164話 俺、陽炎をアップデートしてもらう
俺はタバコに火をつけ口に加える。肺内に空気を貯め、ため息混じりの煙を吐く。俺の沈んだ気持ちと裏腹に煙は上空へと上がっていき消えてゆく。
後ろを向くとこの部屋にいる殆どの面々は既に起きている。エスカとエルの肌のテカり具合いから見て、俺は自己嫌悪になった。
外は相変わらず実際に朝なのかは不明ではあるが、まぁ朝と仮定して、実に気持ちが沈む。エスカが先程からずっとヒンズースクワットを繰り返している。
彼女と目があった。彼女に小さく手を上げると、ニコニコした笑顔で俺に応えてくれる。
なんという晴れやかな笑顔だろうか。あの騒動から俺が起きてエスカが開口一番に「お兄様、聞いてください! 私は遂に自らのトラウマを乗り越える事ができました!」と言ってきたのだ。俺には何のことだかさっぱりだった。唯一明確なのは昨日のあれが淫夢ではなく事実だと言うことだけだった。
俺の中のモーゼは彼女の谷間という海に飲まれそのまま溺死したのだ。
昨日のことは10回絞られた時点で記憶が曖昧だ、むせかえる程の雌臭と強烈な汗の残り香が部屋に未だ染み付いている。この事から察するに、俺はヤッてしまったのだろう。後ろでひたすら犬に抱きついて、かわいいを壊れたAIの様に連呼しているダウナー系魔術師とも。
「ハァ〜自己嫌悪で死にそうだ」
「ゲインくん、おはよ〜」
横を見るとアルジャ・岩本がいつの間にか側に来ていた。
「僕もあんな風にでっかいおっぱいに挟まれ――」
俺は呑気に開かれた口に親指と人差し指を突っ込み、舌を引っ張る。
「舌引き千切って犬に食わせてやろうか?」
「ひょーらん、ひょーらんれふ」
口から指を抜いて、唾液で濡れた指をクリーンで綺麗にする。
「――冗談はさておき、ゲインくん! 君が寝ている間に陽炎のアップデートを済ませておいたよ」
「アップデート? 調整って話じゃなかったか?」
「どうせ君の事だから暴露を恐れておっかなびっくり戦っていたんだろう。そこで内部のウイルスを自己増殖するナノマシンへ全て変更しておいてあげたよ。あ、感染した後の症状進行スピード、感染した場合の症状はそのままだけど、これなら問題ないだろう」
「結局激ヤバなままじゃねーか!」
「全然違うよー。前と違って優秀だよ?」
「どういう事だよ?」
「内部のナノマシンをある程度操作と感染させる対象を選択できる様にしておいた。もうウイルスじゃないから不特定多数に感染したりしないよ。ちなみに有効射程距離は3メートルだ」
「ある程度って何の位だよ。それに対象が選べるって具体的にはどうやって選択するんだよ」
「それは自分で試すんだね。あとサービスとしてはブラックボックス化された要素を全て開放しておいたから、好きに使ってくれ。着装状態でもタバコが吸えちゃうぞ」
「マジか!? それは最高だ! もう待ちきれないよ! 早く見せてくれ」
「では、早速お披露目といこう」
部屋の真ん中に魔法陣が発生し、その中から真っ赤なバイオアーマー陽炎が現れた。
「どうだい! これぞバイオアーマー陽炎⊿だ」
「おお!」
前の陽炎とは細部が異なっていた。まずフェイス部分が全く違い、歯茎と白い歯が露出している。それ腹の真ん中に白いコアの様な丸い球体が露出している。1番違うのは両腕に備えられていた膜に護られた培養液の色だろうか。黄色から緑色に変わっている。
「口が露出した事でますますスピーシーなデザインに拍車がかかったな。まさか!」
「ご明察、この状態であれば直接口からタバコを吸うことができる」
「素晴らしい。それでこのコアはなんだ?」
「その露出したコアは、破壊すると培養液を体内に強制吸収させ、両腕に備えられたカプセルを空にするものだ」
「なるほど、この状態であれば白兵戦ができるんだな」
「それだけではないよ。その空になったカプセルに他の物を入れれば、その能力を媒体にして攻撃が可能になる」
「どういう意味?」
「例えばそうだね、右のカプセルの中に炎を入れれば、右手が炎そのものを媒体にするから、謂わば炎のパンチや攻撃が可能になる。まぁざっとこんな所だろうか。あっちなみにだけど破壊したコアは時間経過で元に戻るよ」
ほー、これはまた随分と汎用性高くなったな。入れられる物ならどんなものでも良いのか?
「最後に1ついいか?」
「なんだい?」
「媒体にできるのは炎だけなのか?」
「いや? 何でもイケるよ」
「何でもって?」
「言葉通りだけど?」
「仮に人間を押し込めたらどうなる?」
「人間を媒体にした腕ができる」
「お前も大概やべーやつだよな」
「いや〜照れるな〜。もっと褒めてくれていいんだよ! 僕は褒めて伸びるタイプだから」
「よくやってくれた。褒めてつかわす」
俺はマッドサイエンティストによって生まれ変わった陽炎⊿をしげしげと観察する。
「もうダーリン恥ずかしいさかい、じろじろ見ーひんどぉくれやす」
「あっこいつは失礼。というわけで行くか。エスカ行くぞ」
「ハイ、お兄様! トラウマが消えた今! 私にはお兄様への愛の力で騎士道を邁進する所存です!」
この娘の心境に一体何があったのか、もうお兄ちゃんには全くわかりませんよ。○イズリで自信取り戻すってどういう事? でも、元気になってくれてよかったぁって思うわけ。
「そういえばゲイン君」
「何だ? 君だけ寝ちゃったから夜ご飯は下げちゃったよ。朝ご飯だけ食べていきなよ」
「あぁ、そうだな」
俺は地べたにおいてあるトレイの所まで行き、あぐらをかき蓋を開けると、肉の焼ける匂いが蒸気と共に立ち込める。
サイコロ状にカットされたミディアムレアの肉が皿の上に載っかている。
口に運び噛むと肉汁が口の中に広がる。
「マジで飯は美味いな。これ何の肉だ?」
「お兄様、あの爪の長い彼に聞いたところ、肉食獣の肉と言っていました」
「肉食獣?」
おかしい。肉食獣の肉にしては臭みが全くない。何より旨すぎる。肉食獣でこの味は出せないだろ。本当にそうなのか?
「俺は夜食食わずに寝たんだが、夜食はなんだったんだ?」
「はい、鳥類獣の肉だとおっしゃっていました」
「ふーん」
そもそもこの食事は誰がどうやってここまで運んでいる? そしてこの異常な旨さ、調理は誰が行なっているんだ?
「ま、いいか。しかし本当にガチで美味いな」
俺は残りを一気に平らげる。立ち上がり、外格の方を直視し目を見開くと、バイオアーマー陽炎⊿が俺に次々吸い付く様にして着装されていき、眼前にユーザーインターフェースが表示される。
「よっしゃ、じゃあ行くかお前ら」
「はい、お兄様」
「ハイハーイ」
俺は部屋からでると誰かに手を掴まれた為、見ると死ぬほど眠そうな顔をしたアーサーがそこにいた。
目にクマ出来てんじゃんこの子。
「お師匠様……話を……」
「スリープ」
俺は倒れかけたアーサーを抱えお姫様抱っこし、そのまま俺のベッドに寝かせて布団を掛けてやる。
「まさかずっと起きてたのか? お前一体アーサーに何を吹き込んだんだよ」
直立不動のロボットの目が一瞬光が灯る。
『呼んだ?』
「アーサーに何を吹き込んだんだよ!」
『別に? アーサー君がけんちゃんの過去を知りたいって言ったから伝えただけ』
「何ぃ? どうせあることないこと適当な話をふっかけたんだろ」
『さぁ、どうでしょう?』
「変な黒いのでなかったか?」
『良いや? 別に?』
適当にはぐらかすとあいつは現れないのか? そういやじゃじゃ馬聖女に桃太郎パロって伝えた時も別に何もなかったな。
不確定要素が多すぎてわからん。恐らくそうなんだろう。つーか、アーサーもなんでずっと起きてんだよ。いい子なんだけど、極端なんだよなー。
「アーサーが起きたらなんか食わせてやれ」
『オッケィ、アーサー君寝顔見て時間潰してる』
「アーサーに変な事すんなよ」
『しないよ』
「帰ってきたらアーサーに聞くからな。エルもケルベロスと仲良くな」
「ハーイ! ヨシヨシ〜」
「今度こそイクゾー!」
俺は2人を連れて古巣に舞い戻る為、ホテルから出るのだった。




