165話 俺、バカ話する
俺達3人はホテルから出る。俺は人差し指と親指を引っ付けてから離し、半透明のボードを眼前に表示される。アクセサリーの文字をタップし、赤い四角のボックスが現れた。俺はその中から馬の顔面を模した被りものを取り出す。ゴムでできたそれを見たアルジャ・岩本は顔をしかめたが、黄色いライトが付いたヘルメットを外したのでそのまま被せる。
「ゴム臭ッ」
「我慢しろ。この中じゃ、お前は目立つ」
「しょうがないなぁ」
アルジャ・岩本はウマジャ・岩本ヘ進化した。
「そういえば聞きたかったんだけどさ。君はプロト・ゼロに会ったんだよね?」
「プロト・ゼロ?」
「ラプラスの魔が搭載された外格さ」
「あぁ、あのお花野郎か。そういえばあいつ自体には見覚えがあった」
「なんだって? それはあり得ないよ」
「いやあれは確か……俺のパーティメンバーが運営してたリークサイトで見たんだ。モデリングデータだけだがな」
「リークサイトか。中々小賢しい事するじゃないか」
「あのカブトガニみたいな見た目はかなりインパクトあったからな」
「あの外格は……他の外格とは一線を画するからね」
先を歩いていたアルジャ・岩本が立ち止まりこちらに向き直った。
「あの外格のAIには、絶滅主義者だった犯罪者の脳が使われているんだ……」
「何?」
「いい機会だから今から話す事は鋼戦記がどうやって生まれたか。それを掻い摘んで話してあげよう。フルで話すと恐らく君では理解できないだろうからね」
それは彼がまだプログラマーとして名を馳せるずっと前の事、とある男から兵器製造に於ける仲介役を頼まれたというのもだ。当時食い扶持を得る為、そして名を売る為にその仕事を二つ返事で了承し、1通のデータメールが送られてきたという。そのデータにはリアルボディを介し電脳で動かす為の強化外骨格、そしてそれを補佐する為の疑似人格プログラムが記載されていた。メールの最後には黒澤大五郎の名が書かれていたという。
「黒澤大五郎だと? で、人格プログラムと強化外骨格のデータはどうなったんだ?」
「後日、黒澤大五郎から直接アポがあってね、このプログラムを完成させたら次の仕事を頼みたいって言われて、それが鋼戦記の開発に繋がったんだ」
「ちょ、ちょっと待て、じゃあ何か? 鋼戦記の裏にはあの超弩級大企業の黒澤工業がパトロンに付いてたっていうのか?」
「ご明察、意外と賢いじゃないか。そのデータを極秘で開発中だったゲームに例のデータを流用、改修、発展させたのがフルメタラーだ」
スケールがでか過ぎて一瞬立ちくらみしそうになったが、そう言われると腑に落ちる。鋼戦記はあまりにも膨大なフィールド、やりこみ要素、今までのゲームを根底からひっくり返したゲームのキングオブキングス。赤ん坊の離乳食から空母まで作ってしまう黒澤工業なら作ろうと思えば作れるだろう。
「ふーん、まぁぶっちゃけ鋼戦記のパトロンが黒澤工業のインパクト強すぎて、今ではよくわからんサイコパス脳みそが云々とかどうでも良くなっちゃったわ。これで最後にするわ。あのカブトガニがそのデータの元ネタだとして、俺であいつに勝てるのか?」
「そこは……未知数だね。勝てるかどうかはプレイヤー次第だ」
「それだけ聞けるならもういいや。俺は最強だからな。あんな左右非対称のニコイチゴミカス植物カブトガニなんか余裕だわ。俺はあの群雄割拠渦めく中で全一を守り抜いた男やぞ」
「ちなみにプロト・ゼロの元ネタはカブトガニじゃなくてダイオウグソクムシとアノマロカリスだよ。プロト・ゼロってのは使われてた脳の名前ね」
「あの甲殻虫みたいな見た目はどう見ても堅気じゃねぇわな、ところで弱点ある?」
「実は仕様書のまま作っただけだから覚えてない。あの時代僕はかなり荒んでいたから、恐らくなにかしらの不具合やバグが発生している可能性は十分にある。プロト・ゼロは僕にとっても過去の汚点と言える存在だ。だから僕はゲイン君に協力は惜しまないよ」
「サンクス。あのさ長々と会話のキャッチボールやっといてなんだけど、とりあえずこっち向いて喋ろや」
俺はずっとエスカの方をガン見している彼の頭をこっちに向ける。
「痛ッ! 首の骨が鳴っちゃいけない音なったよ! だってもう、上下左右にブリンブリン揺れてるから」
見たいという気持ちはわかる。実にわかる。俺も男だからな。
彼女の方を尻目で見ると、軽快な足取りで否が応でも胸が重力の作用によって振り子運動を続けている。そんな彼女の瞳は爛々と輝いている様に見えた。
「ま、まぁあいつよくわからんがモチベーション爆上げ状態になってくれてよかったよ」
「君知らないの? 彼女はあの超でかいおっぱいにコンプレックスを抱いていたんだよ」
コンプレックスを抱いていた? 何だその話は?
寝耳に水とはこの事だ。
「ちょっと待てよ、何でお前が俺の知らない情報を知ってるんだよ?」
「そりゃあ温泉の時にがっつり聞いてたからね」
そうか、あの時に女風呂の会話を盗み聞きしていたのか。大きすぎる胸が彼女にとっての大きなトラウマとなり、それが自身の心の持ちように陰りをもたらしていた。と、こういう事か。
しかし、わからん。なぜあれで彼女がそのトラウマを払拭できたのか。
「本人に聞けば容易いが、流石に聞くわけにもいかんしな」
触らぬ神に祟りなし。彼女がやる気を取り戻してくれたのであれば、何も言うまい。
ただ1つ、全世界の女性と子づくりしろってのはどうにか考え直して頂きたい。
「おい、アルジャ・岩本」
「なんだい?」
「あとでコブラツイスト10秒コースな」
「何で急にプロレス技掛けられなきゃいけないの? イヤだよ!」
「じゃあ、ウラカン・ラナ・インペルディダとフライングヘッドシザーズ」
「聞いたことすらないけど、どうせプロレス技だろ!? イヤだよ! 僕の躰は致命傷や即死に対してはオーグメンテーションで即時無痛化と自己再生できるけど、普通の痛みは通るんだから!」
「いやどすぅ」
「訛り方間違うてます。嫌どす。こう言うんどすえ」
「嫌どす」
「流石どすダーリン」
脳裏に浮かぶ金髪の髪を揺らし紅白の巫女衣装の袖から指を出しパチパチと手を鳴らすアマテラスに気恥ずかしさを感じながら歩いていたら、いつの間にかポータルの前に到着していたので俺達は浮いている石に触れ地下へと向かうのだった。




