第129話 俺、儀式を伝授する
気絶したリンを肩に抱え、アーサー達のともとへ歩み寄る。
「あのさぁ……結局何があったわけ?」
「最初は普通だったんだけどあいつが急に師匠達がどうのこうのとか言い出して、苦しみ出したと思ったら顔面のハートから紫の炎と溶岩が吹き出てきて、あの姿になった瞬間、周りにいた参加者が燃えだしたのよ」
「うーん……もうアーサーきゅん。だめッスよそんな……ニヘヘ」
「こいつ殴り殺して良いか?」
「抑えろ。その気持ちは良くわかる。抑えろ」
しかめっ面でメイスを握りる彼女をなだめていると、アーサーとパルチが近づいてきた。
「すごいにゃ兄貴! 兄貴ならてっぺん取るのなんて訳ないにゃ!」
「お師匠様、この猫さんはあの時の――」
「あぁ、うん。ちょっとな。とりま、ホテルに戻るぞ。考えなきゃならん事たくさんあるんだ。意味わからんトラブル起こすなよな」
「は? 私に言うんじゃねーよ。知るかボケぶっ殺すぞ」
「あーハイハイ。ところでアーサー10人抜きだって? お前中々ぁやるじゃないか」
「そ、そうですか!? ありがとうございます! 僕がんばります!」
「よし、アーサー! 俺が仲間達と良くやってたハイタッチをやろう!」
「ハイタッチってなんですか?」
「なんつーのか、士気を高める為の儀式? いや激励? まぁ深く考えずやったぜ的な意味だ。まず握り拳を作る」
「ハイ、わかりました」
「そして互いの握り拳同士をゆっくりぶつけるんだ。んでこの時少しスローモーに『うい~』とか『イエ〜』と発音しながら言うのがポイント。よしやるぞ。うい~」
俺が握り拳をゆっくりアーサーに近づけ、アーサーが『う、うい~』と言い俺の拳とぶつかった。
「こ、こんな感じでよかったでしょうか……」
「上出来上出来。ほんとはもっと長いんだけど、始めてだしこれでおっけ。いやー懐かしい。良くダチとこれやってたんだよな〜」
「友達……ですか?」
「そうそう」
「と、友達……エヘヘ。僕より一層がんばります!」
「よし、景気づけにもう1回――」
《おーっとぉ! 突如エントリーしてきた真紅のインセクターが、紫の炎の化身を倒したぞー? あのインセクターは何者なのかぁ? そして、炎の化身はどうなったのかぁ? まさに風雲急を告げる波乱の展開! 実況は私モルデアンがお伝えしておりまぁす!》
うわ、うぜー。
早めに撤収しよ。
「おい、やっぱやめだ。もうホテルに戻るぞ」
「ええ、そうね」
「兄貴、受付で登録済ませて帰るにゃ」
「そういうシステムなのか? わかった」
「選手の入場口から受付にいけますよ」
アーサーが指差す先には血だらけの鉄製の門がせり上がっているのが目に入る。
中に見えるあれは昇降機か? 記憶には魔動式のエレベーターがあったはずだが……。いかんせん当時の記憶とどうしても混同させてしまう。
「さ、行きましょう」
彼等の後についていき昇降機のレバーをアーサーが引くと、扉が閉まり蒸気が上の方で音を鳴らしながらもうもうと白い煙を噴出させる。上空はあっという間に白い蒸気に覆われ何も見えなくなった。
「で、いつ動くんだこれ?」
「もうついてるにゃ」
「え?」
パルチが扉を開けるとエントランスホールにでていた。上を再び見上げると蒸気は消え去り、錆だらけの天井が見える。
「なるほどねぇ」
「兄貴こっちだにゃ!」
先に出たパルチの後を追い、眼前に現れたのは霞んだ文字でshopと大きく書かれた窓口に、キリンの獣人がモシャモシャと口を動かしているというシュールな光景。
受付って、ショップってガッツリ書いてあるんだが。
あぁそうか。獣人には英語が読めないんだな。
「あの登録したいんだけど」
「グランドパレスに参加? アンタと誰と誰?」
「俺とこの黒猫で登録を頼む」
「無理。2人じゃ足りない。あと1人呼んできて」
「は?」
「あぁ、兄貴ごめん! つい忘れてたにゃ! ソロかスリーマンセルじゃにゃいと参加できにゃいんだった!」
「え? そうなの?」
「じゃ、アーサー俺と組もうぜ」
そういうと聖女が俺の隣に無理やり割り込んできた。
「ざけんな。アー君は既に私と組んでんだよ!」
「あー、そうか。そういやそうだったな」
うーん、どうしようかな。……あっそうだ。あれをまず消化させるか。別に今すぐ参加しなきゃならん理由とかないし。
「やっぱやめるわ」
「え、でも兄貴――」
「今はな。とりあえずやりたい事あるし、それ終わってからやるわ」
「参加取りやめ? じゃ、人数揃ったらまたどうぞ」
俺は変わり果てた懐かしのたまり場を後にし、なんてことない雑談を交えながらホテルへと舞い戻る。
ホテルのドアを開け、エントランスへ入る。バーの方を見ると先程いたゴリラはもう居ないようだ。
階段を上がり部屋へと入り、ベッドへ担いでたリンを降ろしそのままそばに座る。
アルジャ岩本がこめかみを人差し指で突っつくのが目に入った為、シークレットチャットを開設、すぐに彼が入室してきた。
『やぁお帰り。長かったね』
『まぁな。ちょっと色々見てきたところだ。この地下にシークレットベースが放置されてて、リンが炎のモンスターに変身してたのを止めてきた』
『ごめん、ちょっと情報量が多い』
『だろうな』
『シークレットベースってヒーローのサーバーにあるやつ?』
『ああ、J20って書いてあったのも確認済み』
『えーそうなんだ』
『なぁ、今ふと思ったんだけど俺達ってマジで転生したのか? 実は脳みそだけプラグに繋がれて、液体の中にプカプカと浮いてるんじゃ』
『良くあるSFホラーみたいな展開を期待してるところ悪いけど、現実だって断言できるよ。前にも言ったけど僕達のエミュレータじゃ、匂いの再現をしようとすると光学式コンピューターが1000基位必要になる。それ位匂いの再現ってのは難しいんだ。で、今はもうないけどステーキの肉の強烈な香り、あれを再現しようとするだけで鋼戦記のサーバーが何機か吹っ飛ぶよ。だからここは紛れもない現実だよ』
『じゃあ、基地があるのはどう説明する?』
『魔王がこの世界を作る際、僕の意見をふんだんに盛り込んだからね。そりゃシークレットベースの1つや2つあってもおかしくないんじゃない』
なるほどな。筋は通っている。
「じゃあ、こいつを見てくれ。どう思う?」
俺はインベントリにしまい込んだロボットのアームをチャットに貼っつけた。
蒼く光沢を残すアームが3Dのデータとして瞬時に描写される。
このアームはこの都市の武器屋で手に淹れたものだ。ようやく確認する事ができそうだ。
アームは一定のリズムを保ち赤く発光している。
『時より赤く発光していると言うことは、エマージェンシーモードだね。正直僕より君のほうが詳しいだろう』
『あぁ、エマージェンシーモードって事は何らかの理由により、身動きが取れない。もしくは死にかけてるって事だ』
ハガセンに於けるロボットというジョブは他の職業と全く異なる仕様となっている。まず第1にRPGにおいて最も大切な要素であるHPとMPが存在せず、食事によるバフも受ける事ができない。頭、胴体、両手、両足に個別にライフが設定されており、削り切ると同時に予めセットされた武器に換装される。戦士や魔術師が使う剣や杖は装備する事が出来ず、ライフルやレーザーソードといったロボット専用の重火器や近接武器のみ装備する事が出来る。
これらにはオーバーヒートや残弾等の制約が存在し、逐一管理する必要がある。ゲインが使っているパワードギアも元はロボットにのみ与えられた武器である。
ロボットを破壊するには躰のどこかに埋められたコアを破壊する死を迎える事が出来る。逆を言えばコアと装備された武器を破壊されなければ、重火器による制圧率とコアによる生存率の高さはノーマルの全職業中最高という特徴を持つ。
閑話休題。
『逆探できるか?』
『僕を誰だと思ってんの? 余裕だよ。このアームのセンサー感度を強制的に上げれば本体の感度も上がるから、あとはその周波数を辿ればいい」
「おぉ、流石天才プログラマー! やってくれ」
「うん良いよ。しかし、このアーム側面は綺麗だけど指の塗装だけいやに剥げてるね。何かやってたのかな」
「ちょ、ちょっと待てよ……。その塗装の剥げ方……まさか」
アームを自分に向け、自分の右手を握り拳にして、塗装が剥げた所とくっつける。
『か、完璧に合致した!? ゲイン君これって!?』
『あぁ、このアームは俺のダチのものだ……』
俺のギルド仲間がこの異世界に来ている。
俺は強制的にチャットを切り上げた。
◆◆◆
とある一室にドワーフ達が一堂に会していた。皆高名なドワーフである。酒を飲みつつ、交わされる会議がいつもと様子が違っていた。皆固唾を呑んである一点に集中している。
「親分こいつは……」
親分と言われた両手の中指がないドワーフは目の前に直立する甲冑の真ん中を押すと、いたる所から蒸気が噴出し、内部に搭載された銃弾やレーザーの射出口の丸いガラス状の物体を目にし、顔を引きつらせた。
「人型魔導兵器……」
その言葉を聞き、周りのドワーフ達が騒ぎ出す。
「静かにしろ! ボルモデルザ、こいつをどこで手に入れた?」
ボルモデルザと呼ばれたドワーフが一歩前にでる。
「へ、へぇこいつは俺の店に来やした黒髪の男が置いてったんでさ。見たこともない機構が採用されてたんで、俺にはさっぱりで親分に報告をと……」
「店に置いてっただぁ? これは1大陸を軽々と制圧出来る代物だぞ? それを置いてったっていうのか?」
「へぇ、何でも好きにいじってくれていいってんで。どうやら不調らしくて原因究明を依頼されたんでさ」
「なるほど。お前等よく聞け! この人型魔導兵器の持ち主を俺の元へ連れてこい! 連れてきた奴には一生飲んでも飲みきれん程の酒樽をやると約束しよう!」
「「「おおおおおおおお!!〜」」」
ドワーフの谷の小さく広い部屋の中、ジョッキグラスが揺れる程の歓喜の雄叫びが谷中に響き渡った。




