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01

深夜、人通りの無い道を薄緑の薄手の服――患者衣だろうか――を着た一人の少年が駆けていた。

長時間走り続けていたのか服は乱れ、色白な額には玉のような汗が流れており、息も上がっている。

しかしその表情は無表情。

男性にしては少し長い背中に届くほどに延びた白髪が走る度に顔にかかるが、そのうっとおしさすら気にも止めず、ただひたすら静かなこの場所を走り続ける。


住宅地からやや離れている上に深夜だからか彼以外一人としていない。

その彼の向かう先にはまだ剥き出しの鉄骨が見える建物がある。

その建物を囲うように設置されたフェンスにあった標識からどうやらこの建物は基礎工事中のマンションだとわかる。かなり規模の大きいマンションらしく、フェンスから建物まで距離があった。


周りに注意をしつつ、建設現場のシートゲート前に着く。

夜間の建設現場は無人で彼の吐息が周りに響くほど静かだった。

シートゲートは当然ながら鍵がかけられており侵入者を受け入れない。

彼はその鍵に手をかける。


その瞬間、錠前が掻き消えた――。

少年はその事に驚きもせず半身が程度にゲートを開く。

そして中に入るとゲートを閉じて、辺りを見回す。

仮設事務所や青いシートがかけられた鉄骨などの資材が傍に有り、身を隠すには場所は困りそうもない。

流石に防犯からか仮設事務所は施錠されていて入れそうもなかった。


だが建材の陰に身を隠せば外からは容易に見つける事はできないだろう。

少年は走り続けた為に一刻でも早く疲れきった体を少しでも休めたかった。

ゆっくりと建材へと足を運ぶ。


銃声――。

少年はその音を聞き立ち止まり振り返る。

そこには五人の男達がいた。


彼等の年齢は成人を越えた程度の年若い青年が多く、一人だけ三十代を越えている容貌の男が一番年上に見える。

年上の男はスーツ姿だが、他の男達は容貌も相まってその辺りにいそうなチンピラを彷彿とさせた。


「さて、鬼ごっこは終わりにしようか。PK―1329」


先程発砲した銃を少年に向けながらスーツ姿の男が話し掛ける。

穏やかな声とは裏腹にまるで肉食の獣のような獰猛な笑みを浮かべて。


「おおっと、お前の能力は分かっている。不審な動きをしたら即ズドンだ。わかったな」


僅かな少年の動きを見越してスーツ姿の男が牽制する。


「おい早く拘束しろ」


スーツ姿の男が周りの男達に指示を出す。

その言を受けて男達は少年を拘束せしめんと一歩一歩近付いていく。


だが取り囲もうとしたその時、少年は動き出した。

スーツ姿の男が発砲するが素早く身を屈めた少年は難を逃れる。

そのままシートのかかった建材の陰へと逃げ込んだ。


「ちっ、手間をかけさせやがって。なにをモタモタしてやがる。さっさと捕まえろ!」


スーツ姿の男の苛立ち混じりの言葉で弾けるように少年へと駆け出す男達。

だが少年はそれを見ても動じるどころかシートの中の建材に右手を添える。


「まずい、奴は能力を使う気だ!」


男達の一人が悲鳴に近い叫びをあげる。

少年が触れていた建材を覆っていたシートが一瞬にして中身を失いはらりと舞い落ちる。

だが、何かが起きる気配はない。

異常なまでに警戒した男達は少年の行動を見て一瞬歩みを止めたものの何も起こらない状況に呆けた。


「はっ、なんだビビらせやが――」


一番怯えていた男が何も起こらなかったのであえて強気に振る舞おうと声をあげたが、彼の声は轟音によって遮られた。

そして男達のいた場所は土煙を巻き上げる。


土埃、いやセメントの粉塵でスーツを真っ白く変えられた男は手で口を覆いながら、少年の姿を追うが粉塵が収まる気配は無く少年の姿さえ見て取れない。

ようやく視界が開けスーツ姿の男が見回すと、そこには倒れた男達と空から落下してきた鉄骨が地面に縦になって突き刺さっていたり、横倒しになっている光景が広がっていた。


「くそっ、やられた!」


騒動に紛れて逃走したのか既に少年の姿は無い。

それにいくら深夜で住宅地から離れているとは言え鉄骨の落下音は予想外に一帯に響いており近隣の者の注目を集めるのには十分過ぎた。


スーツ姿の男はその事に気付くとがつんと鉄骨を蹴り上げた―――。







「蹴り上げた――と。ふぅ……」


長時間パソコンのモニターの前でキーボードを打ち込んでいたからか疲労を感じ、思わず男は背伸びをする。男は歳は十代後半ぐらいの長身の青年だった。ぼさぼさの癖毛を見れば余り身嗜みに気を遣っていないであろう事を感じさせ、色白で痩せた体躯は体を動かす事を得意としていない事を連想させる。


青年はパソコンの時刻を見た。

既に二時を回っている。


「続きは今度にしてそろそろ寝るか……っとその前に」


青年の癖なのか、誰に向かい言うわけでも無く独り言を呟いた彼はインターネットブラウザを立ち上げる。

カチカチとマウスを操作するとブラウザには『作家になれよ』というサイトが表示されていた。


『作家になれよ』――通称『なれよ』とは小説投稿サイトの事である。

作家として登録すれば無料で小説を公開でき、不特定多数の読者が閲覧し小説の評価や感想を得る事ができるサービスなのだ。

彼もまたこのサイトに登録する作家の一人だった。


その『作家になれよ』のトップページには運営のお知らせや新着や完結した小説の一覧、その日最も評価された小説のランキング――正確に言えば独自の評価ポイントで算出されたランキング――が表示されている。

十位まで掲載されているランキングに彼の作品の名は無かった。


だがそれを気にした様子も無く『ユーザーページ』を開く。

『ユーザーページ』は登録したユーザーが表示できるページの事であり、小説の投稿や投稿した小説の編集などが操作できるページの事だ。

彼は既に投稿済みだった自身の作品――五つほど登録されているがどれもが五話ぐらい掲載されており、うち四つの作品は一ヶ月以上更新されていなかった――で最も至近に、一週間程前に更新された小説を選択し、『小説情報』を見た。

『小説情報』はその小説の掲載日や更新日の他に読者からの評価や感想の件数が表示されている。

――評価0ポイント、感想0件――それを目にした時、青年の眉はわずかに釣り上がった。

今度は小説が閲覧された時間や閲覧数を表示する『アクセス解析』を選択し、この小説は何人に読んでもらえているのか青年が確認する。

当日のアクセス数、十人――週間七十人程度閲覧した作品は誰一人として感想はおろか評価を下してはいなかった。

つまりこの小説は読者の関心を得る程の作品では無いという証明がなされているのだ。

これには彼もがっくりと肩を落とす。


「……小説を書くのって難しいよな……」


机の上の写真立てを見遣りながら彼――本荘覚哉ほんじょうかくやはそう呟いた。









私立編集院高等学校は覚哉が通う高校である。

県有数の進学校だが、少子化が進む昨今それだけでは厳しい為に部活動に対しても力を入れており一般的な高校に比べれば部の数は多い。

例えば教室にしては些か狭いこの図書準備室にも活動している部が存在する。

ハードカバーが黒ずむ程読み古された本が紐で縛られ無造作に置かれており、型落ちしたパソコンが一台置かれたこの部屋には一組の男女の学生が、部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで文庫本を読んでいた。


「今日も誰も来ないね」


文庫本に目を通しながら少女が嘆息した。

少女は藍色のカーディガン、緑のチェックのプリーツスカートを着ており、足をぶらぶらとさせている。

薄く茶色を帯びたショートヘアで吊り目気味だが顔は整っており、平均より少し低い身長とスレンダーな容姿も相まって綺麗というよりは可愛いといった印象を受ける少女だった。


「どうした?読」


同じように文庫本を読み耽っていた覚哉は僅かに顔を上げ、少女――公文読くもんよみに視線を送る。


「別にぃ。何でもないよ」


手をぱたぱたと振る読。

彼女の仕草に疑問を抱きつつも本に視線を戻す。

放課後なのでグラウンドから体育会系部活が活動している音と時折ページをめくる音が響く。

こうして本を読んでいるだけなのだが、これもれっきとした彼等が所属する部活動の一環である。


彼等が所属する部は『ライトノベル研究部』。

彼等が手にしている純文学より娯楽性が高い小説――ライトノベルを研究する部である。ライトノベルの品評会や自身が書いた小説、レビューなどをまとめた会報を作るのが主な活動内容だ。

文芸部とほぼ似た活動内容なのだが、ライトノベルに絞る事で純文学が主軸の文芸部との差別化が図られている。

昔は物珍しさから部員が多数所属していたらしいのだが、部を設立した世代が卒業した今では大半が幽霊部員と化していていつも覚哉と読の二人きりだ。


「そうそう、カク。前に『なれよ』に書いてた小説。あれ読んだよ」


読は本を読むのを辞め、ふと思い付いた事をカク――覚哉のあだ名――に言う。

彼女は覚哉の趣味が創作で『なれよ』に投稿している事を唯一知る人物である。

彼はその言葉にぴくりと反応するがさも気にしていない風を装いながら尋ねる。


「ほう。で、どうだった?」


「……言っていいの?」


読の確認の言葉は、以前感想を問われ一刀両断の元に切り捨てたからきたものだ。


「ふっ、そこらの豆腐メンタルな作者と一緒にするな!かかってこい!」


覚哉は本をテーブルに置き大仰しく身構え言い放つ。

その仕草を見て呆れながらも読は淡々と答えた。


「まず相変わらず誤字脱字があったよ。見返すといいかも。それと今回はVRMMOに似た世界のデスゲームものだったよね。一言でいうと、どこかで見たような設定が多かったかな。既視感が強すぎてオリジナリティに欠けるというか。なんていうか、テンプレ過ぎ。なんていうかVRMMOものを書きたかったから書いたって印象かも」


「むう、前の感想で王道でもいいと言われたから書いたのだが」


少し顔をしかめつつ覚哉が尋ねる。


「ああ、『なれよ』じゃ確かにランキングの上位はVRMMOものだもんね。流行り廃りはあるから参考にするのはいいけど全部似せる必要は無いと思うよ。余りに展開が一緒だと印象に残らないから。デスゲームならどうやって生き残るのかとか深く掘り下げたほうがいいんじゃないかな。邪道ならPKに目覚めて堕ちていく心理描写を入れるとか」


それに、と読は話を続ける。


「前のは神様転生チートハーレムだったからね。二次創作とかではテンプレだけど、5つもトンデモ能力貰ってチートにし過ぎて、展開が一方的過ぎてチーレムになるまえに行き詰まってエタったし」


「まあ相対的に敵も強くしようとするとハードルは高かったな」


「だよね。話は逸れるけど、神様がミスして死なせてしまったから謝罪の為に転生させて能力あげるって色々ツッコミ所満載だよね。主人公としてはミスで殺されたなんて黙っていればわからないし、転生させるなら元の世界で生き返らせたらいいのに。だいたい転生させれば詫びの印になるかどうかもわからないし。おまけにこの事は他の神様に黙っておいて欲しいとか、神様並のチート盛り合わせで目立つのに転生後に死んだ時バレないとか本気で思ってるのかな。カクの小説には無かったけど他の作者の作品で複数のチート能力あげて主人公がそれで充分だって答えたら、『もういらないのか。意外と謙虚な奴じゃの』とか言ってたのを見た時は謙虚って言葉の意味を辞書で調べろって思ったもん」


多分作者はそうしたツッコミが欲しいんだろうけどさ、と鼻で笑いながら読は言った。


「まあ、わかった。ちょうどまたオリジナルで書いてる奴は今日の晩には掲載する予定だ。気が向いたら読んでくれ」


「ふぅん。一度きちんと書き上げるか、短編を書いたほうがいいと思うけど……次は何を書くの?」


読の言葉に覚哉はニヤリと笑い返す。


「SF。超能力バトルだ」








「よし完成した!」


パソコンのモニター前で文の見直しと推敲を済ませた覚哉が声をあげる。


両親は出張しており、この家には他に誰もいないのでこんな独り言を言っても咎める者などいない。


「しかし、冷静になって読み返すと鉄骨って縦に突き刺さるものなのか……?」


首を捻るがネットで検索しても上空から落下した鉄骨が人に突き刺さる事故はあってもそんな事例は見つからない。


「まあいいか……」


多少脚色があっても大丈夫であろうと彼は気を取り直す。あとは『作家になれよ』に投稿するだけだ。

新規小説作成画面を表示し作業を進めていく。

投稿する小説の題名は『PSIサイ』。だが入力していくにつれて些か捻りが無いか、読者の興味を引かないのではと感じて、手が止まった。

彼は腕を組み唸りながら考えるがいいタイトルが思い付かない。

視線をさ迷わせていると机の写真立てが彼の目に入る。

そこにはまだ小学生の頃の自分の姿も写っていた。

この頃はまだネットに投稿はしていなかったけれど創作を始めていた頃である。


思えば初めて物語を考え始めた頃は何も気にせず自由に話を創っていた。

それに比べて今はどうだろう。

批評ばかり気にして題名すら悩んでしまうくらいだ。

あの頃のように自由に話を創りたい――そう彼は思い、題名を変更せず投稿する。






その瞬間、世界が歪んだ――。







「なっ!?」


視界に入ったものが一瞬霞み歪んで見え、思わず驚きの声を上げる。

だがそれは一瞬の出来事で既に何事も無いかのように普段と同じ光景だった。

モニター上も投稿が完了した画面が映っているだけである。


「なんだ?疲れているのか……?」


長時間モニターを見続けていたからか目に疲れがあるのかと瞼を軽く揉む。まだ日を跨いではいないが実際疲労は感じている。

結局それから何も起きなかったので気のせいだと思い、彼は床に着いた。


翌朝、少し早くに起床した彼はトーストを焼きながらテレビを点ける。ちょうど朝の報道番組が流れていた。

最近は大きな事件は起きてもいない。

強いて言えばノーベル賞を海外の科学者が受賞したぐらいだろうか。

あとは政治の話や芸能人のスキャンダル程度しか報道されていない。


だが今日は違った。

寝ぼけていた彼の目を引いたきっかけは自分が住んでいる市で起きた事件だった。

しかもその事件の現場は郊外に建設中のマンションだった。

自身が書いた小説のモデルとなった場所である。


「え……?」


興味が驚愕へと変貌したのはテレビに映った光景がまるで――。


『今朝未明、建設中のマンションで鉄骨が落下する事件がありました。付近の住人の通報を受け警察が調べた所、無人の建設現場での出来事であり、又マンションにまだ使用されていない鉄骨であることから何らかの事件が行われた可能性が――』


そうそれは覚哉が書いた小説のワンシーンがそのまま現実と化した、鉄骨が地面に突き刺さった光景だった。

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