第144話 俺、エスカと共にホスゲンとお話する
「お兄様……? お兄様!!」
エスカは俺を見るなり走りだし、思いっきり抱きついてきた。
「お兄様!! よかった!! 突然居なくなったと聞いて生きた心地がしませんでした!! すごく……すごく心配したんです!!」
「そ、そうか。悪かったな。ちょっとあの……」
エスカの溢れんばかりの笑顔が眩しい。しかし顔は鼻水と涙でぐしゃぐしゃだった。
俺はインベントリから白いハンカチをとりだし、彼女の顔を傷つけない様に慎重に拭いてやる。
「よし……」
「あのお兄様! そのハンカチどうするんですか?」
「え? これはインベントリに戻せば勝手に綺麗になるから――」
「あ、あああのよろしければ私に頂けませんか!?」
「これ? でもお前の涙やらなんやらで濡れてるし――」
「構いません! いえ、むしろそのままがいいです!」
「アッハイ、どうぞ……」
そうして俺からハンカチを受け取ると、心底嬉しそうな表情を浮かべ、胸の谷間に挟んだ。
そこにしまうのか……。
「一生大切にします……」
ただのハンカチなんだが……良いのか? なんかすげぇ喜んでるしいいのか。
「おい、私を無視するな。黒エルフよく来たな」
彼女は俺から少し離れ、声のする方向へ向き直った。
「お前は……ここはどこだ?」
「私はエルフの里の長だ。やはりそうか。匂いでわかる。おい黒エルフ」
「なんだ?」
「የቅርብጊዜውንየአየርሁኔታትንበያ?」
ホスゲンがなんとも奇っ怪な言語でエスカに向かって喋りだした。
何故かエスカは目を見開き驚いている様な素振りを見せる。
「የሚበሉትንጉዳይነው」
えっ待って。何でお前も喋れるの?
「ይጠቀሙምግብጠዋት?」
「ሳስሶሺእባክዎየቅርብጊዜውን!」
何やらよくわからんがニュアンスから言ってエスカに質問をしている様だ。
「ጊዜውንእባክዎ」
「አየርዛሬእንዴትአረከሰነው!」
「ちょあのすんませーん! お二方俺のわかる言葉で喋ってもらえませんか!? つーか何? エスカお前バいつ覚えたん!? びっくりなんですけど!?」
「今のはエルフ語。既に失われた言語。喋れる者はそうはおりません。我が神。流石は神の妹君でございます」
「いいか! お兄様はお兄様であって、神ではない!」
おぉいいゾ。我が妹よ。よくわかっているじゃないか。
「もちろん、お兄様自体を神と崇めるのは私も賛成だ! だが、呼ぶならお兄様とするべきだ!」
えっなんだって? 今凄い不穏なワードが聞こえた気がしたんだけど。
「あ、あのちょっと?」
「よし、ではこれからお兄様と呼ぶ事にしよう」
「その通りだ。素晴らしいぞ」
「いやーあのそのままで結構です。もう神でいいですハイ」
冗談じゃないぞ全く。
妹エルフはエスカだけで十分だ。
つーか何の話してんだよこの2人。
「そうでございますか? ではこれまで通り神と呼ばせていただきます。時に黒エルフ。お前まだ妊娠の兆候がないようだが、お前自身はどうだ?」
「特に感じる事はない」
「ふむ……そうか」
彼女は寝そべっていたベットから降りてエスカに近づき、胸を揉みだした。
「な、何をする!? ちょッ――!」
「しかしデカイ乳だな。片方で私の頭2つ分よりあるぞ?」
「や、やめっ――揉みしだくなぁ!」
ひとしきりエスカの胸を揉んだあと彼女は手を離した。
「なるほど、まだまだといったところか。いいか黒エルフ、もし子を産める躰となった場合ある変化が起きる。覚悟しておけよ」
「その変化とはなんだ?」
「時が来れば自ずとわかる。子供ができたら顔を見せにこい。尻も大きいからさぞかし沢山産めるだろう」
「お兄様との子供……」
「お前は稀に見る幸運な黒エルフだ。その身で純愛を享受できる者など1億年程生きてはいるが聞いた試しがない。お前は奇跡そのものと言っていい」
体質が体質だからなぁ。大体想像がつく。
「聞きたい事がある」
「なんでしょうか神よ」
「何故ダークエルフが里に1人もいないんだ?」
「ダークエルフは絶滅種なのです」
「なッ!?」
エスカも俺と同じか。
彼女にとっては寝耳に水だったのか、相当驚いているようだ。
「やはりそうか」
「悪しき風習の名残りです。黒エルフは淡麗な容姿、労働力としての筋力。そして強大な性慾を持っております。ただ――」
「非処女のダークエルフは生きた暗器になる」
「その通りです。ダークエルフというのは人間達が恐怖と戒めの為に作った蔑称なのです。ですが今となってはただの種族名になりました。恐怖の対象がいなくなったのですから風化するのは当然と言えます」
いつの間にか目を閉じていたエスカが、目をゆっくりと開き俺に向き直った。
「お兄様、皆心配しています。戻りましょう」
「あぁ、良いけどな。大丈夫か」
「私はお兄様の妹です。それ以上でも以下でもありません。たとえ私の他にダークエルフがいなくなっても寂しくはありません」
「そうか……」
「黒エルフ、こちらを向け」
「なんだ?」
彼女がエスカに顔を近づけると俺にしたフレンチ・キスをかました。
「――ッ!?」
「中々だったぞ」
「なにをする!?」
「怒るな。私にとっては同姓と口づけなど日常茶飯事だぞ。餞別代わりだ。我が神、里の出入りは少々特殊ですので私の元に来てください。里の中は安全ですのでごゆるりと」
そう言って彼女は再びベットへ戻り寝そべりフルーツを食べ始めた。
「お兄様、私はお兄様の妹で幸せです」
「俺もお前が妹で良かったよ」
不意に画面上にビーディのサムネイルが表示された。
着信? なんだ何かトラブったのか?
「ちょっと友達の様子を見ておきたい」
「友達? お兄様の?」
「ああ」
『けんちゃん! 凄いよこれぇ! 早く来なよ!』
俺はエスカを伴い、ハイエンドエルフの元を後にしようと彼女の住処から出ると、聞き慣れた音が里中に響き渡たった。
「お兄様今の音は!?」
「銃声だ」
エルフの里にアンチマテリアルライフルの銃声が木霊するのだった。




