第104話 俺、聖女と人間オークの会話を聞く
俺はセリーニアを両手で抱き抱えながら、巨大天使に向かって晴天の空を往く。
聖女はいつもの様な悪態をつかず黙りこくっている。
そこはかとなく空気が重い。
「……」
「イザナミ、天使まであとどの位だ?」
「う~む、距離にして20キロってところかのう」
「了解、あともうちょいだな。お前さ、目的地に着くまでずっと黙り続けるつもりかよ?」
「うっさいわね……。こっちは色々と考える事があんのよ」
「ふ~ん、行ってどうするんだ? 言っとくが今の俺は戦闘行動一切取れないからな。まぁ、ステゴロ位なら可能だけど。イザナミ参考程度に聞くけど、アジュラスのパンチ力ってどの位なの?」
「そうさな〜、小学3年生の児童並のパンチ力ならあるのじゃ!」
何故かドヤ顔で握り拳を作り、俺に向かってシャドウボクシングを開始したが、速攻で息切れを起こし、イザナミが座っているお座敷の畳の上に突如現れた白い布団にイザナミが潜り込むと、そのまま就寝しだした。
「ハァ……ハァ……つ、疲れた。少し寝かせてもらうのじゃ。終わったら起こし――スゥ……スゥ」
オフトゥンに入ってしまわれた。
つーか、寝付くの早いなおい。
「――らしいので、戦力になれるか非常に怪しい。だから――」
「何もしなくって良いわ。あんたは私を送り届けてさえくれればいいの。早く運びなさいよ」
「んじゃ、速度上げるわ。振り落とされんなよ」
ブースターの出力を上げ一直線に巨大天使へ向う。
――20分後、俺達は風穴が開いている巨大天使へと到着した。
内部は相変わらず白いローブに身を包んだ信者達が人間オークに向かって跪く様子が見える。
「開いてんじゃ〜ん」
「あんたはここで待ってなさい」
「承知致しました〜。聖女様の落とし前の付け方、とくと拝見させて頂きます」
「……チッ」
「おい、てめぇ今舌打ちしただろ?」
聖女は俺を無視し信者達の所へ歩み寄る。
聖女の姿に気づいた信者達が次々彼女の元へ殺到する。
「おぉ……! 聖女様だ! 聖女様がお戻りになられた!」
「聖女様、我らに救いの手を」
彼女が差し伸べられた手を優しく握り返した。
「皆さんお変わりないようで安心しました。今日はとても大事なお話があります。道を開けてください」
彼女がそう言うと、まるで海を割ったモーゼの如く信者達が左右に別れ、真っ直ぐな道ができた。その先には明らかに顔を引きつらせ、冷や汗をダラダラと滝のように流している人間オークの姿が見て取れる。
「よよよ、よくお戻りででで」
聖女が手を伸ばし人間オーク首元のローブに手をやると、自らの顔と同じ位置に持っていき接吻する。
「聖女様が教王様にキスを――ッ!」
この位置からも確かにキスしている様に見えなくもない。しかし人間の数倍に拡張された俺の聴力が接吻の真実を暴く。
「おい? 豚よく聞け? 今まで散々私を傀儡にしてくれたな?」
「ヒィ……! ゆ、赦して下さい! ほんの出来心だったのです!」
「本当はここに来る途中、色々考えた。どう料理してやろうかってな。信者達はお前ではなく、私を崇拝しているのは明白。私が今、後ろに振り返って『敬虔な信者達よこの者は教王ではない。人間に化けたオークである。今すぐ四肢を切断達磨にし、全裸にしてここから突き落とすのです』って言ったらどうなるんだろうな?」
「お、お願いです。赦してください。なんでもしますから! 死にたくありません! 平に……ッ平に容赦を……ッ」
「赦して欲しいか? ん? 今何でもするって言ったな?」
猛烈な勢いで人間オークの首が上下しているのが見える。
「じゃ、協力して貰おうか。耳を貸しな」
聖女の両手が人間オークの油ギッシュな首へまわる。
「接吻の次は抱擁をされておられる。それ程とは……」
盛大に勘違いを続ける信者に一種の憐れみを感じつつ、引き続き聖女と人間オークの会話を聴くことに努める。
「良いか? 私は今この時を以ってお前の束縛から開放される」
「そそ、そんな! 貴女がいなくなったらそれこそ身の破滅です! 考え直して――」
「あら、良いの? 貴方死んじゃうわよ」
聖女が後ろを振り向こうとする。
「わわ、わかりました! それだけはッ!」
「命が欲しくば私の言う通りになさい。良いわね?」
「う、うぐぐ……」
「良いかつってんだよ? てめぇの目玉抉り取って指突っ込んでスカルファックすんぞ」
「ひ、ひぃぃ! 承知致しておりますです!」
「よし、1ヶ月に一度信者達の様子を見に行くからな。抜き打ちで。もし、また私にした様な事を信者達にしてみろ? 皆の前でてめぇの短小包茎チンコ玉ごと噛みちぎって吐き捨ててやるから覚悟しとけ」
「ハ……ハイ」
教王の首から両手が離れると彼女が後ろに向きを変え、信者達の方へ歩み出した。
「皆さん、突然姿を消した事を赦して下さい。黒き力の権化たる彼に連れられ、世界の真実を目の当たりにしました。私は彼と彼の仲間達と共に行かなければなりません」
「聖女様! 我らをお救い下さい!」
「もちろんです。迷える子羊を見捨てるなど、到底出来よう筈がありません。月に一度必ず貴方達の前に姿を表すと約束致します。では、行って参ります」
「おぉ……! 自らの使命があるにもかからわず、我らの赦しを乞うてくださるとは……何たる慈悲深きお言葉か!」
「「「慈悲深き聖女様の御心のままに!」」」
聖女の万歳三唱を背で受けながら彼女は俺の元へ戻ってきた。
「ハイ、演説お疲れさん。月イチでここに戻るんだって? 頑張ってな」
「何いってんの? あんたがいなきゃここまで来れないじゃないの。あんたも付いてくんの!」
「ハァ!? ざけんな! なんで俺がクソ馬鹿らしい新興宗教の演説聞かせる為の足にならなきゃならんのだ! 冗談じゃねぇ! つーか、あの歯が浮く様な物言いなんだよ! 一々めんどくせぇ喋り方しねぇと会話もできねーのかあいつ等」
「てめぇみてぇな品のねぇ喋り方してたら神の信用なんて得られねぇぞゴキブリ」
「特大ブーメラン首に突き刺しといてよく言うな。神の存在なんてあってないようなもんだろうが。もういいや。戻るぞ」
「ん……」
聖女が手を差し伸べてきた。よく見ると聖女の手は骨と皮しかないような、異常に痩せ細って見えた。俺はその手をしっかり握ると抱き抱え、皆の元へ急ぐ。
「帰ったら飯にするぞ」
「は?」
「んで、飯食ったら風呂入ってそれから休憩を挟んで出発だ」
夕焼けの空を聖女を抱き抱え、空を往く。聖女はまた黙りこくってしまった。イザナミは未だ爆睡状態だった。




