第183話 俺、囚われる
あの姿……間違いなくヒヒイロカネ合金の輝きだ。長い事見てきたからな。見間違えるはずもない。
「ユニークな奴だな。お前は」
「今なんと?」
「ユニークだと言ったんだ」
奴は俺の方へ躰を向け頭を下げた。
「ありがとう御座います。ママも私の事をそう言ってよく褒めてくださいました。──話が逸れました。では、この黒き城壁本気でお相手致します」
「そうか、では俺も蒸気の本当の力を見せてやろう」
俺は両手の握り拳を作り構える。
あれがヤルダバオトⅧというのなら、それでも構わん。確かにあれは最強の外格だが、決して無敵ではない。
対ヤルダバオトⅧ式戦術は遥か昔に構築済みだ。それを実践するまでよ。お誂え向きに発電機もあるしな。
「来いッ! このナルシストゴリラ!」
「私の名はゴリラズだと何度も言っている!」
「攻撃するっと見せかけて〜」
奴が俺の挑発にのって、その丸太の様な腕で地面の鉄板を叩き天高く跳躍した。
俺は瞬歩で、パルチの側まで一瞬で移動し顔面を引っ掴んで奴めがけてぶん投げる。
「フギャアアアアアアア!!」
癇癪を起こした猫の様特有の叫び声を上げながら、蒸気兵と黒き城壁が空中で激突した。
「何を!?」
「ごめんニャさいいいいい!!」
パルチをキャッチしたままゴリラは地面へ着地。着地の衝撃で、地面の鉄板がクレーター状に凹んでいる。
やはりそうか。大体今ので黒き城壁がどういったタイプなのかわかった。
「パルチ! 絶好のチャンスだ! 奴に攻撃しろ!」
「ど、どうすれば……ひッ!」
「爪を突き立てろ!」
「ほ、本当にごめんニャさいいいい!」
「グワアアアアア!!」
緑色の電流がゴリラに流れ込みそのまま倒れる。
俺は両者の近くに歩いて向かっていく。
「フフフ、効くだろう? お前の躰に張り付いているその黒い金属はな? ヒヒイロカネという希少な鉱石と別の鉱石を混ぜ合わせて錬成しヒヒイロカネ合金となる。異常に硬く如何なる斬撃、打撃、銃撃、ありとあらゆる要因をほぼ無力化するが魔法に弱くてな。まぁ魔法に弱いのは全ての外格の共通点でもあるんだが、もう一つだけヒヒイロカネ合金には幾つか弱点があってな。電気よく通すんだこれが」
ぴくりとも動かなくなったゴリラの側へ歩み寄る。
「効いただろう? 生きてるか?」
「ぁ、兄貴……」
「だから言っただろうパルチ。あの時『お前の一撃は必殺の一撃となる』ってな。まぁ、思っていたシチュエーションとは違ったけどな。これでお前が天辺だ」
「本当に……俺っちがフギャッ!?」
気がついたのか、ゴリラが再び立ち上がろうとしていた。
「やめておけ、全身の筋肉が悲鳴を上げているはずだ。この俺ですらほんの一瞬だが、気絶するレベルなんだぞ。お前に耐えられるはずがない」
「フザ……けるな……。私は王だ……。私は……私こそがこの都市の王でなくては……ママの為に……」
「あくまでも戦うと言うのか。お前を見捨てたのにか」
もうチェックメイトだな。本題に入ろう。
「ち……違う……。ママは私達を……見捨てては……」
「黒澤大五郎はお前らがグールの肉を食って飢えを凌いでいる事を知っているのか?」
「何故……貴方がママと……地下の事を知って……いるんです!?」
やはりな。グールクイーンを半殺しであそこに飼っていたのはこいつか。確かにネームドと言えど、ヤルダバオトⅧ式ならば、銃器を持たずともなぶり殺しにする位造作もない事だろう。
「何故知っているだと? そら地下に行ったからに決まっているだろう。他に何があるんだよ」
「なんという事だ……。遂にママが言っていた事が……貴方に聞きたい……事が……あります」
「何だ?」
「貴方は……転生者ではございま……せんか?」
「何? 何だと?」
「ですから……」
「それ以上口を開くんじゃあねぇ!!」
瞬間、周りの景色が黒く淀んだ。そして丸く黒い太陽の様な物体が俺の頭上に、突如として現れた。
「なん……だ? あれは」
「ニャニャニャんだあれ……」
「お前達はここから逃げろ。あいつは俺の獲物だ」
遂に来てしまった。どうする? どうすればいい? どうすれば……。
不意にこの時視線を感じた。俺は見た。遠く、闘技場の端にリンが立っていた。いや、姿はリンだがそれは彼女ではなかった。片方の手の指が8本あった。いや、右手が2本あった。イヤ、眼が5つあった。足が、耳が、口が、鼻が、彼女の全てのパーツが無限に増えていき、万華鏡を覗いている様だった。やがてそれは際限なく増えていき、まるでフラクタル構造の中に囚われた1羽の小鳥の様な感覚を覚えた。
無限の眼が俺を見ていた。無限の口が歪み笑っている様に思えた。
──理解してはいけない。感覚でそう思った。
「──ッ!?」
頭の中に何かの叫び声が響いた。
あまりの不快感に眼を閉じた。恐る恐る眼を開けると、無限の指が俺の目の前で止まっており、指の先に酷くくすんだ金色をした多面結晶体型の箱の様な物が俺の前に差し出されていた。その四角にも五角形にも球体にも見える金属の物体が俺の中へ入っていく。
『形骸されし器。確かに』
フルートの音色と共にそう声がしたかと思うと、強烈な吐き気を催し下を向き、せり上がってきた胃液を飲み込む。
顔を上げるとリンの姿をしたそれと黒い球体は消え去っていった。
「先程の……あれは一体!?」
「兄貴! 兄貴また姿消してたニャ?」
「何を言ってる?」
「あの黒い球体が……消えた瞬間、貴方も……ほんの数秒ですが……消えたのです」
「消えた……? 俺が? お前あいつに何もされなかったのか?」
「はい、貴方の姿が突然消失した後、ただ数秒漂っていただけでした」
「そうか……」
俺が消えていた? 今の体験はなんだったんだ?
「それよりも……やはり転生者……なのですね?」
「バカ野郎! それを言うな! またあの黒いのがやって──来ない!? 何故!?」
何故だ? 何故急に出てこなくなった? さっきのあれが関係しているのか。
「よし……だいぶ動ける様になったぞ。先程のあれと貴方は何か関係が?」
「あぁ、話すと長くなる」
「そうですか、まだやりますか?」
「興が削がれた。帰る」
「では、明日私のプライベートルームまでお越し下さい。迎えを寄越します」
「あぁ、わかった。パルチお前どうする?」
「お、オレっちも帰るニャ……」
「そうか、そうしろ」
俺は闘技場の出入り口の端で未だ気絶中の彼女をお姫様抱っこし、ホテルへと戻った。




