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第5話 昏睡

   



 父は早朝6時30分に出社する。母は亭主に朝食を作ると7時までゆっくり過ごした。日課となった風景が過ぎてAM7時を迎えた。いつもなら寝坊助の真也がこの辺りで二階から降りてくるはずだった。しかし、今日はその足音が聞こえて来ない。「いつも遅くまで勉強してるからね。本当はもう少し寝かせてあげたいけど。」母、和子はそう思いながらイスから腰を上げると二学期が始まる彼の部屋の前まで行き、その扉をノックした。「真也、真也。起きなさい。」コンコンと高音が響く。けれど室内からの応答はない。母は鍵の付いていない彼の部屋のドアノブを回すと、恐る恐る覗き込んで小さな声で名前を呼んだ。「しん、や。」普段入る事のない息子の部屋で明らかな異変を示す真也の姿があった。和子は一言悲鳴のように息子の名を叫ぶと大急ぎで救急車を呼んだ。


 「原因は不明です。」医師は母親にそう伝えた。真也が病院に搬送されてからすでに数時間が過ぎていた。「生きて、いるんですね。」「はい。」核心に迫る母の質問に医師は答える。その言葉を聞いて安堵の気持ちから和子の全身から力が抜けた。息子の真也は今、病室で静かな眠りについていた。診断を聞き終えた母は彼の元に行くとベッドの傍らにあるイスへ座った。そして真也の額にそっと手を添えた。冷たい。その肌は氷のようだ。わずかに行われる呼吸はかすかで、まるでされていないかに見える。穏やかな眠りのようなその姿はまさに死人のそれだった。しばらくして母は思い出したように携帯電話が使用可能な場所へ移動すると亭主へと連絡をした。まだ駆けつけるまで時間がかかるだろうと思われた彼はもう病院のすぐそばに来ていた。


 瑠奈は真也が登校しない事に不安を隠せないでいた。昨日の件もある。彼が二学期早々に欠席したその原因が自分にあるのではないかと考えていた。瑠奈は迷っていた。自分はどうすれば良いのかと思案し続けた。携帯電話に連絡しても連日のように返事はなかった。結果、彼女は直接真也の家を訪れようと覚悟を決めた。何より、昨日の話の決着はついていないのだったから。


 隣町なのに一度も来た事はなかった。電車に乗って一駅なのに、何もわからない街だった。住所録を頼りに瑠奈は真也の自宅を探した。どこにでもありそうな住宅。彼の家を見つけると瑠奈は呼び鈴を押した。時刻はまだ夕方の6時。突然訪問しても失礼はない。彼女ははやる気持ちを抑えた。だが、応答はなかった。仕方がないので帰路につこうとした瑠奈を1人の男性が呼び止めた。それは今、病院から帰って来たばかりの真也の父、武彦であった。「何かご用ですか。」父親に問われて瑠奈は口ごもってしまう。「私、真也君の同級生の月上 瑠奈と申します。あの、あの。」そう言うと瑠奈は言いたい事も言わず、「失礼しました。」と言い残して逃げ帰ってしまった。後に残された武彦はあんぐりしていた。「なんだよ、可愛い彼女がいるんじゃないか。」そう微笑ましそうに笑うと誰もいない自宅へ入っていった。そして携帯電話を取り出すと妻、和子にメールをした。


 『真也、大丈夫か?早く起きると良いな。待っている人は多そうだ(笑)。』受信されたメッセージを読んだ和子も微笑みを浮かべた。女の勘が教える。彼女は眠り続ける真也にその文章を読み聞かせると彼の頬を撫でて言った。「誰に似たのか。きっと、私よね。お父さんじゃないわ。」真也の冷たい体に変わりはなかった。しかし、母が触れた肌は温もりが伝わりほんのり赤みがさした。それはきっと帰るであろう我が子の、頼もしい生命の脈動に他ならなかった。



自作小説『Dime†sion』 =第5話=



つづく




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