第七話 兄の決断
次の日の朝、聖慈は仕事に行くために起きて準備を始めた。
いつもは聖慈よりも早くに雫が起きて朝食の準備をしているが珍しく今日はまだ寝てるらしい。
今日の雫の仕事は休みなのを昨日聞いてたので今日はゆっくり寝かせるかと思い、静かに準備を終えた。
とりあえず雫の部屋に顔を出して、寝ていたら声をかけずに、もし起きていたら声をかけて出て行こうと思い雫の部屋のドアを開けた。
ベッドの上には雫が寝ていたのでドアを閉めようとしたのだが開けたときの音で気づいたのか雫が体を起こした。
それを見て聖慈は雫に近づいて声をかけた。
「じゃあ、雫。行ってくるわ」
「うん・・・お兄ちゃん行ってらっしゃい」
雫の声に元気が無い。
よく顔を見るとなんだかだるそうだ。
「雫?どうかしたのか?」
「ううん、ちょっと体がだるいだけ・・・」
「ちょっと待ってろ」
聖慈はリビングに行き小物入れの中から体温計を取り出してまた雫の部屋に戻った。
「ほら、体温計。ちゃんと計れよ」
「うん・・・」
雫に体温計を渡した後、薬をもってこようと思い台所に行ったが最近風邪を引いていないのでどこに薬があるのか分からない。手当たり次第に扉をあけたが結局見つからなかった。
ひとまず冷蔵庫の中にスポーツドリンクがあったのでそれを持って雫の部屋に戻ったときに丁度体温計が鳴った。
体温計を雫から受け取り表示を見て聖慈は驚いた。
「どれ・・・39度!?お前なんではやく言わなかったんだよ!」
「だって、今日お兄ちゃん大事な仕事でしょ?」
「そりゃそうだけど、ちょっとまってろ。今親父かお袋に来てもらうから」
聖慈はすぐに携帯を取り出して実家に電話をした。
朝早いがもしかしたら両親のどちらかが起きてるかもしれないと思ったが電話に出たのは優慈だった。
「もしもし?」
「もしもし、優慈か?」
「なんだ、兄貴か。なんだよこんな早く」
「親父かお袋は?」
「二人ともいないよ。朝早く旅行に行ったから」
「そうか・・・」
そういえば昨日そんなことを言っていた気がする。
母親は昨日夜遅くに帰って、また今日章吾と共に出かけると。
「なんかあったのか?」
「いや、なんでもない。悪かったな。朝早く」
「いや、別にいいけど兄貴仕事いいのか?今日の仕事逃したら当分仕事ないんだろ?」
昨日食事のときに仕事の話が話題に上り、聖慈は優慈や雫、章吾に今日の仕事が大事だと伝えていた。
「分かってるって。じゃあな」
「あぁ」
そういって聖慈は電話を終えた。
「ふう・・・」
これは困った。さすがに優慈に雫の看病をさせるわけにはいかない。
仕事をとるか、妹をとるか…
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「今、家には優慈しかいないって、どうしよっか?」
「雫、一人でも平気だよ」
「でも・・・」
「大丈夫だからお兄ちゃんは仕事に行って。・・・ね」
「雫・・・」
「ほら、はやく行かないと遅刻するよ」
聖慈は雫の声を聞いて決心した。
「よし、決めた」
「なにを?」
「いいから」
言葉は「仕事に行って」と言ってはいるが声や表情は「側にいて欲しい」といってるようなものだ。
確かに仕事は大切だが「もう辞め時かもしれない」と考えていたし、仕事よりも家族のほうが大事なので聖慈は迷うことなく電話を取り出した。
「お兄ちゃん?いったい何してるの?」
「いいから、雫は黙ってろ」
聖慈は現場の監督に電話をかけた。
雫は心配そうな顔をして聖慈を見ているが、雫を安心させるように聖慈は笑みを浮かべて頭をなでた。
少しの間コール音がして監督が電話に出た。
「あ、もしもし伊集院です」
「あ、聖慈さんどうしました?」
「突然で悪いんですけど今回の仕事をキャンセルしたいんですけど・・・」
「いまさら何言ってるんですか?もうこの世界で生きていけなくなりますよ?」
「覚悟の上です・・・」
「分かりました。残念です。それでは・・・」
「本当に申し訳ありません」
聖慈は電話を切った。
すぐに雫が申し訳なさそうに口を開いた。
「お兄ちゃん、雫のために・・・」
「仕方ないだろ?こんな熱出してる妹を放って仕事にはいけないよ」
「お兄ちゃん・・・」
「それに芸能界だけが仕事じゃないしな」
これは普段聖慈が思っていたことだ。
別に芸能界だけが全てではない。
それに現在高校生の聖慈は大学にも行きたいと思っていた。
それを聞いて雫が申し訳なさそうに謝った。
「お兄ちゃん、ありがと」
「さ、そんなのはいいから、何食べたい?おかゆ作ろうか?」
「うん。お願い」
「よし。ちょっとまってろ」
聖慈はおかゆを作りに台所に行った。
家を出るまえに何回かはおかゆを作ったことがあるのでレシピを思い出しながら料理を進めた。
「そういえばまだマネージャーに電話していない…」
それに気づいた聖慈はすぐにマネージャーに電話をかけた。
マネージャーはさすがに呆れていたがすぐに何かあったのかを聞いてきた。
だが、聖慈が理由を言わないのでマネージャーは何も言わずに了承してくれた。
これからマネージャーは社長に怒られるのだろう。これまでも聖慈のマネージャーは聖慈の尻拭いをしてくれた。それなのにいつも笑顔で聖慈に接してくれた。
電話を切った後マネージャーに聞こえないだろうが聖慈はお礼を言った。
おかゆを作り雫の部屋に戻ると雫は寝ていた体を起こした。
近づいた聖慈は雫に鍋から茶碗におかゆを移し雫に渡した。
「ほら、雫」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「なにいってんだ、ほら食べれるか?」
「うん・・・あ、あっつい」
「そうか?・・・あっつ!悪い悪い」
思ったよりもおかゆが熱かったので「ふ〜ふ〜」と息を吹きかけて雫に食べさせた。
「ふ〜ふ〜、ほら雫、口開けて」
「うん・・・おいしい」
「むりしなくていいからな、ゆっくり食べろ」
「うん・・・」
雫はゆっくりとしたペースだったが完食した。
熱の割には食欲があるようで聖慈は少し安心した。
「医者行くか?」
「ううん。大丈夫。一日寝れば直るよ」
「そっか。じゃあ、あとでまた顔出すからな。ゆっくり寝てろよ」
聖慈はここにいると雫が眠れないだろうと思い部屋を出て行こうとしたが雫はその後姿に声をかけた。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「へ?別にどこにも行かないよ」
「お兄ちゃん、今日は雫の傍にいて?ね、お願い」
「雫・・・。分かった。今日は雫の傍にいるよ。でもちょっと待ってろ。氷と水とってくるから」
「うん・・・」
聖慈は台所から熱を冷ますために氷水を作り雫の部屋に戻った。
タオルを氷水に浸し雫の額に乗せると雫が気持ちよさそうに顔を緩めた。
「よし、これで大丈夫だろ」
「あ〜、気持ちいい」
「じゃあ、ずっと雫の傍にいるからゆっくり寝ろ。」
「うん・・・」
何もしないのはさすがに暇なので小説でも読もうかと思い雫が眠ったことを確認して、聖慈は自分の部屋から読みかけの小説を持ってきた。
途中何度か雫の額に乗せているタオルを変えたりはしたが、気がついたら聖慈も眠っていた。
聖慈が目を覚ましたときすでに夕方だった。
昼食は食べていなかったはずなのでかなりの時間眠っていたようだ。
「ん・・・。あ、寝ちゃったか」
聖慈は体を起こした。
「雫、気分はどうだ?・・・雫?」
雫に声をかけたが返事がない。てっきりまだ眠ってるんだろうと思いベッドに目を向けるが雫の姿はない。
「雫!?あいつどこいったんだ」
聖慈が驚いてると台所のところからいつもと同じ物音が聞こえる。
まさかと思い台所に向かうと病人のはずの雫が料理をしている。
すぐに聖慈は雫の側に駆け寄った。
「雫!お前なにしてるんだ?」
「なにって夕飯の準備に決まってるじゃない」
「お前は病人なんだぞ!」
「もう大丈夫だって・・・」
しかし、雫の体が少しふらついた。
慌てて聖慈は雫の体を受け止めた。
「ほら、まだ寝てろって」
「だって、雫お兄ちゃんに申し分けないんだもん」
「雫・・・」
雫がそういう風に思ってるとは聖慈も予想外だった。
今まで雫にはお世話になっている。申し訳ないのはどちらかというと聖慈のほうだ。
「雫が風邪引いたからお兄ちゃん仕事を休んで・・・」
「気にしなくていいって。俺は仕事より家族をとりたいんだ。それに、俺はいつも雫には感謝してるんだ。たまには兄らしくさせてくれよ。・・・な」
「・・・うん」
「さ、もう少し寝とけ」
「うん・・・おやすみ」
「おやすみ」
そういって雫をベッドに連れて行った。
雫はまだ体が万全ではないのですぐにまた眠った。
聖慈は雫の頭を撫でて部屋を出て行った。
それから自分の食事をして、風呂に入り聖慈も眠った。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん!もう朝よ」
次の朝、昨日の風邪が嘘のように元気な雫が聖慈を起こしに来た。
今日からまた仕事がないので別にこんなに早く起きなくてもいいのだが雫の体調が気になったので聖慈は体を起こした。
「うん?もう朝か?あ、雫気分はどうだ?」
「おかげさまで、もう大丈夫よ」
「そっか、よかった」
「お兄ちゃん、ありがと」
「いいって」
「お兄ちゃん、なにがあっても雫の優しいお兄ちゃんでいてね」
「当たり前だろ、俺は雫の兄貴だぜ」
「うん!」
そのとき聖慈の部屋のインターホーンが鳴った。
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