第3話 2ヶ月間の夢
頭上には雲一つない真っ青な夏空が広がっている。あの日からもう2ヶ月が過ぎ、8月になって夏休みも中盤に差し掛かっていた。受験生となった真也と瑠奈は共に忙しい日々を送る。毎日、高校でひらかれる夏期講習へ通い来年の春に備えた。熱気が立ち込める教室は窓の外からセミの大合唱が聞こえている。受講の最中、ふと真也が瑠奈に視線を向けると彼女と目が合って、しばらく微笑みを交わした。
月上 瑠奈は優しさに満ちた良い女の子だった。真也が友との死別に涙した日、瑠奈は彼の気が済むまで何も言わずそばにいてくれた。思いの丈を全て彼女にぶつけた後、真也はそんな瑠奈の手を握り彼女の気持ちを受け止めた。寂しさを紛らわす為ではない。真摯な思いだった。瑠奈と過ごす毎日は充実していた。朝、挨拶を交わし、放課後に少し話す。帰り、自転車通学の瑠奈は自転車には乗らず真也の少し後ろを歩いて駅まで見送った。駅に着く寸前の大きな交差点の信号が赤であれば良いと口に出さないまでもお互いがそう願っていた。
「私、兎神君と同じ大学を志望校に入れたよ。」瑠奈が真也に切り出すと彼は面食らった表情を浮かべた。同じクラスにあって高い学力を誇る瑠奈は望めば上の大学を目指せる。そんな彼女が自分に足並みを合わせ進学レベルを下げる事は素直に喜べる物ではなかった。だが、彼女が自分を慕う気持ちは嬉しかった。その気持ちが邪魔をして、瑠奈が自分のそばからいなくなる未来を彼女に薦めはしないでいた。
「月上さんの本命の学校ってどこ。」「どうしてそんな事を聞くの。」今度は真也が瑠奈に問うと彼女は首を傾げて答えた。瑠奈の中に真也が進学校を合わせるという選択肢はなかったのだろう。彼の心中に少しばかりの悔しさが滲んだが「自業自得かな」と呟くと頬に手を当て、今よぎった感情を頭の奥に押し込めた。
「あの人、こっちを見てる。」願いが叶った交差点の赤信号で瑠奈が真也に話し掛けた。けれど、さっきのやりとりが胸につかえたままの真也は上の空でその話を聞き逃していた。「ねぇ、兎神君。あの人がさ。」瑠奈が真也の袖を引っ張って交差点の向こうを指し示す。ようやく彼女の問いかけに反応した真也は交差点の向こうに視線を移した。だが、大型のトラックが過ぎ去ると瑠奈が言うような人物はいない。「誰もいないよ。」真也が瑠奈にそう言うと同時に赤信号は青に変わる。「でも」と言いかけた彼女に真也は「じゃあ、また明日」と言い残すと駅へ駆けて行った。今、真也と瑠奈の間に僅かなすれ違いの思いが生じた。けれど、そんな事態に2人はまだ気付いていない。瑠奈は真也の後ろ姿を見送るのも忘れて意味深な言葉を口にしていた。
「確かに人がいて、こっちを見てたよ。何より私にはあの人が兎神君にしか見えなかった。」
自作小説『Dime†sion』 =第3話=
つづく