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The White Rabbit 「 余部 」

彼の魂の根源は一羽の真っ白なうさぎでした。


今からずっとずっと昔の話。

出雲という土地がまだ名前の変わる晴間(はるま)と呼ばれた時代の話。

彼の魂は今の兵庫県美方郡香美町、但馬と呼ばれる地域の一羽の真っ白なうさぎでした。

そのうさぎは賢くて、うさぎなのに農業までこなし、皆を裕福にしました。

うさぎはとても働き者、みんなの頼れるリーダーでいつも土にまみれ泥だらけで真っ黒。

けれど、子供達をなでる右手だけはいつもゴシゴシ洗われてキレイな白でした。

賢いうさぎはその手腕を買われ、(のち)にその土地の神様の下で働きます。

生来まじめなうさぎは一生懸命働き、主神(しゅじん)に尽くしました。

しかしそんなある日、うさぎが管理する山の周辺で問題が起きたのです。

本来はエサともされるうさぎ達が力を付け、キツネを騙し、力を合わせてクマをも倒しました。

うさぎの仲間達は山を荒らしました。

草を食べつくし、土を掘り起こし全てが荒れ果てました。

荒んだ状況を見かねた土地の神様はこれはどうしたものかと晴間(はるま)におわすエライエライ神様達に助けを求めたのでした。



その頃、山はひどい有り様でした。

山の動物達はやせ細り、当のうさぎ達まで共食いを始めている始末。

事は急を要しています。

そんなある日、賢いうさぎは土地の神様に呼び出されこう言われました。


「うさぎよ、お前の山の惨状、哀れに思う。」


うさぎは困り果てていました。

自らが蒔いた種、授けた知恵で起きた悲劇の後悔の念でその頭は満たされていました。

神様は言いました。


「うさぎよ、助け舟を出そう。ここより先の海の真ん中に隠岐の島という場所がある。そこに行き、高貴なる方の無くし物を探すのだ。」


うさぎはその話に耳を傾けました。



次の日、賢いうさぎは必死に止める家族を振り払い、前に立ちはだかる仲間を蹴散らして海に出ました。

みんなはうさぎがおかしくなったのだと笑い、あきれ返り、見捨てます。

妻はうなだれ涙を流し、5羽の子うさぎも泣き叫びました。

けれど、決してうさぎは行く理由を告げませんでした。

それは理由を誰にも言わない事が条件だったからです。

日本海は始まったばかりの秋にもかかわらず冷たい波しぶきと荒い荒い(うず)で満ちていました。

うさぎはどうすれば海を渡れるのかを考え、考えに考えた上で自分で作ったヒモでくくられただけの2本の丸太で海を行きます。

うさぎはこのままでは死ぬかと思っていました。

そして予感は的中し、うさぎは海に飲まれてあっけなく死んでしまったのでした。



死んだうさぎは間髪を入れずにまた自分に生まれ変わります。

死んだ生命の魂は何度も何度も何度でもその生に生まれ変わる事をうさぎは知らなかったのです。

うさぎは何度も何度も悲劇的な別れと最後に向けて生を歩みました。

何度も何度も悲しい生涯を生きてはまた繰り返す事も知らされぬまま。

うさぎが生まれ変わった13回目の時、なぜか船出しようとした岩場から場所を移す事が良いと強く直感しました。

それはいつも荒れているはずの日本海が穏やかな日。

うさぎは船を捨て、何十キロも離れた鳥取砂丘から薄い漂流物に乗り船を出したのです。

ついに念願が叶い、海を越えて隠岐の島についたうさぎは乗って来た板を捨て、探し物をします。

持てる力を駆使して、何度も何度も同じ場所を探し回り力尽きて死にました。

うさぎが隠岐の島へ行くのが上手くなった、そんなある日です。

うさぎは乗り付けた海岸で不思議な気分になり乗って来た板をめくってみたのです。

そこにはうっすらと砂を被り何かが埋まっています。

それは見た事もない黄色い珠が連なった数珠でした。

うさぎは直感的にこれだと思い、歓喜しました!!?

喜びのほとぼりが冷めた頃、うさぎは帰る手段を考えました。風はこちらに向けて吹き、板ではとうてい進めそうにありませんでした。

うさぎは珠をクビにかけ、冷たい日本海を泳いで渡ろうと身を投じました。

そんな事が叶うはずはないのに。

うさぎは何度も何度も魚達の食欲を満たしました。



ある日の事、日本海を泳いで渡ろうとするうさぎに気の良さそうな亀が声をかけました。

何をしているのかと亀がうさぎに問うと、うさぎは海の向こうのいた土地に戻りたいと答えました。

亀は快く背中に乗せてやると約束し、うさぎを乗せて日本海に乗り出しました。

海の半ばに来た頃に亀がある事を言いました。

「お前の首に掛けてある珠はキレイだ。私がもらう。」

そう言うと亀は勢いよく海に潜りうさぎを殺して珠を奪いました。

うさぎは純粋でした。

亀にそんな事をされるなんて思ってもいませんでした。

しかし、この亀との出会いで得た物がうさぎにはあったのです。

それが嘘でした。

後にうさぎにとっての最強の武器になります。



もともと賢いうさぎはこの力を知り存分に才能を発揮したのでした。

嘘を知り、道具の使い方を知ったうさぎに敵はいません。

うさぎは山の主となり、神様が船出を言い渡すような人物ではなくなり私腹を肥やした豊かな生活の中で贅の限りを極めました。

うさぎが私腹を肥やす日々に明け暮れていた頃、うさぎの妻は不治の病にかかりました。

贅沢な生活の中で忘れていた家族への愛情を思い出した時には遅く、どんなに財を注ぎ込んでも妻は良くなりませんでした。

妻が死してうさぎの生涯の中で消えた頃、うさぎも追って命を絶ち、またそれを何度も何度も繰り返しました。



そんな中で生まれ変わったある日、うさぎは嘘はいけないのだと知りました。

正直に生きれば、きっといい事がある。

うさぎはそれだけを信じてまた泥にまみれて汗する日々を始めました。

そしてそんな日々の中で「私は家族を支える、守るんだ」と貫いた思いと実った成果に幸せを噛み締める日々がやって来ました。

うさぎはとてもとても幸せでした。



さて、困ったのは山の神様でした。

長い間うさぎの堕落で終わったと思っていた問題が再燃したのです。

うさぎはまた隠岐の島を目指すはめとなってしまいます。

また主神から下された指令で向かった隠岐の島に着いたうさぎはまず最初に出会った亀と交流しました。そして亀がうさぎを隠岐の島から背中に乗せて海に出てくれると約束した日の海岸でうさぎは棒で亀を殴り殺しました。

そして、それをエサに海にいる凶暴なサメを呼び出したのです。

いくら時間を共に過ごしても信頼できない人物、そんな上っ面の親しさだけの亀よりも馬鹿だが力のあるこちらの方が良いと考えた結果の行動でした。



うさぎの目論見は成功しました。

うさぎは亀を食べたばかりで機嫌の良いサメと打ち解け快適な海の旅へと繰り出します。

うさぎの話を面白い面白いと聞き入っていたサメはずんずんと波をかき分けて進み、ついに鳥取県北西部にある白兎海岸が見えるところにまで来たのです。

うさぎはサメに話をしながら心中は穏やかではありません。

サメの興味と好奇心を煽る為に取り入れた演出も全てが上手く行き、気分が高揚していました。

ついに、海に降りても背が立つくらいの浅瀬に来た頃にうさぎはニヤリと笑い無意識にクククっと鼻で笑ってしまったのです。

サメはその小さな笑い声を聞き逃しませんでした。

過剰に演出した話の中に世間知らずのサメもさすがにうすうすと気付いていたのです。

自分の直感を確信したサメは背中のうさぎを振り落とし一気に全身の皮を剥ぎ取りました。

うさぎは全身をつらぬく激痛に女の子のように高い高い悲鳴をあげました。

けれども、その日、その時に迎えた瞬間ははうさぎにとてもとても珍しい出来事でした。

いつもは何度も何度も死んでは生まれるを繰り返して人生の攻略法を得た後で結実させるはずの事を、この生を知らないうさぎが全身を赤く染めながらの瀕死の最中でも初回で達成したのです。

うさぎが初めて経験するラッキーでした。

うさぎは嬉しかった。

そして、うさぎはその思いを胸に抱いたまま、満足そうに力尽きました。



その日は雨が降っていました。

そしてその日、またラッキーな事が起きます。

いつもならサメに全身の毛皮をとられて絶命するはずが以前より少しだけ傷が浅かったのです。

代わりにうさぎのピンと耳を立てる腱はサメの牙に断ち切られダラリと垂れ下がっていました。

けれど、恨めしそうに走り去るうさぎの背中に視線を送るサメをよそに彼は砂浜を駆け抜けました。

命からがらその場を離れたうさぎは現在の白兎神社境内にある池で付いた砂を落とします。

途中で知り合った大国の主さまという神様にこの場所を教えていただいたのです。

うさぎは教えられた通りガマの穂をほぐしてフワフワと体につけて失った毛皮の代わりにするとすぐに珠を届けるべく主神の元に走ったのでした。

うさぎは感謝していました。

うさぎは禊ぎの池を教えてくれた大国の主さまに感謝していました。

この一連の出来事の黒幕が彼だとも知らずに。



喜びに胸を躍らせ、期待に胸がはち切れそうな思いで山に帰ったうさぎは地獄を経験します。

たくさんいた仲間は自分がいなくなった後にクマやキツネ、タヌキやイタチなどに襲われていなくなっていたのです。

そして、嫌な予感を胸にずっと帰りたかった我が家へ急ぎ辿り着いて見た光景は、うさぎを信じて待っていてくれるとずっと心の支えにしていた家族がいるはずの場所に残る血だまりの跡でした。

うさぎは叫びました。


(あるじ)よ!!?話が違うではないですか!!?私はこの珠を持ち帰ればみんなが、家族が豊かにくらせるだけの食料をくれると言ったからウソまでついて!!?」


うさぎの嘆きは山々にこだまし、誰も迎えに来てくれない木々の隙間に染み込みます。

うさぎの目は真っ赤に燃えていました。

うさぎの目は泣いて泣いて泣いて真っ赤に染まったのです。

その2つの目から血の涙をたくさん流して。

うさぎは泣いて泣いて泣いて、その目と頬を赤く染めました。

けれど、うさぎは誰も責める事をしませんでした。

戻った山の神様も、なぜか彼の元に来てくれませんでした。

それは、うさぎの主神であった山の神様は己の罪深さを悔い職を離れていました。

この日、うさぎには主人を不幸にする 主殺し という業が出来ました。

ですが彼は自身にそんな罪を背負った瞬間をまるで気づいていません。

この後、うさぎは生まれ変わった先々で自身の主人を不幸へと導きます。



うさぎが失った体毛をちらほらと取り戻し、真っ赤に染まった目を力なく開いていた頃、ある女神が目の前に現れました。

それは 天照大御神さま というとてもとてもえらい神様でした。

ですが、彼は女神の正体など知りもしません。

その時、うさぎは女神にただ見惚れていたのです。

なぜって彼女はとても美しかった。

うさぎの前に現れた天照大御神さまは言いました。


「うさぎさん、珠を見つけてくれてありがとう。お礼にこれを貰ってはくれまいか?」


うさぎはこれは何ですかと聞きました。

天照大御神さまは答えます。


「それは私の虫垂(盲腸)という臓器です。それを持ってあなたは私と同じ神様になりませんか?」


そう言います。

うさぎは本当はそんな神様になる事は望んではいませんでした。

しかし、彼はその誘いに乗ったのです。

それは 天照大御神の力 ではなく、彼女の優しさが嬉しかったから。

うさぎは虫垂を放したくありませんでした。

うさぎが天照大御神さまの虫垂を受け取った時、それまで雲がなく太陽の光に満ちていた晴間(はるま)の国に雲が湧き、その日から晴間の地は出雲と呼ばれるようになります。

けれど、そんな些細な事を責める人はいませんでした。


この後、一羽の真っ白なうさぎは神様になる旅に出ます。

それはある1つのものを探す旅。

うさぎは長い時間の中で自分の名前を忘れていたのです。

その名前を取り戻す日、彼は天照大御神さまと同等の力を手に入れる事を約束されました。

うさぎは天照大御神さまの純粋にして忠実な部分である虫垂をその身に宿して足して1億年にも上る時の旅に出ました。

この時、うさぎは自身の行いから付いてしまった業があったのです。

主殺し、そして 友なし。

この2つの業ゆえにうさぎは永遠とも思える孤独な旅へと旅立ちます。

それでもうさぎには後悔も不安もありません。

この日、試練の旅に旅立ったうさぎの名前は余部(あまるべ)と言いました。

「本来ないはずの存在」を由来する名、余部。

彼は100年の生を100万回繰り返しました。


名前を忘れた白兎が旅立つ日、彼にそれを持ちかけた天照大御神様の先導の元、兎は天高く召されました。大地を走り、時に海をもその知力で制した余部ウサギも空を翔んだ経験はありません。その感覚は神様だけが感じられる物だとなんだか得意げですらありました。


余部が雲よりも高く飛翔した頃、はるか遠くに小さな島が見えました。その島にはたくさんのウサギ達が群れをなし豊富な食糧に舌鼓を打っています。「あの者達は?あのウサギ達はなんだ?」余部が口に出し、先を行く天照大御神さまに問います。ハッと息を飲み、言葉に詰まる余部が見たのはその島の片隅でこちらを見据える一同でした。「あれは、あの者達は、あの子達は!!?」余部ウサギの目から知らず知らずに涙が溢れます。余部が行く方角を見据え、手を振る者達こそは見間違う筈のない愛する家族と親しき友人達でした。「どうして!死んだはずでは!!?」余部が込み上げる喜びに頬を緩ませながら涙をこらえて天照大御神さまに問います。天照大御神さまは答えました。「励み、献身すれば、報われるは当然。」ニコリと微笑む女神の言葉に初めて余部の顔面が嬉し泣きに濡れました。「良かった!本当に良かった!!?」天空を行く余部ウサギの顔がクシャクシャに潰れて、歓喜の嗚咽が響きます。


「あなた〜。お父さ〜ん。頑張ってねーっ!!?」


遠く、遠くの彼方の小さな島から愛する者達の元気な声援が聞こえて来ます。余部は涙に濡れた顔で精一杯に笑うと応えました。「おう!おう!待っとけ!!任せとけ!!?俺は大丈夫だから!!?」空高く舞い上がる余部の声が聞こえた妻と子供達、そしてその友人達は言います。


「ありがとう、余部!!?気をつけて、頑張って行って来い!!?」


もはや、笑う事以外に表現出来ない感情に満たされた一羽のウサギは満面の笑みをたたえて空に消えました。そして、最後に静まった空から微かに、最後の便りのような風がこう伝えます。「必ず、帰る。その日までのサヨナラだ!!?」


このお話を基に童話「 因幡の白兎 」が描かれ、現在も語り続けられています。


この日、長い冒険に旅立った一羽のウサギは今日もその続きを生きています。


そして彼の挑戦の成果が問われる日は・・・



そう遠い話ではなさそうです。

 

自作小説『Dime†sion』1stシーズン完結



女神様、ぼく、頑張ります。


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