阿久田佳代はなぜ文芸部に入部したのか
あれが俺たちの出会いだった。
扉の隙間ができると同時に光が溢れ出てくる。あの赤城と初めて会った夕方と全く同じ夕焼けだった。
扉の先には赤城翼が退屈そうに待っていた。俺に気付くと心なしか彼女の顔がほころんだように見える。が、すぐにいつもの鉄仮面を付け、むすっとした顔に戻る。
傍らにはもう一人、柔らかい表情の少女が立っていた。
彼女・・・阿久田佳代は俺のいわゆる幼馴染である。自宅が隣り合ってるだけあり、俺が幼いころからの友達で、腐れ縁だ。
○
「ただいまー」
「おかえりなさい」
パタパタとエプロン姿の佳代が駆けてくる。
「あれ、オヤジと母さんは?」
ああ、と彼女は笑う。上品な笑い方は俺を変な気持ちにさせる。
「おねえさんたらまたデートなんですって」因みにおねえさんというのは母さんが言わせている。母さんがいない時もその呼び方をするとはまた律儀である。
「まあ、そうだとは思ったけどね」
両親は結婚ウン十年のくせしていまだに熱が冷めぬらしい。幼いころからずっと見てきた俺は、そんな両親を恥ずかしいを通り越して、感心していた。
「でも、憧れるよね。何十年も変わらず愛し合っているなんて」そう言い細目になる。俺は少々見とれる。
「ああ」とやっとのことで返事をする。
「そういえば」と佳代、「今日帰り遅かったね。なんか用事でもあったの?」
「いや、少しね・・・」
「教えてよ」意識せずか、少し上目づかい。
俺はたまらず「いや、文芸部に入ってね」と即座に教える。
佳代は驚いたような表情を見せる。
「いままで、ずっと帰宅部だったのに。どうしたの?」
「どうしてもって言われたからさ、別に断る理由もなかったし」これは正直な気持ちだ。
「ふーん」と佳代。
すると急に興味が無くなったようで。台所に戻っていく。
○
佳代は依然無言だ。
その顔は怒ったようにも、悩んでいるようにも、悲しんでいるようにも見える。
佳代の料理は相変わらず最高においしいのだが、この空気に俺は食欲を失っていた。
「文芸部って赤城さんがいるんだよね」
なぜわかる。俺はうなずく。
「うんっ」
そう呟くと彼女は、突然背筋を伸ばし真っ直ぐに俺を見つめる。小恥ずかしい。
「私、文芸部に入る」
「え」
「いいよね」
「まあ、部員不足で困っているから、大歓迎だけど」
「決まり」
こうして阿久田佳代は文芸部に入部した。
○
今日は風が強めだ、佳代の長い髪が靡いている。
「しんちゃん、今日はどうしたの。」
いつもと同じように、優しく問いかける。
赤城がこちらに真っ直ぐ目を向ける。
「要件は何? 早く帰りたいのだけれど。」
赤城翼は感情表現が下手というわけではないのだ
ただ、人より少し素直じゃない。
「ペアチケットを貰ったけどもったいない」と遊園地にいっしょに行ったときは少し素直な部分が見えた。それはとても、綺麗、で可憐で、儚げであった。