第177話 俺、妖怪扱いされる
何だこの状況は。
「へぇ〜そうだったんですかぁ。学生時代に図書館内にいた野良猫とよく暇つぶしを。だから動物がすきなんですね」
「うん! 動物好きー」
「特製の紅茶如何です?」
「もらうー」
何故エルはゴリラと仲良くお喋りに興じているだ。
「わんわん! グルルルルル……」
「グルルル……」
そしてケルベロスとワーウルフが威嚇しあっている。
次の対戦相手のドラゴヒューマンは相変わらず目を瞑り、赤いソファーに腰を下ろし座っている。
龍人か。ぱっと見胸がない所を見ると性別は男性の様だ。
黒のダボついたスウェットパンツを履いている。上半身裸で武器らしき物は携帯していない。
武器など必要ないと言うことか? いや早計だな。相手に情報を与えない為に隠し持っていると考えた方が妥当か。こいつもスチームギアの使い手かもしれん。
「いいかお前等しまっていけよ」
「ハッ! 承知しておりますお兄様」
「わかったニャ」
俺達が歩を進めると、座っていた龍人が立ち上がり、ドラゴン特有の蛇の様な黄色い目に黒い瞳はある人物へ注がれたが、すぐに目線を切りそのままポータルへと向かっていった。
「なんだニャ? 今のは? エルフのねーちゃんを見ていたニャ」
「私を?」
「お前あいつと因縁でもあるのか?」
「いえ、全くの初対面です。龍人自体見たのは今回が初です」
「そうか、まぁいい。おら行けー」
俺は手を前に出し指を上下に揺らし催促する。
彼等が先に行ったのを確認し俺はエルの元に行く。
「仲いいねお前等。いいかゴリラ、エルに手出したら殺すぞ」
「私は紳士です。女性にその様な事は致しません。貴方も紅茶如何です?」
「いらん」
「ゲイン……大丈夫。このゴリラさ……んゲインと一緒で良い人」
イギリス紳士かぶれのゴリラめ。お前だけめっちゃ浮いてるんだよ。なんだそのテッカテカのスーツは。ヤクザかもしくは大昔のコメディアンかお前は。
ちょっと待って、俺と一緒ってどういう意味? 俺がゴリラだって事? いや単純に俺が女性に対しての扱い云々が一緒って事なのかも。あとやっぱ人間相手だといつもの口調なのな。色々と難儀な子だなぁ。
「ま、まぁいいや」
彼女から離れポータルに入ると景色が一瞬で闘技場へと変わる。双方とも既に戦闘が始まっていった。
パルチがドラゴヒューマンを追いかけているが、良いようにあしらわれている様だ。
「おーやってるやってる」
『ああーっとチームデス・ウィッシュのリーダーようやく登場ゥー! 今度こそ戦うのかー!』
うっせぇな。ドラゴヒューマンなんぞ彼奴等で十分なんだよ。それに蒸気兵のテストも兼ねてるから俺が戦ったら意味ないんだよ。
俺は壁のそばまで行き腰をおろし地べたにあぐらをかく。タバコを取り出し火を点け一服する。
『やはりチームデス・ウィッシュのリーダー戦わなーい! 座り込んでしまったー!』
ハイハイ。どうぞ好きに言ってくれー。
さっきから何やっとるんだパルチは。全然攻撃出来てないじゃないか。スピードも全く出ていない。避けられまくってるじゃないか。しかし相手の身のこなし中々に軽やかだな。龍人じゃなくて猿みたいだ。
「こらーパルチ、教えてやっただろうが。足を狙え足を。そこを攻撃すれば機動力を奪えるんだよ」
「兄貴ー! 何か変だニャ! 思った様に前に進まないニャ!」
何? 脚部のミニマムブースターの不調か? しかしここに来る前は特に何もなかった。ここと上の違いは……。
地面に落ちた爪や歯を摘む。
なるほど。脚部に挟まった歯や爪のせいで機動力が落ちているのか。これは要改善だな。
「パルチ、無理しなくていいぞー」
パルチが相手を追うの中断した。この場合相手の隙を伺う方へ戦略を変えた方がいい。追う事ができないのなら向こうから来るのを待つだけよ。蒸気兵の防御力も見ておかなきゃならんしな。
「兄貴ー! どうすれば良いんだニャ!」
「静かにしてりゃ良いんだよ。ヤバくなったら俺達が助けてやる」
「わ、わかったニャ!」
ドラゴヒューマンは攻撃を取り止めた所を見て、訝しげな表情を見せたが直ぐに目付きが鋭くなった。一転攻勢へ出る様だ。
徐に握りこぶしを作ったかと思うと人差し指と中指を立て、右に切り、そこから上に切った。
「土遁! 龍骸弾の術!」
「あいつ忍者なのか!?」
突如としてドラゴヒューマンの周りに岩石で出来た龍が現れ、その口から髑髏の形を模した岩の塊がパルチに向かって射出され直撃した。土埃が舞い辺りの視界が遮られる。
龍人の忍者とは……。あのスウェットパンツは忍装束の一部だったのか。上半身裸だから全く予想もしていなかった。しかし不味いなこれは。忍者の相手なぞパルチは元よりエスカにもできるか怪しい。
「パルチ大丈夫か!」
「だ、大丈夫だニャ! 痛くないニャ!」
流石に防御極振り。どうやら相手の攻撃にはびくともしていない様だ。
「空蝉の術!」
うつせみ? 聞き慣れん言葉だ。
「何かするつもりだ! パルチ防御を固めろ! クソ、失態だ! 好き嫌いせず忍術も学んでおくべきだった!」
「空蝉言うんは多分影分身の術と合の子みたいなものやったかと思いますぅ」
「知ってるのかアマテラス!」
「かなわんわぁ、伊達に日本神話にでてくる女神の名前背負ってまへん」
「なるほど……んッ!」
鼻先がピリつく様な感覚。龍忍者め、有ろうことか俺に狙いを定めたか。殺気を隠そうともしないとは、忍者の癖に直情的だな。俺が相手しても意味ないんだがなぁ。
そんな事を考えていると真っ直ぐ龍忍者が俺の方へ向かってきた。龍忍者の手には忍者刀がいつの間にか握られていた。俺は振りかぶってきたその刀の刃を人差し指と中指で挟む。
「な、何ぃ!?」
「お主まだまだ修行が足らぬぞ」
「くっ! 黙れ単眼の妖怪め!」
「誰が妖怪だぁ!」
こいつの声……近くで見るとだいぶ幼い印象を受ける。まだ子供か?
「零影といいその孫娘といい忍者ってのは全国行脚でもしてるのか?」
「何故貴様が頭領と姫の事を知っている!? 姫に手を出す輩は拙者が許さん!」
えーやだー。この反応バリバリあのじーさんの関係者じゃーん。どうしようこれー。殺すと絶対面倒くさい事になりそう。しかも青春真っ盛りの少年じゃーん。零影の孫娘を意識しまくりじゃーん。アゼルバイジャーン。俺は子供と女は殴らないって決めてるんだよ〜。
「おい、休戦といかないか?」
「ふざけるな! 拙者は誇り高き夜形衆の忍び! 姫を護る力を得んが為、戦いを途中でやめる等言語道断!」
「えーでもさっきから全然刀動いてないけどー。──っていうか夜形衆ってチーム名? ギルド名? だったんだねー。知らんかったわ」
「減らず口め! 指を離せ!」
「もうちょっとお喋りしようよー。君に俄然興味があってさー。ん?」
風切り音が聞こえ、俺は龍忍者を軽く押す。俺と龍忍者の間に剣の刃が割って入ってきた。
「お兄様大丈夫ですか!? おのれ! お兄様から離れるがいい!!」
「どないしょこれ。エスカさんストップ!」
「ハッ! ハッ!? な何故ですか!?」
「何故ですかってお前──」
ちょっと待って。何故に龍忍者までエスカの方見て固まってんの。
龍忍者はエスカのある一点を見つめつつ固まっていた。
まさか。
その時俺の頭に電球が灯った。
俺はインビジブルを起動し、立ち上がりエスカの後ろまで歩いていく。
俺の考えが正しければあの忍者くんを殺さず、おまけに弱みを握る事が可能になる。この無血開城を達成するには、ただ己の矜持を曲げなければならんのが問題だが。
仕方ない。これは不可抗力だ。どうしてもやらなければならん。
「あのさ、シリアス全開で戦ってる所を悪いんだけど脇の間に手入れていい?」
「私の脇の間にですか? もちろんですお兄様!」
「では、失礼して」
俺はエスカの脇に手を入れ、それとなく彼女の大胸筋を揺らす。
彼女の豊満なバストが大胸筋の動きにつられ大きく上下に波打っている筈だ。
彼女の後ろから首を傾げ、様子を伺うと先程まで止まっていた忍者君は目を血走りながら、その動きをガン見している様だ。
間違いない。彼は……アルジャ・岩本と同類のおっぱい星人だ。しかもむっつりすけべだけど平静を装うタイプだ。神社の裏手に捨ててあるエロ本を『俺が捨てとくよ』と言いながら家に持ち帰る系男子と見た。
「お、お兄様ぁ」
「ハッ!? いかん!! ごめんね!? 急に変な事ちゃって!!」
「い、いえ、いいんです」
肩で息してるし、汗かいてる。触りすぎたか。
「あのさ、度々悪いんだけど耳貸してくれる?」
「は、はいぃお兄様ぁ」
だいぶ声とろけてるけど大丈夫……だよな?
俺はエスカの耳元でささやいた。
汗だくのエスカが頷くと固まった忍者くんの元まで歩いてき、その胸の間に彼の顔面をうずめる。
そして忍者くんが小さく痙攣したかと思うと大量の鼻血を吹いてぶっ倒れた。
『まさかの序列3位大量出血の為、戦闘続行不可ー! 勝者チームデス・ウィッシュだー!』
ふぅ~、何とか作戦通りに行ってくれてよかったぁって思う訳。エスカの胸に圧殺されてしまって無血開城とはいかなかったが、あの忍者くんがおっぱい星人でほんと助かった。アルジャ・岩本の言うとおり、おっぱいは正義である。Q.E.D。証明終了。
「エスカ、ご苦労さ──」
「お兄しゃま〜」
あかん。目ン玉ハートモードになってる。
「なんてこと! こんな所で大乱交スマッシュブ○ザーズは本当にだめだから! 我慢して!」
俺は瞬歩でパルチの所まで瞬時に移動し小脇に抱え、再び瞬時を連続で起動させ元の位置ヘと戻る。
「兄貴! ずっとガードしてたら急に敵が消えたニャ!」
「あぁそうよかったね!」
「も、もうダ──」
「ハイ、帰りまーす! サヨナラ!!」
俺はエスカの手を右手で握り、ホテルヘワープした。
ホテルヘ戻ったあと、色々大変だったのは言うまでもない。




