二話
月子はため息をついた。
母の伊予の方は自分を巫女扱いしている父が気に入らないのだ。こんな下克上の世に巫女など必要ないと考えているらしい。
だからこそ、信秀との縁談を進めたいらしいのだ。本当に面倒でならない。
だが、月子は断るすべを持たなかった。父や母に反抗して他の姉弟たちに迷惑をかけたくなかったからだ。
それを思うと月子は行動をとれなかった。物憂い日々が続いていったのだった。
月子は夜になり、水神、滝の守り神である龍に祈るため、城から出て山の麓に自分で向かっていた。満月が煌々と森の中を照らしている。
そんな彼女にお付きの者はいない。護衛となっている忍びの者が遠くから月子を見張っていたが。
さくさくと柔らかな枯れ葉と土を踏みしめながら、滝にたどり着いた。
だが、月子は修行をしていた成果か何かの気配を感じ取る。
(…何かしら?これは物の怪の気配などではない。人みたいね)
そう思いながら、振り返った時だった。
「…こんな所に滝があるとはな。あなたはこの城の姫、月子姫ですね?」
低い男らしきがしたのだ。目を見張ると少し離れた大木の影から、背の高いほっそりとした若い男が出てきた。
「あなたは誰?」
当然ながら、月子は尋ねた。
すると、若い男は何も答えず、距離を詰めてきた。
「…私はあなたの許嫁で名を北条信秀といいます。お初にお目にかかる」
にこやかに笑いながら信秀と名乗った男は月子のすぐ目の前までやってきた。
初めて見る顔ではあったが名を言われて伊予の方がしきりと口にしていたことを思い出す。もしや、縁談のある相手が自らこの森の中にいるのは伊予の方の差し金だろうか。
そんなことを月子は考えていた。
「信秀様でしたか。これは失礼をいたしました。私の名をご存知だったのですね」
「月子姫。唐突ですまないがわたしとの縁談を好ましく思っていないと母君から聞きました。わたしを愚かな男だと笑っておられたとか」
それを聞いても月子は首を傾げて怪訝な顔をするしかない。満月がそんな彼女を照らし出した。
信秀が固唾を飲んだ気配がする。
「信秀様?」
月子が呼びかけると信秀は我に返る。
「いえ。何でもありません。それより、わたしのどこが気に入らないのか教えてはいただけませんか?」
そう問いかけられても月子には答えようがない。困って、きびすを返そうとした。
だが、いきなり腕を掴まれる。
「…あの、放していただけませんか。私はこれから、水神様に祈りに行きますので」
「そのようなことなさらなくてもいい。むしろ、巫女姫として有名な事は存じ上げてはいますが」
信秀はそう言った後、月子をおもむろに自身の腕の中に閉じこめた。彼女の体の柔らかさと細さ、そしてやんわりとした薫りに頭がしびれそうになる。
いきなり、されたことに月子は動転するばかりであった。