009
無事に学校での志賀との邂逅を終え、いつもどおりに放課後にいつもの館にいた。なぜか志賀も引き連れて。まあこれについては説明が要るだろう。
回想開始――
――学校の授業が終わり帰ろうとしていた僕の下へ、一人の人が近づいているのに気付いた。
「やっ。おつかれ、阿部君。これから魔女さんの館に行くの? もしよろしければ私も連れて行って欲しいんだけれど。良いかな?」
「あー、別に問題無いと思うけど。魔法で行くけどいいかな?」
「それは問題ないよ。むしろどうやって行くのか興味があるくらいだから」
「じゃあ準備して先に校舎の裏に行っていて。僕も準備が出来次第行くから」
「分かった。じゃあ待ってるね。来なかったらどうなるか分かってるよね?」
「分かってるよ。それに僕がそんなことする奴に見えるかい? そうじゃなかったらさっさと行った行った」
「そんなわけ無いじゃない。阿部君はひどいなあ。ま、いいや先に行ってるね」
――さて、やっと行ったか。それより転移魔法陣と人払いに認識疎外の魔法も準備しなきゃなあ。次元移動じゃないから魔法陣はさっさと出来た。あとは、人払いと認識疎外か。これはちょっと面倒だなんだよなあ。後処理がなんだけど。ま、そろそろ後処理用の魔法も出来あがるし良いか。
「やあ、待たせたね。では行こうか志賀」
「それは良いのだけど、こんなところで魔法なんて使って大丈夫なの?」
「うん? 大丈夫だよ。人払いに認識疎外掛けてるから。魔法使いじゃなかったら気付かれないし。じゃあこれに乗って転移して。転移先は館の中だから安全だよ」
「そう、なら安心ね。では行くね」
その声とともに志賀は転移していった。そろそろ僕も行くか。アリスさんに説明しなきゃだし。
――回想終了。
こうして僕と志賀はいつもの館に着いた。
まずは、アリスさんの場所だ。人探しの魔法を発動してと。今日は自分の部屋か。
「志賀、アリスさんのところに行くよ」
「こんな広いところのどこに居るの? 正直捜し歩くのはいやよ?」
「いや、もう魔法で探した。自室に居るみたいだからそこに行く」
「あら、抜け目のないことで。さすがあのアリスさんの弟子と言ったところかしらね」
「なんてことない、一度痛い目に合ってるからだよ。それで教えてもらったんだ。だから最初っからてわけじゃあ無いんだ」
――そう、僕は間抜けなことに館の隅から隅まで探したことがあるのだ。恥ずかしいからこれは言わないけれど。
それは置いておいて、間もなくアリスさんの自室だ。
ドアを叩く。ノックする。いくら気心知れた相手でも礼儀は大切である。
「はい、どうぞー。お客さんもどうぞ」
「お疲れ様です。何されてたんですか?珍しく部屋にいるみたいですけど」
「んー。お客さんが来るようだったからちょっとねー」
「そうですか。まあ、遅くなりましたがこちら同じクラスの志賀さんです」
「どうも、初めまして志賀恵子です。常々アリスさんの噂はお聞きしています。お会いできて光栄です。恐らく知っているとは思いますが、志賀家の長女です。以後お見知りおきを」
「どうもー、アリス・木虎でーす。よろしくねー。適当に寛いでていいよ、あとは怜がやってくれるから」
「それでは失礼します。それとあとは阿部君がやってくれるとは?」
「まあちょっと待っててみなよ。すぐ分かるから」
……どうやら僕が給仕係なのは決定事項らしい。分かってはいたことだけれど。別にいいけれど。
「はいどうぞ。紅茶とクッキーです。召し上がれ」
「へぇー、阿部君ってこんなことも出来るんだね。凄いや」
「別に。少し仕込まれただけだよ。そこに居る人に」
僕はそう言ってアリスさんに目線を向ける。
「えー、良いじゃないのさ。魔法の練習にもなるし、一石二鳥って奴だね」
そう言ってアリスさんは、優雅に紅茶に口をつけていた。相変わらず面倒くさがり屋さんな人である。まあ、厳しい人よりは良いけれど。
「え、何これ魔法で造ったの?」
「簡単だよ。手作業で面倒なところを魔法で代用するだけだし。それに、魔法使えば温度調節も楽ちんなんだぜ」
僕は志賀に向かって少し自慢げに言った。そんなに魔法で切った張ったすることもないし――当然、敵対組織なんてものがあるはずもなく、日々のんびりとした日常を過ごしているだけなのだ。
いや、すこしは期待したけれど――その、ド派手な魔法バトルとか。でも、そんな緊張ばかりの日常よりかは、今の魔法と言う少しの非日常な平凡な日常が僕は気にいっている。大体、僕にそんな恰好良い役なんて似合わないのは自覚している。ただちょっと便利な魔法が使えるだけなのだから。だから、この日常を面白おかしく過ごせればそれで良いと思う――それ以上を望んだら、きっと戻れなくなってしまうだろうから。
「魔法なんて結局は、手間を少し省けるくらいが丁度良い、と言うことだよ。それ以上を望んだら面倒なことになるからね」
まるで、僕の考えていたことを、見透かしているかのようなタイミングでアリスさんは言う。自分にでも言い聞かせているのかのようなそんな感じがしてそれ以上は訊けなかった。
「なんというか、同じ魔女でもスタンスって大分変わるんですね――勉強になります。うちの周りの魔女たちは割と好戦的ですし、そういった中庸的な魔女は珍しいですよね」
どうやら、志賀の周りの魔女はなかなかにエキセントリックらしい。
アリスさんはどちらかと言うと中庸と言うよりかは、ただの面倒くさがりなだけだと思うけど――決め付けは良くないけれど、わざわざ掘り下げる所でも無いだろう。
「ちなみにエキセントリックって、どういう意味でエキセントリックなんだ? 縄張り争いとかでもあるのか?」
僕は少し気になったことを志賀に質問した。
「いや、一般人にやたらといたずらを仕掛けるの。それがめぐり巡って、心霊スポットになったりしてて、お叱りを受けているのを良く見かけるのよ」
「随分としょうもないことをするんだな。暇なのか?」
「暇ね。昔と違って需要も少ないし――呪術を掛けてくれって言う人がそもそも減ったからね。あと魔法薬とかね、今は医療が発達しているし、魔法なんて不確かな物に頼る人も減ったしね」
魔女会の切実な実態を知ってしまった。
なんて話しているうちにアリスさんはどこかへ行ってしまっていた。多分僕らの話に飽きたのだろう。
「でも、エキセントリックな魔女ってすごく強そうだな」
「うん――でも一番有名なのは赤き魔女ね。実際に会ったことは無いけれど、その人が関わったらどんなことでも終わる、って言われてる。しかも、何もしなくても」
なんだか随分と物騒なイメージが湧いてくる人だな。けれど、強いってのはそれだけで注目を浴びるもんなんだな。しかし、そのレベルまで来るともはや強さなんて意味が無いものになってしまうんだろうな。
「それにきっと、いつか君は赤き魔女と会うことになると思うわ。だって、あのアリスさんの弟子だから」
そんな不吉な言葉を残して志賀は家路に着いた。僕の心に不安の種を植え付けて。
何も起こらなければ良いのだけれど。