第174話 俺、過去を思い出す
「あの……教えたいのはやまやまなのですが……」
渋っているな。当然か。せっかく自分で開発した虎の子だ。師弟関係であってもわざわざ敵に塩を贈る様な真似はしたくないだろう。
俺にはその辺のこだわりは特にないから教えて欲しいと言われたら教えてやるが、俺とアーサーは明らかにタイプが違うからな。
それに……あの技がどういったものなのか大体の原理は理解している。
勇者というジョブの特殊性、あいつが使っている剣とのシナジー効果による所が大きいとみているが、恐らく俺ではあそこまで速い斬撃は出せないだろうな。
「じょーだんだよ、冗談。アーサーこの後どうすんの?」
「今日教えてもらったことを頭の中で復習したいのでホテルに戻ります! ありがとう御座いました!」
ほんとこの子まじめだなぁ。良い子が過ぎる。将来変な詐欺に引っかかるタイプだな。まぁこいつに変な虫が付いたらビーディにでも任せれば良いか。あいつアーサーの事気に入ってるみたいだし。
「おし頑張れよ! それと開発した技には技名を付けとけ」
「技名……ハイ! じゃ、僕達はホテルに戻ります!」
そう言ってアーサーはずぶ濡れの聖女と気絶しているリンを一人で抱きかかえ、この場から去っていった。
しかしあいつも自分で努力してるんだな。俺にもあったな。懐かしい。
昔はよくソロサバイバルゲームと称して仲間に自分が持っているほぼ全てのアイテムとギルドそのものを預けて森の中で獣同然の生活したり、マグマに浸かった後で氷漬けになってセルフ極限状態になったりとあらゆる状況に対応できるよう俺も切磋琢磨したものだ。
ギルメンから散々頭がおかしいと言われたが、すぐ側にマジキチであるビーディがいたから気にも留めなかった。
☆☆☆
ここで俺の記憶は過去へと舞い戻る。鋼戦記で上位時代、無我夢中でランキングバトルで最上位に食い込む為に駆けずり回ってた頃。
俺は新人と町中にある喫茶店のテラス席で向かい合っていた。
目の前にいるのは最近入ったヒーローの攻内戦場さんだ。朱雀モチーフの綺羅びやかな全身真っ赤な戦隊モノのリーダーめいたデザインが非常にクール。そんな彼を俺はチャットで呼び出ししていた。
「何ですかリーダー? 僕に頼みたい事って?」
「攻内戦場さん。ちょっと頼みがあるんすけど。俺のアイテム全部預かって欲しい」
「ハァ!? いきなり何言い出してるんですか」
「そっか、攻内戦場さん知らないんか。俺半年に一度アイテム全部預けてほぼバニラ状態になってこの中でサバイバルゲームすんの」
「それに……一体なんの意味が?」
「ここだけの話ね。バグだよバグ」
「バグって……よくわかんないですけど死んだらロストしちゃうんですよね?」
「まぁそういう仕様だし。大丈夫だよ。死なねーから。ここまで登りつめるとさ、もうゲームのモンスターじゃ楽しめないんだよ。あと残ってる処理対象と言えば1つしかないじゃん」
功内戦場さんは右手で少し頭を掻いて、すぐに右手を戻した。
「まさか……プレイヤー!?」
「はいご名答。強いプレイヤーをある方法で始末すればそれだけ早くランキングの数値稼げるんだよ。このバグ知ってた? ハイリスクハイリターンの限界バトルが楽しめるしランキングスコアも稼げる。まさに一石二鳥」
「アイテムはどうするんです!?」
「んなもん、1人処理すれば手に入るじゃん」
「苦手な武器だったら!?」
「俺は既存の武器は全部熟練度カンストさせてあるから大丈夫大丈夫ヘーキヘーキ。とりあえずいつも通りクレビル熱帯雨林でやるって皆に伝えといて。1日したらコール送るわって誰でもいいからギルメンに伝えといてくれる? あっ速攻で終わったらチャットで呼び出すかも」
「く……狂ってる」
「これ伝えると皆そう言うんだよな。笑ってたのビーディだけだった。それにこれ必要な事だからさ。じゃ頼んだ」
俺はほぼ全てのアイテムを1つのボックスにまとめ、彼に手渡す。
彼にタッチすると白いボックスが彼の手に吸収されていった。
「ほ、本気なんですね……」
「まぁね、最後に面白いこと教えとく。ハガセンのアンチスレでパート700超えの奴あるんだけどそのスレで話題になってる亡霊って俺の事だったりする」
「もう話に付いていく自信ないっす……」
「じゃ、あとは頼んだ。怖いならルームに俺の荷物置いとけばいいよ」
「それで良いんですか!?」
「うん」
彼は速攻で鍵を取り出し、扉が現れると中へと入っていった。
普段着のチュニックと革製のズボンに素足、インベントリには超高周波ナイフとファストトラベルの杖の2つだけが入っている。
インベントリからさっそく杖を取り出し地面に突き立てる。
すると、景色が一変し熱帯雨林のど真ん中に俺はいた。
俺は木に登り超感覚を起動させ聴力を拡張させる。
鳥類の鳴き声、風に揺れる木の葉の音に混ざって歩行音をキャッチ。
人数からして3人か。
発生してる音の大きさからロボットなし。
この熱帯雨林はかなり特殊なフィールドであり最大で3人しか侵入できず、ロボットは極端に機動力が落ちるという特性がある。
そしてこのフィールドで取れるモンスターのドロップアイテムは最強の鉱物であるヒヒイロカネの加工に必要不可欠なのだ。
全ジョブで装備の最終工程で必要になる為、この森は廃人にとっては無視できないホットスポット。
俺にとっては最高の狩場なのだ。
「さぁ始めっかソロゲームを」
俺はチュニックとズボンを脱ぎボクサーパンツ1丁になる。インベントリからナイフを取り出し口に加え、木々を乗り移り森を往くパーティを見つけた。戦士、ヒーロー、ヒーラーの3人だ。
戦士とヒーラーは比較的オーソドックスな出で立ち。金のフェイスガードに青を基調とした服を着ている。ヒーラーは白ローブにルナティックスタッフという紫の禍々しい色をした杖を持っているのを確認した。
最も注目するのはヒーローの見た目だ。どれ程の強者なのか大体予想でき、強くなれば強くなる程スーツの派手さに拍車がかかるからだ。
歩いているヒーローは猛々しい黄金のライオンの頭が胸に付いている。あれはレオシリーズと呼称されるヒーロー専用のスーツで、件のヒーローはその最上位の姿をしていた。
レベルからいって5桁といったところか。いい塩梅だ。
ちなみに仕様上は最大69桁までレベルキャプがあるらしい。
流石の俺でも無量大数までレベル上げはやらんな。
俺は歯で挟んだナイフを右手に持ち、真上に来るまで呼吸を完全に停めてタイミングを見計らう。
幾多の訓練により俺は最大で4時間息を止めていられる。ハガセン内で水中息止め大会があったら間違いなくぶっちぎりで優勝できる自負がある。
そんなくだらない事を心の中で誇っているとターゲットが真上に来た。
俺は木から落下しナイフを戦士の首の後ろに深々と突き刺し、倒れる前に肩に左手を乗せ、力を込めてヒーローに向って飛びかかるがあちらもご多忙にもれず超感覚を使用している。
そんな事は百も承知。俺はナイフの柄を逆手持ちし思い切り握りこむと刀身が分身しているかの様に錯覚する程振動し、超感覚で異常に拡張されたヒーローの鼓膜は一瞬で破れ前かがみになる。その隙を逃さず秒間数億回という振動で熱を持った刃先がバターを切るかのように安々と脳天から背骨に向って切り裂き、手を離し最後に残ったヒーラーの首を掴みそのまま首の骨をへし折る。
ゴキリという鈍い音が聞こえ手を離すと立っているのは俺だけであった。
「1秒か2秒といった所か。しかしレベル5桁以上のプレイヤーをバニラの状態なおかつ所持アイテム3つ以下で殺す度に異常な値のランキングスコアが手に入るバグがあるとはな」
このバグを知っているのは当時俺だけであった。
件のバグを知ったきっかけは全くの偶然だった。なんとなくバニラのまま丁度アイテムを部屋に置いて来てしまっていた状態でプレイヤーキラーと邂逅し返り討ちにしたら異常な値のスコアを手に入れたのだ。
この時俺はソロで過疎ロビーにいたのでこの出来事を知るものは誰一人いない。
ヲチスレや晒しスレの情報や怨嗟の書き込みは俺にとってはこのバグを独占できているという一種の証しの様な物になっていた。
ハガセンではイースターエッグや隠された仕様がごまんとある。
これも恐らくその類いの物なのだろうと自己完結していた。
ちなみにこのあとゲームを終え服を回収した後、チャットで彼を呼び出してルームを開けてもらい事無きを得たのは言うまでもない。
このソロサバイバルゲームを半年に一度やり続け2位と圧倒的大差をつける。かくして俺は鋼戦記に於いて自他共に認める全一プレイヤーとなったのだった。




