お姫様とお買い物
目が覚めると、俺は大きなベッドで寝ていた。
左側には、モミジが居る。
どうやら、本当に異世界に召喚されたようだ。
という事は、3ヶ月間はここに居ないといけない。
いや、それ以前に、王様が俺を殺そうとしたら――。
「おはよう」
俺の思考はモミジの声によって遮られた。
「大丈夫、何も心配する事ないよ」
モミジはそう言って、俺の頭を優しく撫でてくれた。
よっぽどひどい顔をしていたんだろう。
心の中に渦巻く不安が、やわらいだ気がした。
朝食後、俺達は王様に呼ばれ王座の間に赴いた。
「幸也」
王様に名前を呼ばれ、伏せていた顔をあげる。
王様の顔には最早恐怖の様な感情は読み取れない。
決意に満ちた顔をしていた。
「はい」
「お前を国外追放とする」
王様の声が響くと、モミジは息を呑んで固まっていた。
それに対して俺は、処刑では無くてよかったと、考えていた。
しかし、モミジは納得出来ないようだ。
「お待ちくださいお父様! 幸也は確かに黒髪ですが、まだ何もしておりません。罪もない者に罰を与えるのですか!」
「何もして無くても、国民は不安に思うであろう。その不安は国中に混乱をもたらし、いずれは世界に広がるだろう。それを事前に防ぐのが、私の役割だ」
モミジの訴えかけにも、王様は耳をかさない。
「処刑という意見も多かったが、娘と同等の契約を結んだ相手を殺す事は出来ない。これが私に出来る、唯一の恩情だ」
結局王様が決定を覆す事は無く、俺は数日中にこの城から出る事になった。
「ごめんなさい、勝手に召喚しておいて、黒髪だから追放、だなんて」
モミジがションボリとしながら謝った。
「しょうがないよ、王様の言ってる事もちょっとは分かるしさ」
俺は肩を竦めながら答える。
観光の旅に出ると考えたらいいんだと、かなり気楽に考えていた。
今は、モミジが旅の準備を手伝うと言って、街に来ていた。
最初に来たのは、剣が交差するように2本描かれた看板の店。
「まるで、武器屋みたいだ」
「? 武器屋よ?」
俺の呟きに小首を傾げつつ、モミジは中に入っていく。
「旅に剣なんか必要なのか?」
慌てて追いかけながら尋ねる。
「魔物も盗賊も出るんだから、自衛手段くらい持っておかないと」
魔物! まるで異世界に来たみたいだ。
いや、実際ここは異世界だったか。
「らっしゃい」
店主が声をかけてくる。
筋肉質で、いかにも武器屋の店主っぽい。
壁には、多種多様な剣が飾られていた。
「どれがいいかしら?」
モミジも俺と同じように、剣を眺めている。
ふと、一つの剣が目に入った。
シンプルなデザインで、剣幅が広く、長さ50センチ程の剣だ。
手に取ろうと手を伸ばすと、店主の慌てた声が響いた。
「おい、そいつはクソ重いから片手で持つなって書いてあるだろう」
剣の下には、剣の名前と注意書きが書かれているらしい。
書いてある文字は一切読めないから分からなかった。
慎重に両手で掴んで持ち上げる。
缶ジュース程度の重さだった。
右手で持って軽く振ってみる。
踏み込んだ足が地面にめり込む。
ブゥン。
思った以上の速度が出て、空気を切り裂く音がはっきりと聞こえた。
「全然軽いんですけど? というか、ごめんなさい、床へこんじゃった」
店主もモミジも、口をあんぐりと開けてこちらを見ている。
「そ、それ、重力鉱石っていう鉄の数十倍は重い金属が使われていて、剣にしたはいいが、誰も振り回せなくて売れ残ってたんだ。安くしとくから、どうだい?」
気を取り直した店主は、これ幸いにと、勧めてきた。
経験上、直感で選んだものの方がいい。
モミジの方を見ると、モミジは頷いて、剣―テットという銘らしい―を買ってくれた。
10歳の女の子に買ってもらうってどうなんだろう?
いや、お姫様だからね、うん。
剣を腰に差して、防具屋にも行く。
重装備は嫌なので、革の胸当てなど、軽装備を購入。
その後、広場で干し肉などの非常食を買っていると、一つのネックレスが目に入ってきた。
小さな宝石が付いたそのネックレスに魅入っていると、それに気付いたモミジが店主と交渉して、パパッと買ってしまった。
「えっと、ありがとう」
戸惑いながらお礼を言うと、モミジは不安そうにこちらを見てくる。
「あ、別に欲しくなかった?」
「いや、そうじゃないんだけど……えっと、モミジに似合うかなーって思って、見てたんだ、よ?」
そう言いながら、モミジの首に、先ほど買ってもらったネックレスをかける。
途端に、モミジは嬉しそうに飛び跳ねる。
「そう……なんだ。ありがとう」
指先で宝石を触りながら、何かに気付いた様にはっと俺を見て、くるっと1回転回った。
まるで、どう? と聞きたげにこっちを見ている。
まるで、ではなく、似合ってるか聞きたいのだろう。
「うん、すごくよく似合ってるよ」
「えへへ……こういうの貰ったの初めてなんだ」
思ったままに褒めると、少し照れたようにモミジがつぶやく。
俺は選んだだけだけど、と口に出さないくらいの空気は読めるつもりだ。
俺も、何となく照れくさくなって、少し歩幅を増やして、モミジの前に出る。
しかし、次にどこに行くのか分からない。
ちょっと進んだ所で足を止めて、後ろを振り返る。
しかしそこには、モミジの姿は無かった。