第181話 俺、言いたい事をいう
パルチに攻撃を仕掛けていた敵が、バックステップで後方に飛び距離をとった。
「ご、ごめんニャ兄貴! 効果が切れたみたいで──フギャッ!? 化け物いるニャ!」
「落ち着け俺だよ」
「兄貴!? どうしたんだニャその姿!? まるであいつみたいだニャ!!」
「大丈夫か? お前はそこでしばらく休んでろ」
再び視線を下に向けると、白い炎を纏い錆びついた鎖がたれ下がっているのがわかった。触っても全く熱さや痛みはなかった。
白い炎、右手のコアに入っているシャイニングの影響か。
敵の方へ視界を戻すとあらぬ方向に曲がり、ダラりと垂れ下がった首のまま俺を見据え、小さく唸り声を発している。
「見れば見るほど奇妙な奴だ。お前幽霊じゃなくてゾンビじゃないのか? 化け物かヒーローなのかどっちなんだ?」
まぁ両方なんだろうが……。
画面内のインジケーターには映る脈拍は、ほぼゼロを表している。
「少なくともお前躰は死体そのものだな。なのに動いている。死後硬直がとかないのか?」
敵は俺の質問を無視し向かってくる。手を振りかぶり、鋭い爪を立て飛びかかってきた。振り下ろされた手が俺の顔に届こうかというその時、俺の首に垂れ下がっていた鎖が、ひとりでに敵の首に巻き付き、そのまま地面に倒れ伏した。
「わんわんわん!」
躰の内側からケルベロスの鳴き声が聞こえる。
「ケルベロス、お前があの鎖を動かしたのか。他にできる事はあるのか?」
俺の右手が俺の意思に関係なく動き、手先の形がケルベロスの顔を生成し白い火炎を吐いた。纏わりついた輝き揺らめく炎が、その勢いを増し、ワーウルフの全身を包んでいく。しかし効果は薄いようだ。お構いなしにこちらに突っ込んでくる。
「間抜けかこいつ」
再び首輪の鎖が伸び、地面に叩きつけられ首輪を爪で断ち切ろうとしている。
最初こそ中々ユニークな奴だった。2位にしては歯ごたえが良くなかったのが残念だ。
「ぐるるる……」
「どうしたケルベロス?」
驚異は消え去ったというのにケルベロスは唸り声を上げ続けていた。
「グルアアアアア!!」
ワーウルフが低い叫び声を上げたかと思うと青い炎が空中に浮かび上がり、膨張すると狼の横顔が柄に刻印された一振りの剣が現れ、奴の足元に剣先が刺さった。
右手でそれを引き抜き、自らの首を切断する。もぎ取られた首から、首輪が地面に落ちると、左手で掴んだ頭を再び首に乗せる。
首を左右に動かし、ベストポジションに収まったのか、手を離して口から蒼い炎を吹く。
口角を上げこちらを見ている
「笑ってやがる……。舐めやがって」
「わんわん!」
両手がケルベロスの首に変わり、両方の口から火球が吐かれ着弾した。
突如として上から水が降ってきた。どうやら施設の消火装置が作動した様だ。しかし両者の吐いた青と白の炎は、降り注ぐ水を我関せずといった具合いで燃え続けている。
手応えがない。何か弱点がある筈だ。
首を切り落とした辺りから何かおかしい……。俺は奴の周りを確認する。
水浸し鉄板。燃え盛る炎。眼前のワーウルフは、空気の歪みでできる逃げ水現象で、周りは上へ伸びるかのように歪んで見えるのに対し、奴の姿がはっきりと見えた。
俺の中で何か違和感がずっと渦巻いていた剣と魔法のファンタジー世界に於いて野暮な事だと一瞬我ながら思った。
試してみるか。
「エスカ! パルチ! 奴に攻撃し続けろ!」
「ハッ! お兄様!」
「わかったニャ! ウォークライ!」
「わんわんわん!」
剣を持ったワーウルフはパルチに向かって剣を振りかぶっている。錆びついた装甲は火花こそ散るが、ダメージは一切ない様だ。
緑の爪がワーウルフの脚部に深々と突き刺さり、流れ出る電流は筋肉を痙攣させ躰を仰け反らせる。
エスカが走り出し、側面からの剣を振りかぶりレーザーブレードの切っ先が奴の背中を斬りつけ血飛沫を上げる。
俺はゆっくりと奴の元へ歩みを進め、つぶさに観察し確信を得る。
「間違いない……。こいつ背が縮んでいる。ケルベロスこいつに炎を吐いてみろ」
そもそも躰が光って心肺停止状態。そして、あの蜃気楼の一種である逃げ水現象を完全に無視したという事実。
右手のケルベロスから炎が吐かれ全身が白くなり体積がほんの少し狭まるのを目視で確認できた。
「正体見たり。ランジレイスとヒーローのニコイチ。小さな極小のウィルオーウィスプの集合体だ。こいつは一匹一匹のステは低いが、集まれば集まるほど強靭さを増す。そしてこのランジレイスは物理法則の一切を無視する特徴を持っていた筈だ。なるほどな、さながらゾンビにも見えるってのも、頷けるって訳だ」
あいつのパンチを受け止めた時、感じた密度の濃さはこれが原因とみて間違いない。言うなれば、使い終わった電池で満杯になったコンテナの様な物なのだろう。小さいものが沢山集まった物のほうがより重く感じるものだ。
「兄貴こいつどうやって倒すんだニャ!?」
「そうだな、一つずつしとめるか……魔法で吹き飛ばすかだな。後者を選びたいところだが、それをやるとこの施設ごと吹っ飛ばす事になるだろう」
「そ、そんな! オレっちには家族が!」
「そんな事は百も承知だ。だから代替案を今思いついた」
不死身だというならそれでもいい。殺すのに時間や手間がかかる。一切の現象を無視するってなら、それでも大いに結構だ。こいつを殺すという考えはそれこそ吹き飛んだ。この不死身の狼に対する最適解はこれだ。
「ケルベロス、こいつを喰ってしまえ!」
「ニャ、ニャんだってええええ!?」
「お兄様!?」
「わん!」
左手のコアに入っていたケルベロスが出てきた。そしてそのまま頭をおろし、巨大な口でワーウルフに噛みつき、頭を振り回し口を閉じて蒼い炎を吹き出して喉が動き、再び口を開けピンク色の舌を俺に見せてきた。
「よくやっ──」
労いの言葉を言おうとした瞬間、強制的に外格がパージされ、足の先っちょから頭の天辺まで一気に舌で舐められる。
「よしよし、もう流石に慣れた。ところであの……アマテラス、やっぱり犬のこと嫌いなの? それとも俺の事が嫌いなの?」
「ほんま、かんにんねぇ。犬っ子がどうってより濡れるのが苦手やさかい。ダーリンの事嫌うやなんて、お天道様が砕け散ってもあり得ない事どすえ」
いや、由緒正しき日本人としては、貴女こそ紛うことなきお天道様なんですけど。まぁいいか。つーか、やっぱよだれで濡れるのが嫌だったのね。まぁ薄々気付いてたけども。
「あっそっかぁ。しょうがないね……。 蜃気楼舐めんなよ。こちとら陽炎だぞこの野郎。これだけ言っていい? 狼よさらば!!」
フン、言いたかっただけー! あー何かあいつ見た時に思い浮かんだ言葉が言えてスッキリ気分爽快。躰はよだれでべっちょべちょだけど。
ケルベロスがサイズが小さくなり、真っ白な犬に戻ると、俺の足元にやってきてゴロンと腹を見せてきた。俺はしゃがんで腹をさすってやると、尻尾をフリフリしながら気持ちよさそうに躰をよじる。
「ういやつういやつ。ご苦労だったな、ケルベロス。腹壊すなよ」
「ハッハッ……ワフゥ」
「羨ましい……ハッ!? な、何でもありません!!」
えぇ……我が妹のお腹さするってどうなんだろう? 彼女がそれを望むならまぁやぶさかでないけども。
『に、人間……チームデス・ウィッシュのリーダーはインセクターではなく人間であった様です! こんな事は大会始まって以来、前代未聞の事態で──ハイ? あ、貴方様は! はい、どうぞ……』
『ちょっと失礼、チームデス・ウィッシュ、貴方達さえ良ければ、今すぐ私とエキシビジョンマッチをして頂きたい』
おっとゴリラからラブコールが飛んできた。
ゴリラの声が全体に響き渡る。瞬間会場中から割れんばかりの歓声が湧き上がった。
「お前等どうする?」
「私は構いませんが……」
エスカは視線を落とす。そこには目を輝かせたパルチの姿があった。
「凄いニャ! 黒き城壁の戦いが間近で見れるなんて夢みたいだニャ!」
いや、見れるどころの話じゃないんだけど、そこん所こいつは、気づいているんだろうか。
「構わねぇぜ?」
『そうですか、では──』
しばらくして向こうのエレベーターが作動し、金のタキシードを着たゴリラが現れ、ゆっくりと俺達に近づき1メートル辺りで立ち止まった。そして胸ポッケにしまってあるハンカチを取り出し、俺の方へ放った。
「貴方に決闘を申し込みます。私は女性に危害を加える趣味は持っていません。そして戦闘意欲がない者と戦う趣味もまた持ち合していません。したがって──」
「ごちゃごちゃうるせぇゴリラだな。タイマン張りてぇなら張らせてやるから、とっととかかってこいよ」
「お兄様!」
「エスカ、お前は向こうでパルチと一緒に観戦な。ケルベロス、エルが心配してるだろうからあいつの元へ行ってやれ」
「わんわん!」
寝っ転がっていたケルベロスがすくっと4本足で立ち上がると、客席にジャンプし走り去っていった。
俺は、地面に落ちたいやに汚れたハンカチを広い、徐ろに立ち上がった。




