第127話 俺、黒猫を助ける
部屋の中へ入り周りを確認する。
ベッドに敷かれたシーツに特に乱れはみられない。
次にテーブルに置かれた蓋を上げると、3つの皿があった。どの皿も薄い黄色の肉の油が付着しているのが確認できた。
俺達が買い物から帰ってきて既に4時間が経過している。
「何かしらのトラブルに巻きこまれたか、それか女特有のクソ長いショッピングか……。しかし会うことなく行き違いになったのをみると、別の道を行った訳か。……どっちにしろ探し出す必要があるな。アマテラス、チェイサーモード起動」
「ええで。ちょい待って」
画面上に3人の足跡が移し出された。
「6つも要らん。アーサーの足跡のみに絞れ」
4つの足跡が画面から消去されアーサーのみになった。足跡は部屋を出て出口へと続いている。
俺は部屋を出て、階段から1階の出入り口を見ると足跡は外へと続いていた。
階段を降りエントランスに着く。
「もし、すいません。ちょっとよろしいですか?」
声に釣られ左を向くと、バーに座る身なりのいいゴリラが手招きしていた。首に金のネックレスをし、シルバー色の派手なタキシードの様な服を着ている。
「貴方ですよ。躰が真っ赤な人」
「何だ? 俺は今忙しいんだが?」
「例の3人を探しているのでしょう?」
俺はゴリラの隣に行き、テーブルに置かれた酒をグラス片手に飲むこいつの顔を覗き込んだ。
「何故俺が人探しをしているとわかった?」
「金の髪をした少女に言付けを頼まれました。彼女等は恐らく地下闘技場グランドパレスにいます。それに貴方が部屋に入る所を見ておりましたので」
「地下闘技場? 何故そんな所に?」
「いえね、随分と荒れてましたので気分転換に教えて差し上げたのです。この都市で娯楽は少ないのでね」
「そっか、ありがとゴリラ君」
話を切り上げ、テーブルから手を離そうとした瞬間、ゴリラの右手が俺の手を万力のような力でテーブルに抑えつける。
「ちょっとお待ち下さい。ここからが重要なのです」
「んだよクッソ! なんつーバカ力だ」
「この都市は3層に別れておりまして、今私達がいるのが第2階層となっております。地下の第1階層ヘ降りるには専用の移動装置があるのですが、動かす為には特殊な金貨が必要なのです」
「金貨? 金ならあるぞ」
「大陸全土に流通した共通通貨ではなく、この都市のみで流通している金貨でなければなりません」
「それはどこで手に入るんだ?」
「道具屋で売っております」
「そっか、じゃあ――」
「1枚14億6000万ローゼスという値段で」
「14億!? ぼったくりやろこれ!」
「お金を払うのが嫌ならばとっておきの手段がございます。他人から奪う事です」
「他人から奪うだぁ?」
「この世は弱肉強食です。特にこの都市ではそういった風習が芽生えております。弱き者は強き者に頭を垂れる。これぞ美学です」
「じゃあ、今からお前から奪っても良いわけか」
「勿論。と言いたいところですが、今私はスチームコインを所持しておりません。彼女に差し上げてしまいましから。礼儀正しく実に可憐な女性でした。貴方とは月とスッポンですね」
「彼女……」
「黄金の髪色をした女性です。言付けを私に頼んだも彼女です。紳士として女性からの頼みを無下にするなど私には出来よう筈がございません」
「金色の髪色をした女性?」
思い当たる節が1人しかないんだが。
「あっそう。長々と説明ありがとな」
「いえいえ、とんでもない。頑張ってくださいね。金の髪をした女性に私がよろしく言っていたとお伝え下さい。名はゴリラズと言います」
「あーオッケオッケ。言っとくよ」
俺は押さえつけられた手を無理やりゴリラの右手から救い出すと、ホテルを出て足跡を辿る。
しばらく辿っていると奇妙な事態になった。足跡が壁の途中でブッツリと切れてしまった。
「壁の中にいる」
「流石にそら変ちゃう?」
「だよなぁ? でも足跡は間違いなく続いているぞ。あっそういやパルチがなんか言ってたなアマテラス、音声ログからパルチのデータを再生してくれ」
「ええで」
画面上にアイコン音声のバー現れ、再生ボタンが押され音声が流れ出す。
『この都市は――生きてるんだにゃ!』
なるほど、やはりダンジョンの様に構造が変わっていく様だ。
「――となると俺だけで歩き回るのは問題だな。よし、もう十分だろう。正直この壁をぶっ壊して無理やり進んでも良いんだが、蒸気が漏れ出して問題になるってのもなんか嫌だし、こんな事もあろうかと採取しておいたあいつのデータを使うか」
「アマテラスDNAデータを参照、パルチの元へ即時ワープ開始」
「準備ええでぇ」
頭上に黄緑色の魔法陣が現れ、画面が一気に切り替わった。
「返すにゃ! 俺っちのコイン!」
「あぁ!? うるせぇこのちび!」
「うげッ!?」
パルチがサイ獣人の鼻先にある角で腹部を突かれ、空中に舞い上がり頭から着地した。
「やりましたねぇバゴルさん!」
「おうよ! こんなちび、スチームアームズを使うまでもねぇや」
「流石ッス! 強いッス!」
バゴルと呼ばれた重装鎧を着たサイがパルチの腰に付けた麻袋を毟り取り、袋をゆらし落ちてきたコインを左手に乗せ数を数えているようだ。
「ひい、ふう、みいなんだぁ? たった3つばかりか。貰っといてやるよ。チビ猫」
「ヒュー……か、かえ……ヒュー……俺っちのゴハァッ!」
パルチは口から大量の血を吐き出し、うずくまりながらも彼は右手を手を伸ばす。
相手の3人はパルチを無視し、笑いを上げながら彼から去ろうとしている。
俺はインベントリからアサルトライフルを取り出し、静かに構え、スコープを覗き込み、トリガーに指を添える。黒いアサルトライフルが血管の様なものが這い出し、紅く生物的なものへと変態していく。
「バレットチェンジ、炸裂拡散弾」
サイの後頭部に向けて銃弾を発射、野ざらしの頭が破裂し、内部から発生した極小のベアリング弾が両隣にいた仲間のペリカンとロバはその餌食となり、蓮の種が埋まった花托の様に穴だらけになったはずだ。3名は同時に地面ヘ突っ伏した。
処理を確認できた俺は銃をインベントリにしまい、賊の麻袋とパルチの金貨を袋の中に入れ、パルチの元へ駆け寄る。
「わしが清めてやるからのう」
「あ……にき……ま、まだ死んでないにゃ……」
「治してやるって意味だよ。肺をやられたか。大丈夫だ。今治療てやる」
俺はすぐさまエクストラヒールで全快させた。
「また兄貴の世話ににゃっちゃったにゃ。俺っち弱いからすぐこうやって取られちゃうんだにゃ……」
「強くなきゃいいだろうが。それにスチーム・アームズはどうした」
「あるけど……俺っちが使ったところでしれてるにゃ」
「んなもんやってみなきゃわからんだろうが。やりもせず悲観するのはアホのする事だぞ。いいか、やり込みってのは決して裏切らないんだよ。どんなに滑稽でも極めればそれは技になるんだよ。覚えとけ」
「極めれば……技に……。ところで兄貴どうしてこんなところに?」
「あぁ、そうだ。お前に聞きたい事があったんだ。地下闘技場の行き方知ってるか?」
「グランドパレスに? それなら――」
彼の指差す先にあったもの。それは料金メーター付きのポータルだった。




