第106話 俺、食らう
俺はインベントリから懐中時計を取り出し、デジダル表示の時刻を見る。
あれから1時間と32分か。幾億とあるからなぁ。
やっぱ一緒に行くべきだったかなぁ。
「お?」
軽く後悔していると宝物庫の扉がゆっくりと開き始め、タートルと共にセリーニアが戻ってきた。
気に入ったのか、とても満足げな表情で俺の前で立ち止まった。
「すごいわね。あんなに沢山の装備や衣服はじめて見たわ」
「そりゃあどうもね。それが気にったのか」
「えぇ、他にも幾つかいい感じのがあったけどこれにしたわ」
彼女が選んだ服装、それは漆黒のゴシックロリータ・ファッションであった。
左右非対称のフリルのロングスカートに黒一色のニーソックスを着用。
服には白いドクロが印刷されており、両手のアームウォーマーには銀色の細い鎖の様なものが巻かれている。
あの服はたしかハロウィンのイベントで配布された女性ヒーラー向けのローブである。
あのローブを着ると専用の強力なスキルが使用可能になるが、非常に限定的なデメリットが発生するため使われることは稀である。
件のスキルを使用すると背中にある変化が現れるのだが、
その変化というのが否応なしに極めて下品な単語のタトゥーが刻まれるというものであり、一度でも使用すると24時間浮き続けるという仕様も相まって
ネタ防具として語り継がれている。
なお、所謂やメタラーと言われる人種には比較的好意を持って向かいられた。
閑話休題。
「ほんとにそれでいいんだな?」
「えぇ、このデザイン気に入ったわ。ちょっと左の膝と背中が寒いけど。白から黒へ、新しい私にふさわしいでしょ」
「ハハァ……」
彼女は俺の横を突っ切って階段の方へと向かう。
「では、私も宝物庫の管理へ戻らせていただきます」
「ご苦労」
俺が労いの言葉をかけるとタートルは一礼し宝物庫の中へと戻っていった。
「じゃ、私戻るわ」
「おい、ちょっと待て」
「何よ」
「両手の人差し指と小指を立てて、他の指をたたんだ状態でそのまま両腕をクロスさせてみろ」
「は? こう?」
彼女が言われた通りにすると、俺を中心にドクロマークの赤い魔法陣が現れたが、一瞬で魔法陣はかき消える。
「何今の?」
「今の魔法陣はそのローブ専用のスキル【スカルナイトメア】だ。
そのサインをすることで発動し効果範囲内に入った奴の動きとスキルをランダムで一定時間封じる事ができる。
ちなみに一瞬しかでなかったのは俺にレジストされたからだ。実際は真っ赤なスケルトンが現れて相手を束縛する。
こいつの強いところは範囲が扇状に広がるため数人を一度に束縛できる。おまけに消費するマナも極少量という燃費の良さだ。
ちなみに、舌を出しながらやると気持ち効果がながくなるらしい」
「でも回復はどうするのよ」
「スカルナイトメア発動中は他の魔法は詠唱してもキャンセルされる。あと背中に文字が浮かび上がる」
「背中に文字?」
彼女が首を後ろに目一杯回し見ようとするが、当然見れるはずもなく断念する。
「ギリギリ見えないわ」
「気にするな。おまえなら大丈夫だろ。色々な意味で」
「なんか気になるけど……まぁいいわ」
セリーニアは階段を登りだした。
当然その時背中を見ることになるのだが、黒い英字でファッキンビッチと書かれていたが特に思うことはない。
俺は彼女に続く形で階段を上りエントランスへ戻った。
皆の目がセリーニアヘと注がれる。
彼女は一目散にアーサーの元へと向かった。
「ど、どうアー君。似合う?」
「うん! とっても似合ってるよセリーニア!」
セリーニアと入れ替わる形でリンが俺の元へとやってきた。
「先輩なんすか。あのVサーの姫は」
「なんだよVって」
「ヴィジュアル系ってしらないんスか?」
「知ってるような知らないような。遥か昔に廃れたジャンルだろ。メタルなら好きだけど、フルメタラーだけに」
「メタルの延長線上にあったジャンルっすよ一世紀前くらいには流行ってたらしいッス」
スゲー自然にスルーされた。なんかくやしい。
「無駄話はこれくらいにして女全員誘って風呂に入れ」
「了解ッス」
リンは女性陣を誘うと赤い暖簾の奥へときえていった。
「アーサーとアルジャも風呂入っとけよ」
「ゲイン君は入らないのかい?」
「俺は先にやることがあんの」
「ふーん。じゃ、アーサー君と先にはいってるよ。行こう」
「ハイ!」
アルジャはアーサーを引き連れて風呂へと向かっていった。
「さてと」
一人残った俺は自分の部屋へと向いドアを開け、自室へ入り壁に設置されたコンソールを起動させる。
「どうするかなー。思いのほか人数ふえたし、バーじゃ流石にきつくなってきたから新しくビルドすっかぁ。――食事する場所どの程度の規模にしようかな」
コンソールの画面には多種多様な形式の食事処が用意されている。
ビュッフェから屋台から100人以上が座ることのできる大宴会場まで思うがままに設置することが可能。
「40人は……多すぎるしなぁ。あまりに巨大なやつを設置してもかえって滑稽にみえる。かといって小さいのも何か違う気がする」
俺はコンソールの真ん中のボタンを押す。するとカーソルが不規則に動き出した。
「これで決まった奴にしよう」
「何をやっているのだ?」
俺の部屋でずっと本を読みふけっていた魔王が本から目をそらし、こちらを見ている。
「新しく食事処作ろうかと思ってんだよ」
「ほう? この中から貴様らの食欲を満たす場所を選ぶのだな?」
「ああ」
「フフフ……面妖な。貴様にそのような場所は必要ないだろう」
「は?」
「貴様は空腹にならぬだろうと言っている」
「俺が腹を減らないのをなんで知ってんだよ?」
「忘れたか? 我は貴様と同化しているのだ。貴様の事は全てわかる。
貴様の体は自壊しつつある。腹が減らぬのはその証の様なものだ」
「自壊……だと?」
「貴様の規格外のマナに体が対応できなくなっている。このままいけば貴様の体は意味を成さなくなる」
こいつが何を言っているのか理解できない。体が意味を成さなくなる? どういう意味だ?
「単刀直入に言え」
「肉体という枷から開放されマナだけの存在となる。
もっとわかりやすく言えば――貴様は我と同じ存在となるのだ。我と同化しても何一つ違和感もない。
ましてや悪魔を別の種族に変えてしまうなど人間にできる芸当ではない」
「俺がお前と同じ……魔王になる? いやそれよりも自壊を止める方法はないのか?」
「貴様の体から放出され続けているマナを別の者に吸収させればいい。そうすれば貴様は自壊は収まり再び食欲も湧くだろう」
「その方法は……?」
「最良の策は我の目玉を食らうことだ」
「はぁ!?」
魔王はおもむろに左手で片方の目を抉り出し、手のひらにのせ俺の口元に押し付けてきた。
「マジかよ。悪い冗談だろ」
「どうした? はやく口に入れて飲み込め」
魔王を見ると今しがた抉ったはずの右目が既に再生し俺を見つめている。
「はやくしろ」
「クッソ! もう俺は知らんからな!」
俺は魔王から目玉を引ったくると口の中に入れ勢いに任せて飲み込んだ。
その瞬間体は青い炎に包まれた。
今まで経験したことがない程の痛みが体中を襲う。
体の自由が効かずその場に倒れ込んだ。
「フフフ……」
薄れゆく意識の中、ほくそ笑む魔王の顔を最後に目の前が真っ暗になった。




