001
その館は、なんというか近所でも噂に上がるくらい、畏怖の目で見られるような場所だった。
曰く、幽霊が出る、妖怪、アヤカシの類、ようは人ならずモノが跋扈する場所であると。
当然というか多分にもれず、僕の通う高校でもいわゆるそういう場所として噂されていた。
それこそ肝試しなどの舞台にされそうな場所。特段、汚いというわけではないのだけれど、そういった雰囲気というか、まあそれなりに恐れられるような感じを醸し出している、という館である。
なぜ僕がそんな曰くがある館の話を脈絡もなく突然語りだしたのかと言うと、事もあろうに今その館の前で佇んでいるからである。
自分でもなぜここにいるのか、どうしてここへ足を向けたのか、解らないのだ。
確かに家へ帰るために歩いていたはずなのに。別に夢遊病というわけでもないし、そこに興味があったわけでもない。
それなのに、そういうつもりもないのに、ナニカにまるで引き寄せられたのかのように、連れてこられたかのように、気が付いた時にはすでにこの場所にいたのだ。
それこそ――ここへ来ることが決まっていたのかのように。
そして、そんな場所であるというのになぜか僕はここから離れることが出来ないでいた。離れてはいけないような、そんな気すらしていた。まるでナニカに惹かれているような、惹き止められているような、そんな感じすらするのだ。
行ってはいけないと思っているのに、解っているのにどうしようなくここから動けないでいた。
そうこうしているうちに、その館の扉がまるで入ってこいとでも言わんばかりに開いた。
そして、なぜか僕はその扉に引き込まれるように、呼び込まれたかのように館へと入った。
……なんというか、すでに入ってしまった館なのだけれどこれって不法侵入になるのだろうか。いや、こちらに対して入ってこいとでもばかりに扉が開いたのだから大丈夫だろうけれど。そんな心配をするよりも、なぜ僕がこんな場所に招かれたか、それが一番重要な問題である気がする。
それにしても、思った以上に中が綺麗で清掃が隅々まで行き届いているかのようだ。周りで噂されているような曰く付きの場所ではないのかもしれない。特にこれと言って変なモノが出てくるような感じも無いし。
と――そんなことを考えているうちに一つのドアの前に着いた。これまで歩いていて、特に人や変なモノの気配などは感じられなかったけれど、この部屋だけは、この部屋の前ではナニカが居る気がした。
なのに――それなのに不思議なことに恐怖という感情は浮かんでこなかった。それどころか、どこか穏やかになるというか、安心するかのような感じすらあった。
「危険な事は何もしないよ。入っておいで少年」
声を掛けられた。とても澄んでいて、聴き惚れてしまいそうな声だった。少なくとも声を聞く限り若い、それほど年のいっていない女性の声だった。
「ほら、怯えることはない。私は、君に危害を加えるつもりはないよ。それに、失礼なことを考えていることは聴かなかったことにしてあげる」
考えていることが筒抜けになっている。
しかし、あまり抑揚のない声でそう言われても、はいそうですかとホイホイと行けるような神経を僕は持ち合わせてはいなかった。それに恐怖は感じないけれど、全然これっぽちも感じていないけれど、正直怪しいとしか思えない。さすがの僕でもそれくらいの警戒心は持っているつもりだ。こんなところまで来ていることについては反論のしようもないのだけれど。
「仕方ない……か。おいで」
掛けられた言葉とともに、不思議な感覚が僕の体を包んだ。そして――まるで僕は、操り人形にでもなったかのように部屋へと入って行った。
不思議と僕は冷静を保っていた。彼女と相対した、面と向かい合った――今この時でさえ。
「まったく、あまり女を待たせるものではないよ。少年」
これ以上なく華美な、豪華絢爛な椅子に座っている彼女は、薄く笑顔を顔に浮かべながら座っていた。
「……あなたは……あなたは一体全体どのような存在なんですか? そして、なぜ僕がここへ呼ばれたんですか?」
僕はついそんなことを口走った。――そんなことを彼女に対して問うた。
「その質問に対する答えはまず一つ私は魔女、と言うべき存在だよ。二つ目は、君がこの私の、魔女の後継足る、資質を資格を素養を備えているから、持ち合わせていたからここへ呼び寄せたの。魔法を使って」
「それに、そろそろ私も後継者を、弟子を取る頃合いかなと思ったの。ただそれだけのこと。なにも心配することは無いさ」
彼女は、魔女はこの僕を自らの後継者とするべくこの館へ呼び寄せたらしい。魔法なんて信じられないような、荒唐無稽な、おとぎ話みたいなそんなチカラを用いてまで。それに僕は男である。女ではないのだ。ピリカピリララなんて呪文は唱えないし、ハートをキャッチするわけでもないし――カードを集めたいわけではない。
「僕は……僕は男です。それに、そんな摩訶不思議なチカラがこの僕にあるわけ……無いじゃないですか」
「そんなのは関係ないよ。魔女であることに男も女も関係が無いんだ。女性であることに越したことはないけどね。けど、君はそんなこと関係なく強いチカラがある。故に、だからこそ君は私の――魔女の後継者足り得るんだ」
「だけど……」
「大丈夫、何も心配いらない。何か危険があるわけでもないし、昔みたいに襲われることも無い。本当に良い時代だよ今は」
まるで――そんな時代を経験してきたかのような、過ごしてきたかのような物言いだ。どこか懐かしむように彼女は言った。
「だから私の後継者、なってくれないかな?」