02
一地方の事件であった為にテレビで取り上げられたのはほんの一分程度しか映らなかったが、覚哉の頭からあの光景は離れず授業中の頭から離れず授業中はぼんやりと過ごしていた。
すでに二学期の期末試験を終え、残すは終業式までの一週間の午前授業だけである為、大した支障にはならない。
そんな彼が唯一集中したのは事件について話していたクラスメイトの会話の時だけだった。
たまたまあのマンション付近に住んでいた級友がいたのである。
放課後、図書準備室で彼は改めてニュースで報道された事件の事を考えていた。
事件現場の近くに住んでいたクラスメイトの話によると真夜中に凄い音がして外に出て見れば、マンションから白い煙が立ち上るのを見て最初は火災が起きたのではと消防が呼ばれたらしい。
午前三時前の事でその音が響くまで気がつかなかったという。
果たしてそれは有り得るのだろうか。
覚哉はボールペンを手に取り鉄骨に見立てつつ考えを走らせる。
重量のある鉄骨がしっかりと地面に突き刺さるという状況にするには三通りの方法が考えられる。
一つは事前に穴を開けてそこに鉄骨を入れる方法。もう一つは上から何か重いもので打ち付ける方法だ。
一番簡単なのは事前に穴を開け、そこに鉄骨を挿入する方法である。
しかし突き刺さった鉄骨は一本だけではなかった。テレビで見ただけでも五つほどあったのを確認している。
日中に開ければ目的不明な複数の穴を建設作業者が見逃すはずは無いし、仮に何らかの意図があって業者が穴を開けたとしても密集した場所に穴を開ける事など普通は有り得ないのではないだろうか。
となれば無人になった夜中に穴開け作業を行った事になる。時間がかかる作業だけに深夜こそ人がいないものの夜中であれば誰かしら気付くであろう。
もう一つの方法はもっと現実的ではない。人の手で持ち運べるようなものならともかく、人より長い鉄柱を打ち付けるものなど、仮にあったとしてもそれこそ打ち付けた時の騒音で周囲がすぐさま気付くはずだ。
それ以前に全ての案には必ず鉄骨を一度持ち上げなくてはならないという致命的な問題があった。
鉄骨の明確な重量は想定できないがかなり太く、数tのものかもしれない。
そうなると建機――クレーンのようなものが必要になる。建機は総じて騒音が発生するものだ。
クレーンで持ち上げた場合、アームの駆動音が一定時間周囲に鳴り響く事になる。
それが近隣住人に気付かれないというのが不自然過ぎた。
そもそも犯人は何を考えてこんな事をしたのだろう。愉快犯とでも言うのか。
結局情報が足りない以上、いくら考えた所で真実はわかりようも無い。
堂々巡りしていた思考を止め、ボールペンを高く持ち上げ落下させた。最後の案でもある『高所から鉄骨を落下させる』という方法。ボールペンは地面と想定していた机の上でことりと倒れる。
「……まさか、な」
まるで自分に言い聞かせるように彼は呟いた。
「おいーっす」
扉が開き能天気な闖入者の声が彼の耳に届く。
「カク、正直に答えてほしい」
読が入るなり真面目な顔をして問い質す。
「今朝の鉄骨事件、あれってカクが犯人?」
「……どういう発想でそうなった?」
頭痛がしたかのように覚哉は頭を抱える。
「新しく書いた小説読んだよ。鉄骨が突き刺さるシーン、あれって今回の事件と同じじゃない。つまり、あれは犯行予告だったんだよ!」
「その論法でいけば、ミステリー小説のトリックを使った犯罪は全て作者の犯行になるぞ」
手近にあった本で軽く彼女の頭を叩く。
読は実際にミステリーのトリックを使った事件は少ないけどねと笑いながら舌をペロッと出す。
「でも偶然って凄いよね。現実は小説より奇なりなんていうけど。一体何を考えてんだろね、犯人は。カク分かる?似た状況を書いた作者としては」
「わかるわけないだろ。ましてやあれは超能力で起こした現象だぞ。犯人がやろうと思ってもできるわけないだから」
両手を上げながら肩を竦める覚哉。
それを見ながらニヤニヤと笑う読。
「ま、模倣犯が真似るほどメジャーな作品でもないしね」
「ぐっ、うるさい!まだこれからだ!」
怒鳴る彼に笑いながら、読は彼の対面に座る。
「そうそう、聞きたかった事はもう一つあるよ。今書いてる小説のタイトルの『PSI』ってどういう意味なの?」
小首を傾げながら読が問う。
「ググれと言ってやりたいが、『PSI』は超能力の事だ」
覚哉の苦々しい表情が一変し、楽しそうに語りだす。
「あれ?超能力ってESPだとかサイコキネシスだとかじゃなかったっけ?」
「明確に言えばそれらを含んだのが『PSI』だ。元は精神医学で超能力の意味を持つ記号であるギリシア文字のΨ(プサイ)らしいがな。『ESP』――Extrasensory Perception、超感覚的知覚は五感以外の科学では説明できない超感覚の事を指す。例えば予知や透視、精神感応は『ESP』に該当する。サイコキネシス――Psychokinesisは『PK』と略され、これは念動力と呼ばれる物体に干渉する能力の事だ。例えば念動力、遠隔念動、発火能力、瞬間移動が代表格だな」
「という事は主人公の能力もPKになるわけか。物を消して、何処かに転送しているようだったから――物体転送?」
「そうだな。物体転送の能力者でもある」
「でもある?あんまり主人公の能力がチート過ぎるとまた書き辛くなるんじゃ」
「まあそれ以上はおいおい話を進めればわかることだ」
訝しげに覚哉の目を見詰める。
「……もしかしてプロット考えずに書いてる?」
覚哉は視線を逸らす。それを見て読は大きく溜息をついた。
実の所、覚哉の頭の中では次話の展開は決まっていた。
そもそも主人公・PK―1329が追われている理由は何故か。――それは彼の超能力が関係した。
『PSI』の世界において空間操作を行える超能力は希少である。作中では唯一の物体転送能力者だ。
だからこそ彼の存在価値は高く、彼はとある組織によって監禁されていた。
超能力者を非合法問わず世界中から集め科学によって超能力を解析し、軍事転用を行っている秘密結社である。
組織の超能力者の扱いは二つある。
一つは組織に所属し、その能力を活かし組織から命令された非合法な犯罪行為を行っている。
もう一つは実験動物としての扱いだ。それこそ遺体まで隈なく研究に使われ、希少な彼の運命は死んでもなお組織の手を逃れることなどできない。
物体転送能力者である彼には当然あらゆる拘束具が通用しない。
必然的に実験以外の時間は物一つ無い部屋に二十四時間監視の目に晒されるという過酷な幼少時代を過ごす。
だから彼は非常に自由に憧れているのだ。
そんな彼が能力実験の際に能力を暴走させ、その時の混乱の隙をついて研究所から脱出した。その逃走劇が第一話の粗筋となる。
第二話はその彼に対して追っ手が放たれる。
組織に所属する超能力者、ESP―1475、PK―1184の二名だ。
接触感応能力者であるESP―1475によって追跡され、PK―1329は次第に追い詰められる。そして発火能力者であるPK―1184との対決。
能力者には能力を行使するには幾つかの条件が存在する。
物体転送能力者であるPK―1329にも当て嵌まり、物体に接触しなければならず、気体や液体といったものを転送することはできない。
その為、炎を転送できずPK―1184には苦戦を強いられるのだ。
ガソリンスタンドで炎に包まれながら追い込まれたPK―1329はもう一つの能力を使い脱出する。
実験中の能力暴走によって開花しつつある『瞬間移動』――それが再び発動したのだ。
超能力者の中にはその能力を全く別の進化させる事がある。
例えば『透視能力』――見えない箱の中身を当てるなど目に見えないものを見ることができる超感覚だが、視界外の遠方の風景を何の道具も使わずに見ることができる『遠隔視』に変化することもあるのだ。
彼もまた度重なる能力の使用で『瞬間移動』に目覚めた。
しかし未だ完全にコントロールできていない。
だから逃走時に以前の物体転送能力しか使わないのである。
というのが、第二話の大きな流れだ。
幸い頭にシナリオが出来ていたからか、彼の入力するペースは早く帰宅して4時間程度で仕上げてしまう。
投稿する前に新作『PSI』の小説情報を確認してみるとやはり他の作品同様人気は無く、評価は0ポイント、感想は皆無だ。
アクセス数はわずか八人しか読まれていない。その八人のうち閲覧した時間は投稿直後に三人しかいないのだ。――つまり犯行時刻以前にこれを読んだのは三人いるという事になる。
深く目を閉じ覚哉は考える。
読の言うようにたった三人の中でこれを読んで犯罪に走るなど考えにくい。
ましてや話の中のPK―1329がいるとでも?馬鹿馬鹿しい。
こんな超能力者はあくまで物語の中の話だ。全ては偶然――偶然である。
目を開き、第二話を投稿する。
歪み――昨晩と同じ、いややや歪みが弱いが確かに目に見える全てがぶれる。
昨晩のより意識がはっきりしているのでそれを明確に認識した。
「一体何なんだよ!?これは!」
目を見開き叫ぶが、歪みはまた直ぐに収まる。
そして再び普段の光景へと戻った。
一体何が起きたのか――と思考がぐるぐると駆け巡る。
だが幾ら悩んだ所で答えなどでない。
結局ベッドに潜り込んでも興奮して寝付けず、何度も寝返りをうちながら思考の堂々巡りを繰り返していた。
投稿直後に出たあの歪みは何なのか――疲れなどで起きた現象とは思えない。事実、投稿直後以外何も起こらなかったからだ。
ならば、あれは何だというのだろう。
寝返りながら天井を見る。カーテンから漏れた外の明かりが暗い室内を照らしていた。
いつもに比べ、やや明る過ぎないか――?
疑問に思った彼はカーテンを開ける。
冷気が肌を突き刺しぶるりと震えたが、窓の外を見ればそんな瑣末な事は感じ無くなるほどの衝撃が走った。
深夜暗い夜景の中に煌々と揺らめく赤――。
まさか――彼の心がざわつく。着の身着のまま、彼は家を飛び出した。深夜人がいない中を自転車で駆ける。目的地に近づくにつれ、様子を伺っている住人の姿がちらほらと増えはじめた。
そして、聞き覚えのあるサイレンの音――。
漸く目的地付近に到着する。辺りは野次馬がいて消防士が忙しなく動いていて現場は騒然としていた。これ以上は近付けそうもない。
必死に急いできた分汗で真冬の寒さが身に堪えるが、そんな寒さの中であるにも関わらず、仄かに暖気が伝わって来る。
黒煙、爆音、炎――。
天をつかんとばかりに燃え盛るガソリンスタンドを目にした覚哉は、疑念が確信に変わりつつあった。