第121話 俺、黒猫に会う
目の前にそびえ立つのはただの鉄製の壁だ。周りを見渡しても入口の様なものはない。
「入口はどこだ?」
壁を触ってみると冷たく硬い感触を覚えた。
「鉄だな。間違いなくここだ。入口がないってのはどういう了見だ?」
『ダーリン上から何か降りてきますえ』
上を見ると赤い目が先に付いたプラグの様な物体が降りてきて俺の目の前で静止した。
「何だこいつは?」
「こいつはたまげた。この豪雪を突っ切ってここまで来たのか? しかも昆虫族と亜人と人間とは。ちょっと待ってくれ。今開ける」
インセクト? 俺の事か? 虫ってよりどっちかつーとエイリアンタイプなんだが。
俺がそんな事を思っていると壁の一部が煙の様に消え去り蒸気がもうもうと立ち込める入口が現れた。
一旦バスの前まで戻ると皆既に外で待機していた。
「白鷹ご苦労」
『御用の際はまたお呼び下さい』
白鷹のバスの車体が崩れていき、白い歯車だけになった。歯車を拾い上げ左手で握り、右手で腿の辺りを叩く。出てきたケースを取り出し蓋を開け、左手で握っていた歯車をケースの中へと戻し蓋を閉めぽっかり開いた腿の中へと戻す。
「よっしゃ、じゃあ行こうか」
皆がゾロゾロと歩きだす。
「お兄様!」
「え、何?」
後ろの方からエスカの気持ち上ずった声が聞こえ、振り向くと両手を堅く握りしめ、仁王立ちする彼女の姿があった。
「私用事を思い出しました! ここで待たせていただきます!」
は? 何言ってんのこの子?
待つって雪は確かにやんだが、現在の気温は10度以下だ。俺は例外だが皆肩を震わせている。ましてやあいつは今現在ビキニアーマーを着込んでおり、さながら自殺志願者の様な状況にある。
「たぶん、凍死すると思うんですけど」
「大丈夫です! ダークエルフは寒さに強いのでこの位でしたら3日位保ちます!」
「あのね、俺は君の冷凍された姿なんて見たくありません。とっととこっちに来い」
「い、いや……その私は大丈夫です!」
「駄目だ。皆で入るんだ。何だ急にそんな事級に言い出して」
エスカは右手での人差し指をピンと立て建築物を指さした。
「わ、私は熱いのが苦手なんです! あんなの見るからに熱そうじゃあないですか!」
「そんなの入って見ないとわかんないだろ!」
「で、でも……嫌なんです!」
ダークエルフは確かに火が弱点属性の1つではある。それがトラウマにでもなっているのだろうか? しかしあいつは風呂にはちゃんと入っている筈だ。つまりこのトラウマは克服できるという事。
「じゃあ、どうすれば入ってくれるんだ?」
「一緒に……一緒に入りたいです!」
どういう意味? 同時に街の中入りたいって事? まぁ良いか。
「そんな事ならどうぞ」
俺は手を差し出す。エスカが小走りで近づいて来たかと思うと覆いかぶさるかのようにして抱きついてきた。
「え? ちょ、ちょっと!? 思ってたのとだいぶ違う形になったんですけど!?」
「入口だけで良いのでお願いします! こうやると勇気が湧いてくるんです!」
「少年漫画の主人公かお前は!」
「お願いします! 入口だけで良いですから!」
エスカに抱きつかれたまま歩を進め、俺達は蒸気で煙たい入口をくぐる。
小さく震える彼女の背中を軽く擦る。
「エスカさ〜ん終わりましたよ〜」
「え、!? すいませんつい!」
エスカは俺の肩にまわしていた両手と腰辺りにまわしていた両足を離した。
「別段熱くなったぞ。ただの煙って感じ」
「そ、そうなんですか!? ハッ!? 私はお兄様になんて情けない姿を見せてしまったんだ! これでは騎士失格!」
「だ、大丈夫だよ。別に気にしてねぇから。つーか他の奴らはどこに――ッ!?」
向こうでアーサー達が黒い毛皮の猫獣人と対峙している。問題なのは猫獣人の手に奇妙なナイフが握られておりエルが人質になっている事だ。
「な、何やってんだあいつら!? おいゴラァ! チェシャ猫野郎! 俺の仲間を離せ!」
俺は瞬歩を使用しアーサー達の前に躍り出る。
二足歩行で立っている黒猫だ。それ以上でもそれ以下でもない。服は来ておらず、革製の茶色いズボンのみを着用している様だ。
「お、お前がリーダーかにゃ!? あ、有り金置いていくにゃ! ささ、さもにゃーとブスリと行くにゃ!」
「白昼堂々俺の仲間を人質に取るとはいい度胸してやがんな。おー? コラ? エルからナイフを退けろ。その方が懸命だぞ?」
「う、うるさいにゃ! インセクトの癖に毛なしの仲間する奴が命令するにゃ!」
「誰がハゲだコラァ!」
「毛なし……っていうのは獣人が人間に使う蔑称の事」
猫獣人に人質に取られているエルが呑気にも喋りだす。
「べ……どっちにしろバカにしてんじゃねぇか! 俺がワンダーランドに連れっててやろうか!?」
「だ、黙るにゃ! もう容赦しないにゃ! スチームアームド・オン! 【ゼウスの鑓】」
猫獣人がそう叫ぶと持っている紫鈍く光る刃のナイフの柄に付いている小さな歯車が回転し柄から蒸気が発生。奴の体を覆い尽くしナイフが消え去ると同時に躰を覆っていた霧が晴れると、姿が変わっていた。
「んだそりゃあ……。まるでヒーローじゃねぇか」
両手の爪が長くさっき見たナイフの刃の様な形になっており、紫電が発生し毛が逆だっている。
「もがき苦しんで死ぬがいいにゃ!」
そう言って猫獣人はエルに回していた右手を彼女の腹部に突き立てた、5枚の刃が彼女のローブに深々と入っていく。
「あーあ、やっちゃった。だから離せって言ったのに」
猫獣人はカタカタと震えるながらエルの腹部に突き刺さった手を抜く。
「フギャアアアアア??! アベベべべ?!ガヴェヴェヴェ!!!」
そう言って猫獣人は煙を吹きながら仰向けにぶっ倒れた。
エルはローブを両手で払うと俺達の元へ何食わぬ顔して戻ってきた。
「災難だったな。大丈夫か?」
「ん……大丈夫」
「か弱い女の子を人質に取るなんて不届き者ッスよ! 悪ッスよ悪!」
「よし、とりあえずホテルでも探すか! 一度落ち着こう」
「あれさっきのすごいかっこよかったねー。歯車が回ってさー、煙がブシューって出たの! やっぱスチームパンクは最高だなー!」
「くっせーな。何の臭いだよ」
各々がやいのやいの言っている中、アーサーがゆっくり手を上げる。
「あ、あのぉ……た、助けた方が良いと思うんですが……」
「えーだって黒猫だよ? 不幸の前兆かもしれん」
「それでもその……退っ引きならない事情があるやもしれませんし、お師匠様お願いします……」
目を潤ませながら両手を握り、俺に懇願してくる。こいつの眼を見ていると吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「わ、わかったよ! 助けりゃ良いんだろ」
既にさっきの様な毛の逆立ちも爪の状態も普通に戻っている。
腹部にある5つの刺し傷から血が滴り落ち、小便を漏らし時より紫の電流が髭を伝い、軽く痙攣しているアホの側に行き手を翳す。
「ハァ、エクストラヒール」
緑色の光がアホの躰に灯ると傷が消え去りすぐに目を覚ました。上体をすぐにお越し自分の傷を確認している様だ。
「き、傷が……」
「あーなおったんだ。よかったね。じゃ、さいなら」
「待って、待ってほしいにゃ!」
「んだよ、とっととどっか行けよ」
「おみゃーさん達ここは初めてだにゃ? 俺っちは生まれてこの方ずっとここにいるにゃ! 地理には自信があるにゃ!」
「いや、そういうの良いんで」
「おみゃーさんはここの事何もわかってないにゃ! 確実に迷うにゃ! この都市はただ煙臭いだけの都市じゃないにゃ!」
「何かあんのか?」
「この都市は――生きてるんだにゃ!」
「都市が生きてる?」
俺の目を真っ直ぐ見つめた黒猫は力強く頷いた。




