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六話

月子はよろめく足で坂道を下りていた。体調は以前ほど弱ってはいなかったが良くもなっていなかった。それでも、ひたすらに滝の祠を目指した。

降り積もった落ち葉を踏みしめながらもゆっくりと歩き続けた。後もう少しのところで月子は眩暈を感じてしゃがみ込んでしまう。

それでも、何とか立ち上がって再び、歩き出した。ひんやりとした梅雨特有の雨上がりの風を感じながらも空を見上げる。今は夕刻に近い刻限だからか、日の光も弱くなっていた。

月子は聞こえ始めた滝の音に目的の場所に近づいた事を悟った。最後の力を振り絞って祠に向かった。

しばらくして、滝の祠に辿り着いた。月子は両手を合わせていつものように龍神に祈りを捧げた。

(今から、ここを汚すような真似をする私をお許しください。信秀様、さようなら)

そう、心中で神と恋しい人に詫びながら月子は滝に目を向けた。美しい白糸のような様に感嘆のため息をこぼした。

そして、月子は懐刀を胸元から取り出した。鞘から、すっと刀身を引き抜く。日の光に鈍く輝く切っ先を喉に向ける。そのまま、勢い良く振り下ろしたのであった。




信秀はふと、森の中で鉄くさい匂いを嗅ぎとっていた。嫌な予感がする。馬から降りると早足で森を抜ける。匂いを頼りに進むと滝の音が耳に入る。

(…誰かがここで人でも斬ったのか?)

そう思いながら、滝に近づいた。すると、白い布が目に入る。そして、黒い長い髪にまで視線を走らせると信秀は慌てて滝のすぐ近くにまで行った。

そこにはまだ若い女人がうつ伏せになって倒れていた。赤い血が流れ落ちている事から何者かに襲われて斬られるかされたらしい。

信秀は近くに血に塗れた懐刀が落ちている事から自害をしたのだと瞬時に気づいた。

「…大丈夫か?!」

大声で叫びながら、女人を仰向けにさせて片腕で助け起こした。青白いながらも美しい若い女人の顔立ちに信秀は息を飲んだ。

自身が恋しいと思っていたかの姫であったからだった。

信秀は姫が喉を突いて自害した事にすぐに思い至った。血が流れ続けて信秀の衣の袖や月子の衣を赤く染め上げる。

信秀は既に息を引き取っているらしい月子を強くかき抱いた。冷たくなった姫の(むくろ)を抱き上げると信秀は森から出た。




そして、月子姫の死により、戦は終わった。あまりにもあっけない終わり方に周りは驚きを隠せなかった。

信秀はひっそりと津田家の代々の当主達が眠る菩提寺にて月子姫の葬儀を行った。彼女の死に一番、落胆したのは信秀もそうだが父の豊秀だった。

悲しそうに背を丸めながら、豊秀は娘の冥福を祈っているのがやけに印象に残る。声をかけることなく、信秀はそれを遠くから見つめていた。

それから、葬儀が終わった後、月子姫の遺骨を分骨して信秀に豊秀はそれを自ら手渡した。信秀は当然、それを受け取り、生涯をかけて弔う事を約束する。

信秀は自身の領地に帰ると父に当主の座は弟に譲ると言い、そのまま、出家して僧侶になってしまった。

信秀は月子の菩提を弔いたいとわざわざ、津田家の領地にある村に移り住んだ。そして、小さな寺を建立してそこに居を構えた。

生涯、独身を貫き、信秀は月子姫を弔い続けた。後に滝は月の滝と呼ばれ、信秀と月子の話は悲恋の伝説として語り継がれる事になる。

そう、歴史書には記してあるようだ。

終わり

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