒〜? なんだ、余裕じゃねぇか。俺は無呼吸状態で最長3時間は耐えられる。よし、じゃあ行くか」
『多分、出た瞬間に動けなくなるだろうから、俺がサイコキネシスで引っ張るよ。あ、ここから直接テレポートで出たほうがいいよ』
「なんでだ?」
『ここをそのまま開けたら、風速340メートルで宇宙空間に吹っ飛ばされるから』
……やだ。なにそれ怖い。
こういうところだけは、ガチで頼りになるな、コイツ。
「仮に吹っ飛ばされたらどうなる?」
『まぁ、永遠に宇宙空間を彷徨うことになるだろうね』
「馬鹿野郎お前、俺は勝つぞお前」
『もういいから、行こうよ。俺が引っ張るね』
「おう、頼むぞ〜」
『宇宙服の準備はオーケー?』
「あ? ねぇよんなもん。生身でいいんだ、上等だろ。テレポート開始!」
俺と彼は、ここから一気に宇宙空間へと転移する。
目の前は暗く、そして静寂が支配していた。
呆気に取られていると、身体が引っ張られていく。
『けんちゃん。宇宙空間は真空だから音が伝わらない。だからサイコメトリーを応用して、直接脳内に俺の声を中継させるね。チャンネルを合わせれば、けんちゃんの声も俺に伝達できるからさ』
俺は即座にサイコメトリーを起動し、脳内で喋ってみる。
「あー、マイクテスト、マイクテスト」
小無線から伝達されたような、ひどくノイズ混じりではあるが、確かに俺の声がビーディの方から聴こえてくる。
『本来の使い方とは全く違うから、聞こえづらいね。まぁ、俺も初めてやったし。これで十分でしょ。熱源に向かうね』
俺はビーディにそのまま引っ張られ、氷漬けになった機体の側へと到着した。
機体には独りでに穴が開き、内部へと侵入する。
暗い機体の中は謎のプラグでいっぱいだったが、あいつのサイコキネシスにはそんなもの関係ないとばかりに千切れていき、壁を無造作に破壊しながら進んでいく。
そしてある壁を破壊したところで、奴さんと対面した――。
やはり、あの鳥野郎だった。
ビーディのレーザーが当たったのか、それとも俺のドリル攻撃によるダメージかは知らんが、この空間には鉄屑が散乱し、鳥の片翼がなくなっている。
奴さんは肩で息をしているようだ。顔の半分にある右目の赤い視覚モジュールが、俺たちを捉えている。
「このクソ人間共め! よくもこのオルタナ様の身体に傷をつけたなぁ!」
……こいつ、真空なのに何で声が伝わる? 意味がわからんな。まぁ、どうでもいいか。
『俺のこと、覚えてるか?』
「お前なんか知らん! 絶対にぶっ殺してやるからなぁ!」
『そうか、覚えてないか。でも、俺は覚えてるぞ。お前のことを』
機械でできた羽が、奴の身体からベリベリと剥がれていく。
「貴様ぁ! 貴様ぁ! 俺の羽をよくもおおおおおおお! 殺してやる! 殺してやる!」
「おい、鳥のニコイチ。久しぶりだな。さすがの植物野郎も、宇宙までは追ってこれまい。てめぇらは何者なんだ? なぜ人間、いや、俺の前に現れた? 目的は何だ?」
「殺してやる! 殺してやるううううううううう!」
「ダメだ、話にならん。ここでウダウダやっていたら、あいつらが人間シャーベットになっちまう」
『殺さして殺さして殺さして殺さして殺さして!!!!』
「うっせぇな。手短にやれよ」
『じゃあ、せっかくだから凌遅刑を……』
「手短にやれって言ってんだろ! 凌遅刑って、少しずつ削ってくやつじゃねぇか! 俺の話聞いとるんか!」
『も〜、わかったよぉ』
ビーディはそう言って、インベントリから柔らかめの素材でできた瓶状の物体を取り出した。中には、何やら液体が入っているようだ。
『どうせ死ぬんだ。最後くらい、有終の美を飾って死んでいけよ。ロボットなんて血が一滴も出ない。エレクトする価値すらないゴミクズなんだからさぁ。俺はお前らロボットが大っ嫌いなんだよ』
ビーディが鳥に手をかざすと、縦に割れた瞳の眼球と赤く光る視覚モジュールが、奴から引き抜かれた。
それは、ビーディの頭部──彼の頭蓋骨の、すっぽり空いた眼球がはまるべき場所にピッタリとはまる。
それが終わると、一升瓶サイズのそれを鳥の方にぶん投げ、破裂。中の薄い黄色がかった液体が、奴の身体にすべてまとわりついた。
「なんだこれは!?」
『お前に今かけたのは、俺が作った疑似フッ化水素だ。金属を溶かし、生身であればカルシウムと結合して結晶体となる劇物。しかも、通常の250倍のスピードで侵食するように改良してある。無重力では、一度身体に付着した液体は二度と取れない』
「俺の眼を返せ!」
『ふざけんなよ。この視覚モジュールは、元々俺のもんだ。俺はなぁ、根に持つタイプなんだよ。じゃあな、喋る鉄クズ。そこで朽ち果てて死んでいけ! 行こう、けんちゃん』
「ああ。いいのか? 処理しなくて」
『いいんだよ、あれで。血が出ないとつまんないもん。そのままテレポートして戻ろう』
「ああ。お前がそれでいいなら、それでいい。テレポート!」
俺たちはゲキリンオーの内部へと戻る。
「あれ、どうすんだ?」
『ほっとけば、地球の引力に引かれて燃え尽きるよ』
「あっそっかぁ。……おい、俺たちは?」
「いや、普通にワープでもテレポートでも使って戻ればよくね?」
……あれ? 俺、ファストトラベル設定したっけ?
「やばい。ファストトラベル、設定し忘れた」
『まじ?』
「マジ……」
『どうすんの?』
「しょうがねぇだろお前! 最初、宇宙行くなんて思ってもみなかったんだからよぉ!」
『いや〜、さすがの俺でも、地球から何の目印もなしにピンポイントで地表に降り立つのは、ちょっとなぁ』
「そうだ! アルジャ・岩本に連絡を取ってみよう」
『ざっと見積もって、この距離だと地表からおよそ……4万キロメートルは離れてるかなぁ。まぁ、届かないねぇ』
クソが! 何の役にも立たねぇ!
「俺、あと2時間ぐらいしか息、我慢できんぞ」
『3時間近く息止めてられるって、意味わかんないよね。どういう身体してんの?』
「気合いと根性と、俺という存在そのもの。ある事情から、獣同然の生活をして身につけた」
『ははぁ……え、ちょっと待って、ゲームの中の話だよね?』
「は? ふざけんなお前。リアルに決まってんだろ」
『ちょっと何言ってるかわかんない』
「だろうな。一般の人間には理解できん話だ」
……さて、どうしたもんか。でかい……存在?
俺の頭の中で、電球に光が灯った。
「魔王!」
地球のサイズを有に越す、超々巨大な青い姿の魔王が、俺たちの前に顕現した。
「どうした、人間?」
「俺たちをアーサーたちの元に送り届けてくれ」
「容易い。我が手に乗るがいい」
よしよし! さすが俺!
上から超巨大な手に潰されたかと思うと、横転したバスの前に、俺たちは立っていた。