第175話 俺、黒猫に対策を講じる
「お兄様……大丈夫ですか?」
「ん? あぁすまん。ちょっと昔の事を思い出していた。じゃあ勢いに乗ってこのままてっぺんまで行っちゃう?」
「私は構いませんが……」
エスカの目線を追うと躰中から汗を滝の様に流す黒猫の姿があった。
まだビビリ散らしてんのか。
「パルチ」
「――ヒギャッ!」
俺の声に過剰反応を起こし全身の毛が逆立つあいつを見て、どんどん俺のやる気が削がれていく。
「戦うのがそんなに嫌か?」
「痛いのは嫌だニャ……死ぬのはもっと嫌だニャ」
「ハァ〜」
仕方ない。エルとケルベロスじゃなくてマシュマロか。あいつ等を置いていく事になるが撤退するか。
「良くやったアインディーネ、ご苦労」
両腕から液体が飛び出し、女性の姿を形成すると俺に頭を垂れてただの液体となって地面を濡らした。
パルチはあの光景を見て小刻みに震えている様だ。
駄目だなこいつ真性のビビリだ。これはもうどうにもならん。新しく対策を講じる必要があるな。
痛いのが嫌なら要因を取り除いてやればいい。
「一時撤退しまーす」
『おーっと、チームデス・ウィッシュまたもや一時撤退を選択したーッ!』
俺はパルチの左手で拾い上げインベントリを開き、金の杖を取り出す。
「あ、兄貴?」
「全く世話の焼けるチェシャ猫だなお前は。エスカ、俺の肩に手を置け」
「ハイ」
彼女の手が俺の肩触れたのを確認し杖を突き立てる。
景色が一瞬で切り替わりホテルの止まっている室内に立っていた。
「ちょっとゲイン君!」
「んだよ」
「危ないじゃないか! ワープ系の魔法を使う時は事前に連絡をおくれよ! もし重なったら分子レベルで融合しちゃう場合があるんだぞ!」
「あぁ、今度から――ちょっと待てワープってそんな危険な魔法だったのかよ」
「そうだよ全く!」
「次から気をつける」
俺はパルチをベッドに放り投げる。
「その黒猫連れてきたのか」
「アルジャ・岩本頼みがあるんだがこいつに専用のアーマーを作ってやってくれ」
「彼に外格を? それは不可能だよ。彼はフルメタラーじゃないだろ?」
「俺はアーマーを作れと言ってんだよ。外格じゃない。ただのパワードスーツでいい。AIもパッシブスキルも非搭載でいい」
「コンセプトはいいとして動力はどうやって確保するんだい? ただの甲冑じゃ駄目なのか?」
「せっかく作るのならパワードスーツにするべきだ。動力になる元手ならある」
俺はインベントリから金の歯車を取り出し、人差し指を輪に入れてクルクルと回転させる。
「その歯車が動力になるのかい?」
「パルチ見せてやれ」
「わ、わかったにゃ」
パルチの躰が蒸気に包まれ収まると手足の爪がナイフの形状に変化し緑色に光りスパークする。
「その電気を動力にするって事か。見る分には中々に高電圧に見える。作ってみないとなんとも言えないが、動力としては申し分ないだろう」
「この歯車そのものを媒体にする。では頼む。コンセプトは防御極振り、鈍足さをカバーする為にローラダッシュ用のローラーを両足、あと背部と脚部にミニマムブースターを付けてくれ」
「防御極振り……というとヒヒイロカネを使うと言うこと?」
「いやそれは勿体ない。ルレイブ鉱石の特性である接触反発の作用を利用する事で、擬似的なダイレクトリアクティブ機能を発生させる事ができる。これで半自動的に攻撃をガードする事が可能になる。ただし物理的な攻撃にしか機能しないけどな。こいつには十分だろ」
「なるほど。確かにそちらの方がいいかもね。デザインはどうする?」
「前後左右が見れればそれで良い。あぁ、アーマー内にショックアブソーバー付けといてくれるか」
「良いよ。じゃあデザインとカラーリングはデフォルト、動作原理は魔力ではなく電力のみ?」
「緊急時に自動的に魔力に切り替わるスイッチング回路を入れといてくれ。こいつの電圧が弱かったり、電力ではどうにもならん場合詰む可能性がある」
「なるほど、他には?」
「緊急脱出用の強制パージ機能も入れといたほうがいいかもな。あとはぶっつけ本番で行けるところまでって感じだ」
アルジャ・岩本が俺の顔を見て笑いかけた。
「何人の顔見て笑ってんだよ」
「いや、ゲイン君って意外と面倒見が良いんだなって」
「るせぇ、とにかく頼んだぞ」
「良いよ、じゃあさっそく設計図作るから座って待っててくれるかい。あっデザインなんだけど僕好みにしても?」
「作るのはお前だ。デザインに関してはどうぞご勝手に」
「よっしゃ俄然やる気がでてきた! 黒猫君ちょっとこっち来て」
アルジャ・岩本は布団で震えているパルチを手招きしパルチはおっかなびっくり彼の元へやってきた。
アルジャ岩本はインベントリからデジタルノギスを取り出し、鼻歌を歌いながら身体中の長さ太さ高さを測りだした。
ひとしきりノギスに搭載されたディスプレイ確認した後に薄戻りの板を召喚、ペンで数字を書き出した。
そして彼は幾つかの鉱石と金属製の板を4枚取り出し、両手の人差し指、中指、親指をくっつけて一気に離すとラップトップサイズのキーボードが現れキーを叩き始めた。
「デザインは〜スチームパンクで〜ペイントはウェザリング入れて〜内部にショックアブソーバーを配置〜脚部にローラーとミニマム背部にもミニマム〜、最後に回路と操作用のユーザーインターフェースと強制脳内学習用のデバイス付けてハイ終わり!」
ニヤ付いているアルジャ・岩本がキーボードをむちゃくちゃ乱暴に叩く音が響いた。するとパルチの周りに小さなウインドウが現れては消えていき、金属性の板が形を替えて彼に張り付き、パルチの躰が鉄塊へと変わっていく。
「ニャ……ニャんだあああ!?」
「ゲイン君、彼の背中にその歯車のはめてみてくれ」
俺は錆び付いた鉄塊となったパルチを持ち上げてうつ伏せにする。
首の後ろ辺りに歯車と同じ形状の穴の様な物が見てとれる。俺はそのまま穴に金の歯車を入れるとぴったりとはまり、ひとりで回転を始め全身から白い蒸気を上げ始めた。
「う……うわ……フギャアアア!!」
パルチが叫び声を上げたと同時に蒸気が収まり、目の前には錆び付いたブリキのおもちゃの兵士を思わせる物体が立っていた。
両肩から背中に向って車のチタンマフラーの様な形状をした鉄製のノズルが出ており、先端はヒートグラデーションによる青く輝く焼き付きが成され白い煙を発している。バイザーは猫のそれであり、両手は5つの長細い隙間が空いている。
胸部にはまるでロボットのコアを思わせるコイル状の物体が緑色に淡い光を放ち、脚部にはローラーがかかとの部分に付いている。
「こ、これがオレっち?」
「素晴らしい! これぞスチームパンク! 見たまえこのウェザリングによってつけた錆の数々! 背部にコア替わりの歯車を守護する為に永久防御機関を搭載! 胸部のランニングアクチュエーターは全身の生体電気の伝導率を底上げする! これによってコンデイションを最高の状態に保つ事ができる! 名付けてスチームアーマード・ギアだ! スチームパンク万歳!」
「あのさぁ……俺イワナかった? 普通のパワードスーツで良いって!」
「えーでも僕の好きにしていいって言ったじゃないか」
「デザインだけの話だっただルルォ!?」
「君に頼まれたものは全て入れてあるから大丈夫だって〜」
「ったくよー」
俺はアルジャ・岩本の方を向いたまま、パルチに向って鉄拳を放つ。何か当たった手応えを感じ、前に向き直ると俺のパンチは10本の電気を纏った刃に阻まれていた。
「痛くない……怖くないニャ」
手を引っ込めると刃も引っ込んだ。
俺は立ち上がりドアへ近づく。
「兄貴……」
「なにボサッとしてんだよ。てっぺん取りに行くぞ。お前等」
「ハイ、お兄様! 不肖ながらお供致します!」
「オレっち頑張るニャ! 今度こそ戦うニャ!」
俺達はホテルから出てバトルフィールド向かうのだった




