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すっぱい葡萄の木

作者: 立待ち

 私は葡萄の木だ。

 小高い丘に立っている。


 突然だが、私には最近気になっている事がある。

 ここのところ毎日やって来る狐の事だ。


 奴は初めて来た時、私が一番大切に育てているひと房に目を付けた。

 しかし一番大切にしているのだ。そう簡単に食われないように、獣では届かない高さに、鳥では入れない奥のほうにある。


 奴は私の幹に寄りかかって爪先立ちしてみたり、そのままぴょんぴょんと跳ねてみたり。

 非常に滑稽で、私は声もなく笑った。


 小一時間それを続け、とうとう狐は諦めてしまった。

 そして奴はじっとそのひと房を見つめてから、去り際にこう言ったのだ。


「あれは、まだ青いんだ」


 私は驚いた。

 まさか、あのひと房が未熟だと分かっていたなんて!

 大切にし過ぎたあまり日当たりが悪く、どうも育ちが悪いのは私も気にしている所だ。

 となれば、きっと先程の滑稽な姿には何か意味があったに違いない。


 そうだ、あれは取る為ではなく観察していたのではないだろうか。

 自分もまだまだ見る目がないと、反省したものである。




 翌日、彼はまたやって来た。

 昨日と一つだけ違うのは、今日の彼は木の棒をくわえている所だろう。


 はて、今日は観察ではないようだ。

 昨日の観察で、今日熟すと見たのだろうか。

 残念ながらまだ熟す気配は無いのだが。


 そんなことを考えているうちにも彼はくわえた木の棒でもってお目当てのひと房を落とそうとしていたが、しばらくするとそれをじっと見つめ始めた。


 おや、やはり今日も観察のようだ。

 そして彼は去り際、私の期待通りに言い残した。


「やっぱり、まだ青いんだ」




 次の日もその次の日も、彼は足繁く私の下へやって来ては、ぴょんぴょんと跳ねたり木の棒を振り回したりしていた。

 石をぶつけられた時はさすがに、観察者としてその振る舞いはどうなのかと思ったが、まあ一回きりの事だったので、そうとやかく言わない事にする。




 そして今日、とうとう件のひと房が熟した。

 心中穏やかでない私を全く気にする素振りを見せずに、彼はやって来た。

 いつも通りの動作を繰り返す――と思いきや、彼はひくひくと鼻を動かしてあのひと房を見つめた。


 やはり分かってくれた!

 既に私は彼にそれを差し上げても良い程、日々欠かさぬ観察とその正確さに敬服していた。

 しかし、私は自ら動く事は叶わないのである。

 どうにかして受け取って欲しい。


 すると彼は私の意を汲んだのか、今までで一番の跳躍を見せた。

 もう少し、あとちょっとだ!

 ああ、今なら多少強い風が吹いたって憎まれ口を叩いたりしないのに。


 こう考えている間にも彼の跳躍は段々と低くなり、そして彼は跳ぶのを止めてしまった。

 俯いて見えない彼の目は、悲しみに彩られていることだろう。

 私もだ、狐君。私には君達のような目こそ無いが、もし目が有ったなら――


「やっぱり、あれは青いんだ」


 ――きっと涙......を?








 私が放心している間に彼は居なくなっていた。

 ......何て事だ。信じられない。

 ああ、このもやもやとした気持ちは一体どうすればいいんだ。




 ああそうか。




「あいつは、まだ青いんだ」







青い (あお・い)


果実などの未熟なものが青いところから、人格・技能や振る舞いなどが未熟であること。



......ちょっと寒かったですかね?


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