第178話 俺、アーサーに同情する
目の前の景色がホテルの一室に変わる。
「お兄様ぁ〜」
俺は無詠唱でスリープを唱えると、目ン玉ハート状態の我が妹は目を閉じ体制を崩した。
俺は彼女を引き寄せ、お姫様抱っこをしベッドへ寝かせる。
「ハァ、危機一髪セーフ」
「兄貴〜ごめんニャ。役に立てなかったニャ」
「あ? ああ、別に……やべ、エルとアルジャ・岩本を置いてきてしまった。役に立ちたいなら仕事をやろう。悪いんだけどあいつら呼んできてくんない?」
「あの緑色のツヤツヤ髪の魔術師と、よくわからニャい黄色い帽子被ったおっさんだニャ?」
「そそ、そいつら」
「わかったニャ。じゃあ行ってくるニャ」
「おう、頼むゾー」
蒸気兵のバイザーが独りでに上がり、パルチが躰をくねらせてヌルっと外に出てきた。
そうやって出るのか……。流石獣人とはいえ猫だな。どういう関節してるんだろうか。パット見直径3センチ以下しかないぞ。
パルチが部屋から出ていった。
俺は蒸気兵のぽっかりと空いた穴に人差し指と親指を立てて手を近づける。
「ふん」
バイザーを下げて人差し指で押し倒す。
足裏を見ると思っていた通りだった。ローラーに巻き込まれた爪やら折れた歯、抜け毛やらがガッツリ挟まっている。
これではスピードなんぞ出る訳がない。
「これは……中々酷いな」
俺の思い描いてるこいつは、強靭な防御力を前提に敵に突貫。スピードで無理やり接敵し、貫き手による攻撃をひたすら繰り返す。
スピードが稼げなければ、ダメージも稼げない。貫き手で胴体を貫いて内臓に直接電気を流し込めばほぼ致命傷になるだろうし、殺せなくても電流による気絶や火傷、筋肉の緊張で敵の動きを阻害できるってのがポイントなんだがなぁ。
「まぁ、明確な原因がわかってるのが救いだな。対策自体も楽っちゃ楽か」
蒸気兵から離れ窓に移動し、ずっと口に加えていたタバコを離し窓から捨てた瞬間、扉が乱暴に開かれた。
「凄い音がしたんですけど大丈夫ですか!」
──えっ誰?
「お師匠様どうしたんですか?」
「えっアーサー? 君こそ何があったの?」
長いストレートヘアーが束ねられ三つ編みヘアーになっている。最も著しい変化は下半身だろう。革製のパンツから白のミニスカートに変更され、下着には黒いスパッツを履いているようだ。さっきからちらほらスパッツが見えている。上半身は緑色の丈が短めのルネッサンスシャツを着ている。
「この姿は……皆さんにその、もっと動きやすい格好した方がいいと言われまして……」
そら動きやすいんだろうけどさぁ。つーか、絶対寒いだろその格好。
「はーい、みなまで言わんで大丈夫。どうせリンとビーディにちょっかい出されたんだろ」
「いえ、あのこの髪型を考案したのはセリーニアです」
セリーニアって誰だっけ? あー聖女か。
3人にもみくちゃにされて否が応でもイメチェンさせれてしまったのか。
あの時の地獄が不意にフラッシュバックした。
死ぬ程同情できる〜。あの時は本当にダルかった。治外法権を行使した外国人の如く好き勝手されたからなぁ。まぁ女にとっちゃ試着室自体が治外法権みたいなもんなんだろうけど。
俺は外格をキャストオフする。
そのままアーサーに近づき肩ポンする。
「俺なんて3〜40分ずっと着せ替えさせられてさぁ。見ろよこの格好、90年代のヤンキーみたいだろ? なんで原宿系ファッションなんだよ──って言っても君には全くわかんないだろうけど、とにかく君の気持ち痛いほど俺にはわかる」
「お師匠様、僕この姿で頑張ろうと思います」
「マジでか。ちょっと待って。性自認女の子になったとかではないんだよね? 勇者ちゃんじゃなくて勇者君のままなんだよね? 今まで通りのアーサー君なんだよね」
「もちろんです!」
「了解。俺とお前で有無を言わさずイメチェンさせられちゃった連合だな。前の革ズボンとマントは?」
「ビーディさんが要らないよねって言って燃やしてしまいました」
「は? 燃やされたぁ?」
あいつほんま。よく見たらシルバリオンもなくなってるじゃん。つーかスカートの丈短すぎるだろ。マーチングバンドの出来損ないみたいになってるじゃん。
「アーサーその格好で外出ると寒いだろうから、防寒着やるよ」
俺はインベントリからマントを取り出し、アーサーへ手渡す。
「羽織ってみ?」
「ありがとう御座います!」
アーサーがマントを羽織る。大型のマントの為に全身が蒼色で染まった。
「そのマントは俺の特製だ。妖精から取れる極小の糸を何万回と束ねて作った。防寒は元より防刃、防弾仕様だからちょっとした盾代わりにもなる。ドラゴンの爪で引っ掻かれても1ミリの傷付かず、異常なほど軽く、シルクの様にしなやかで、そして母親に抱かれているかの様に暖かい。ザッと言うとそんな感じのマント」
「よろしいんですか? こんな貴重な物を」
「いいのいいの、どうせ沢山あるから」
あのマントはヤルダバオトⅧ式に巻くマフラーを作製する過程で出来上がった副産物。あいつにやったのは、俺が持つ幾多のマントの中でも最も質が抜きん出ているものだ。
「ありがとう御座います! 大切にします!」
「ちょっと部屋行こうか」
「ハイ!」
俺は部屋を出て隣室のドアを開け、ビーディに足早に近づき彼の顔面を引っ掴んで胴体を蹴っ飛ばす。躰が窓から外へと落ちていった。
『なんでいきなり躰を蹴り飛ばす必要があるんですか?』
「お前が阿呆だから」
『酷い……酷くない?』
「人様のパンツやマントを勝手に燃やすのは酷くないのか?」
『でも、あの格好の方が可愛いじゃん』
「会話のキャッチボールになってないんだが」
『だって! 男の娘なのに女の子の格好しないのはおかしいじゃん! カツカレー頼んだのに載ってたのがエビフライだったらカツカレーにならないじゃん!』
「お前俺がアーサーにやったシルバリオンはどこにやったんだよ」
『絶望的に似合わなかったから捨てた』
「ハァー際ですか」
クソでかいため息をついた後、窓に近づくビーディのホディに向かって頭をぶん投げる。直撃し再びビーディは落ちていった。
『理不尽極まりない暴力が俺を襲う!』
「隣の席に座ってカレー食ってるやつのカレーを勝手につまみ食いして、思ってたのと違うってお前の方がよっぽど理不尽だわ」
俺は踵を返し部屋から出ようとしたところリンが俺の前に立ちはだかった。
「先輩ストップ」
「んだよ」
「どうッスか? 新生アーサーきゅん死ぬ程可愛くないッスか? あれ髪結いしたのあたしなんス」
「髪型考えたのは私だボケ! 自分一人の功績みてぇな言い方しやがって!」
うっとおしいなぁ……。
「そうなんだ。すごいね! じゃ」
「いやいやいやいやそれだけ?」
「他に何を言えっていうんだよ。俺はなお前みたいに暇じゃねぇんだよ」
『アーサーきゅんは最高に可愛いよ』
「わかるッス」
いつの間にかビーディのやつが戻ってきている。面倒くさい……このアーサーラブ勢空間から一刻も早く抜け出したい。
あいつの外見と中身が可愛いのは俺だってわかってるわ。
「もういいか、マジでやらなきゃならん事が山積みなんだわ。お前等のコントに付き合ってる暇ないんだってマジで」
「じゃあ真面目な話を1つ。ここに来てからあたしの師匠達が妙にソワソワしてるんスけど、なんか近々星の並びが連なるらしいんスね。それでなんか起こるらしいッス」
「何か起こるってなんだよ。なんでそこフワッとしてるんだよ」
「いや、あたし自身はよくわかんないンすけど、一応伝えといた方が良いかなぁって。以上ッス」
「ふーん、なんの情報にもなってないけど了解」
リンが横に移動したので、俺は彼女を突っ切ってドアを開けて自分の部屋に戻った。




