第30話 真相
明けて早朝。寝床を後にするとさっさと着替えを済ませ旅支度を整える龍楽の姿があった。どこか急いだ様子の龍楽。月代の父はすぐさまにでも出発しそうな龍楽を引き留め、妻に朝食の準備をさせる。人の善意をむげには出来ないと龍楽は一度腰を落ち着かせ施しを受けた。
それから“四半刻=30分”ほど過ぎた。食事を終えた龍楽は龍骨の兜をかぶり、しっかり緒を締めると月代を伴って愛馬、桃の下へ向かった。2人は桃のいる場所まで行き、そこで信じられない光景を目にする。金色の馬体を輝かせる桃のそばで血まみれでうずくまる小太郎の姿がそこにあった。「小太郎。」悲鳴をあげ、愛犬の名前を叫ぶ月代。息はしている。小太郎の白い体は真紅に染まっていたが命に別状はなさそうであった。龍楽は小太郎のそばに寄り、頭を一撫ですると「よくやった」と褒め称える。荒い息をする小太郎はその言葉を聞き届けると満足そうに気を失った。
「月代殿、小太郎の治療を早く。申し訳ないが私はすぐ出立しますのでこれにて。」小太郎を抱き締める月代が龍楽の言葉に頷いた。「はいや。」龍楽が跨がり、鞭を入れると桃は勢いよく走り出す。後方にあった月代と小太郎の影がみるみる小さくなって行く。龍楽は振り返らず愛馬を自身の迎えを待つ悪業と金剛の下へと走らせた。
龍楽が出発して程なく、村はずれの林の中に数人の人影が現れた。行く手を遮るように立ちはだかった者達。それは村長の江成を筆頭に昨日、犬神神社に参じた男達であった。江成が言う。「龍楽様、あなた様は村の恩人です。この先の道中はまだまだ危険ですので安全な場所まで我々もお供いたします。」そう言うと江成は龍楽が握る手綱を取りに近付いて来た。「いやいや、ご厚意だけありがたくちょうだいいたします。が、ここにて結構でございます。では、私は先を急ぎますので。」龍楽は江成の申し出を断ると桃を走らせようとする。「いえいえ、そう言われず。」江成は龍楽の言葉に反論するとさらに距離を縮め、手綱を取ろうとした。「触るな。」龍楽は江成を一喝した。驚いた江成は素早い反応で元の位置まで瞬時に戻った。
龍楽は鋭い眼光で男達を睨みつけると言い放った。「貴様ら、真相を隠し、いつからこの悪習を行って来た。村の何人が真実を知っているのだ。」龍楽が問うと人当たりの良さそうだった江成の形相がみるみる極悪人へ変わる。「やはり我々の快楽の宴を知ってしまったか。厄介な坊主だ。」醜悪な人相を浮かべた江成が龍楽に言う。江成が合図すると龍楽を取り囲むように武装した村の男達が姿を現した。「なるほど、村の全ての男達による陰謀か。となると、月代の父親もぐるか。女衆には知らされていないのだな。」絶体絶命の龍楽。しかし、彼は冷静に出来事の分析を始めた。「昨日は確証がなく問いただしはしなかった。だが、今、この現状が証拠だ。貴様ら、生贄と称して連れ出した乙女達に何をした。」怒りを露わにした龍楽が取り巻く男達を相手どって叫ぶ。江成が不敵に笑っていた。
「くそ坊主が。貴様に教える言われはないわ。」江成が言い退けると龍楽が怒声を挙げた。「この悪党どもが。貴様ら、魔物に怯える女衆が何も知らない事を良い事にうら若き娘を生贄と偽り供物と共に連れ出しておったな。そして供物を肴に宴を行い、大人数で乙女の悲痛な覚悟を踏みにじり自らの欲望の為に辱めた挙げ句、口封じに殺し魔物の餌としたな。」今、龍楽の口からおぞましい真実が告げられた。だが、そんな事はお構いなしに江成はニヤニヤと笑みをたたえた。
「やはり厄介なくそ坊主だ。お前を生かしておいてはこの村の長年に渡る伝統が失われる。過去、貴様のように真実を明るみに出そうとする正義漢は村にも数人いたが不思議と皆、魔物に八つ裂きにされたよ。」江成が言うと周囲を取り巻いた男達が矢をつがえた。「人の皮をかぶった悪鬼どもめ。恥を知れ。」龍楽が狙いを定められた矢尻に冷や汗を垂らした。もはや江成の手、一振りで龍楽は針山になる。「万事休すか。」龍楽は悔しそうに呟いた。
「待て。」龍楽が覚悟を決めた頃、江成が周囲に言った。江成は右手に斧を持つと龍楽に近付いて来た。「くそ坊主。お前を殺すのは簡単だがお前が乗る金色の獣は死なせるには惜しいな。貴様を片付けた後、私がこき使ってやるよ。」江成はそう言うと馬上の龍楽目掛けて斧を投げつけた。斧は見事に龍楽の頭に直撃した。が、そう見えたかに思えたが斧は龍骨の兜を割るに至らず、角を叩き折るまでにしかならなかった。へし折られた角が宙をクルクルと回りながら舞っていた。「次は殺す。」江成は再度、斧を手に取ると投げつける仕草に入った。
カキン。乾いた音を響かせて折れた龍の角が地に落ちた瞬間だった。突然、地鳴りを上げて大地が激しく揺れた。「な、何事だ。」江成が叫ぶ。龍楽を取り囲んだ男達もいきなりの出来事に対処出来ていない。「天は私を生かした。今が好機。走れ、桃よ。」辺りが騒然とする中、龍楽は勢い良く愛馬、桃に鞭を入れる。桃は主の命令に応えると疾風のような速さでその場を走り去った。「おのれ、くそ坊主。逃がしたか。」江成の憎悪に満ちた叫び声が響いた。桃は走る、走る、走る。金色の一筋の閃光となった桃は月代達のいる村へ向かった。だが、江成の手の者が武装して待ち構えているのが見えた。「仕方がない。今は、これまでだ。」龍楽は勝者なき争いに見切りをつけ、村の前を走り抜けた。
「悪業、金剛。すまん、すまぬ。必ず、いつか迎えに行くからな。」約束を果たせない悔しさから龍楽の目から涙が流れ落ちた。龍楽は走った。ただ、ただ一途に前を向き。「きっと、きっといつか迎えに行くから。」交わされた約束が叶う日を夢見、今は一度身を引く龍楽は滴る雫と共に風の中にあった。
自作小説『Dime†sion』 =第30話=
つづく




