第二十八話 兄の状態
雫が日本を発ってから一週間がたった。
その間聖慈は何をするにしても失敗をしていた。
仕事に関しても日常生活にしても失敗が続いていた。
そして、未だに雫がいないという生活に慣れていない。
朝起きて誰もいないのに「おはよう」と挨拶をしてしまったり、無事に料理が完成しても気がついたら二人分作っていたり、終いには無意識の内に雫の姿を探すまでに至った。
そんな聖慈を心配した彰人が大竹と相談して聖慈との飲み会をセッティングした。
そして飲み会当日。
彰人と大竹と智子と聖慈が居酒屋で食事をしている。
その場でも聖慈は料理を無意識で二人分よそってしまった。
聖慈は自分の行動に苦笑していたが他の皆は顔を見合わせている。
これは思ったよりも重症のようだ。
「聖慈大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。少ししたら慣れますよ」
聖慈は皆に心配をかけまいと笑顔で答えた。
聖慈のことをよく知っている3人はそれが嘘だとすぐに気づいた。
だが、聖慈の顔を見ると何も言えなくなった。
2時間ぐらいで食事会は終わったが聖慈は雫がいた頃のように笑うことはなかった。
聖慈の後姿を見送って3人はまた話し合った。
「先生、伊集院は大丈夫でしょうか?」
「こればっかりは分からん。聖慈の中で伊集院の存在がどれほど大きかったかが分からないからな」
「私は無理だと思う」
彰人と大竹は智子のほうを振り返る。
智子は言葉を続ける。
「妹以外にも何か違う感情を持ってるのか私には分からないけどそれを伊集院君が自覚しない限りはこのままだと思う」
智子は聖慈が雫のことを妹以上に見ているのではないかと文化祭から考えていた。
それに、雫が日本を発つ前日智子が投げかけた質問に答えたときの聖慈の顔は大事な人を失ってしまったときに近い顔をしていた。
智子の言葉に大竹と彰人が納得した。
二人とも聖慈が雫に妹以上の感情を持っているのではないかと思っていたのだ。
3人は一日でも早く元の聖慈に戻るように祈るほかなかった。
飲み会から次の土曜日、聖慈は家で何もやる気がなく横になっていた。
横になっていると部屋のインターホンが鳴った。
聖慈は無意識のうちにまた声を出していた。
「雫〜、誰か来たぞ〜」
だが、当然の如く雫の声は聞こえない。
聖慈は自分が今した行動に苦笑してしまった。
聖慈は立ち上がってドアを開けた。
そしてドアを開けて立っていた人を見て声をあげてしまった。
「雫…」
「聖慈さん?どうしたんですか?」
聖慈は雫と声を上げたが実際にいたのは制服姿の優奈だった。
優奈が心配そうに聖慈の顔を見上げる。
「いや、なんでもない。それよりも優奈ちゃんどうしたの?」
「聖慈さん、今私と雫を間違えましたよね?」
「え…、まぁ」
「ならなんで雫を日本に戻さないんですか?」
「まだそんな時期じゃ…」
「時期ってなんですか!!このままだと聖慈さんのほうが先に倒れますよ!そうなると雫が傷つきますよ!」
「俺なら大丈夫…」
「大丈夫じゃないから言ってるんじゃないですか!」
優奈が叫んでるところに優慈が飛び込んでくる。
どうやら優慈も部屋のすぐ側にいたようだ。
「優奈、言い過ぎだって!」
「優慈さん、離してください!今言わないと言う機会はないじゃないですか!」
「お前が冷静に説得するって言うから任せたんだろ!少し落ち着けって」
優慈と優奈が言い争ってるときに聖慈が二人に話しかけた。
「優慈、優奈ちゃん。二人とも心配かけてごめん。でも今はまだ頑張れる気がするんだ。いや、頑張らないといけないんだ。それが俺が雫にやってられる唯一のことなんだと思う」
「兄貴…」
「聖慈さん…」
「俺がここで頑張らないと雫が外国で元気に過ごせないんじゃないかと思うんだ。そして、雫を俺が無理やり親父達のところに行かせた。だから、俺はここで頑張らないといけないんだ」
優慈は聖慈の言う言葉に何も言えなくなった。
だが、優奈は聖慈に自分の考えを言い始めた。
「それは違うんじゃないですか?」
「え?」
「まず、雫が聖慈さんが本当のお兄さんではないと聞かされて傷つくとは限らないんじゃないですか?」
「反対に傷つかないとは限らないだろ」
「じゃあ、傷ついたとしましょう。でも、聖慈さんと離れて暮らすほうが傷つく可能性もあったんじゃないですか?空港での雫を聖慈さんはちゃんと見ましたか?」
聖慈は優奈の問いかけに首を振る。
優奈はさらに続ける。
「雫はあのとき、聖慈さんに引き止めて欲しかったんじゃないですか?なんで、雫を信じてあげることができなかったんですか?」
「それは…」
「確かに雫は本当のことを聞いて傷ついてしまうかもしれない。でも、聖慈さんがその傷を癒してあげることができたかもしれないじゃあないですか」
聖慈は何も言わない。
「一人で頑張らなくても雫と二人で頑張るという手もあるんじゃないですか?」
そういって優奈は聖慈の部屋を出て行こうとする。
呆然と優奈を見ていた優慈も慌てて優奈の後を追う。
部屋を出る前に優奈が聖慈に最後の一言を言う。
「『雫のため、雫のため』って言ってますけど、それって聖慈さんのわがままなんじゃないですか?雫に本当のことを話さないのも雫との接点がなくなるのが怖いからなんじゃないですか?」
そういって優奈は聖慈の部屋を出て行く。
優慈も「ちらっ」と聖慈を一目見て出て行った。
聖慈は呆然と優奈が言った言葉を考えていた。
優奈と優慈は歩きながら話している。
「優奈、少し言い過ぎたんじゃないのか?」
「全然ですよ。雫を傷つけたんですよ。あれぐらい言って当然です」
「兄貴だっていろいろ考えて」
「考えたって聖慈さんはあのままだと答えを出すことなんかできませんよ」
「答え?」
「ええ。妹がいなくなるのは兄としては当然ですよね?」
「まあ、いつかは一緒に暮らすのはなくなるだろう」
「確かに突然といえば突然ですけどそれでも、あんなに日常生活に支障がでるほどダメージを受けるとは考えれません」
「確かに…。ってことはつまり」
「ええ。恐らくですけど聖慈さんは雫に妹以外のなんらかの感情を持ってるんだと思います。その感情が何なのか分かれば答えはおのずと出ると思います」
「優奈はもう分かってるのか?」
「もちろん分かってますよ。でも、これは聖慈さん自身の問題なので聖慈さんが答えを出す必要がありますから教えるわけにはいきません」
優慈は自分の彼女を尊敬した。
優慈よりもよく周りを観察している。
そして、その観察したものを自分で考え具体的な問題と解決策を考えている。
優慈は優奈の手を握った。
優奈は突然の優慈の行動に驚いているがすぐに嬉しそうな顔をした。
そして、そのまま二人は優慈の部屋に帰っていった。
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